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ウクライナ軍事侵攻1週間 早期停戦を

安間 英夫  解説委員 櫻井 玲子  解説委員

ロシア軍がウクライナに軍事侵攻してから3日で1週間がたちました。
戦闘は続き、停戦に向けた交渉が始まりましたが、実現できるかどうか楽観できない情勢です。
欧米や日本による厳しい経済制裁によって世界経済にも大きな影響が出ることが予想されます。
ロシア・ウクライナ担当、経済担当の2人の委員で考えます。

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【最新の戦況は】
(安間)
 まず現地の最新の状況を見てみます。
 アメリカの研究機関の分析で、ロシア軍は地図の赤の範囲を掌握したとみられています。首都キエフ、第2の都市で東部にあるハリコフ、また南部の拠点都市など各地で攻撃を行いつつ、周辺を包囲。このあと、都市部を総攻撃するおそれがあります。

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【停戦に向けた交渉は】
(安間)
 停戦に向けて行われている協議で、ウクライナ側が求めているのは、▼即時停戦と▼ロシア軍の撤退です。
 これに対してロシア側が求める停戦の条件は、ウクライナの▼非軍事化と▼中立化、さらに▼2014年にロシアが一方的に併合した南部のクリミアについてもロシアの主権を承認するよう要求しています。
 「非軍事化」というのは、ウクライナ軍が全面降伏し、武装解除せよということ。また「中立化」というのは、ウクライナが将来にわたってNATO=北大西洋条約機構に加盟しないことを法的に確約することだけでなく、ロシアの要求にすべて従い、抵抗しないことを意味すると考えます。
 つまりウクライナ側にとっては「敗北を認めよ」という受け入れがたい内容であり、ゼレンスキー大統領には厳しい交渉となります。

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【ロシアへの経済制裁は】
(櫻井)
 欧米や日本が発表したこれまでにない経済制裁が、軍事力の抑止にどのくらい効果があるのかが試されています。
 まず注目すべきは、「究極の切り札」ともいわれる国際送金システム「SWIFT」からのロシアの排除と、「ロシア中央銀行との取引禁止」という2つの制裁をあわせて打ち出すことで、ロシアが国際金融市場から、事実上締め出されるようにしたことです。
 特に「SWIFTからの排除」は、国際送金や決済をできなくすることで、ロシアの貿易を止めてしまう狙いがあります。ロシアへのダメージは大きくなる反面、原油やガスをロシアに依存するヨーロッパなど、制裁する側にも、ブーメランのように打撃を及ぼす一手です。しかしここは自らの身も、ある程度切る覚悟で、ロシアを止めにいったことになります。

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【経済制裁の“効き目”は】
(櫻井)
 ではその経済制裁の「効き目」はどのくらいあるかといいますと、一定の打撃は確実に及ぶとみられます。エネルギーや資源の輸出はロシアの大きな収入源ですが、決済システムが使えないと、輸出をしても代金が入ってきません。また中央銀行も、日米欧との取引禁止により自らの外貨資産を使って経済を支えることができません。こうした事態を受けロシアは信用危機に直面しつつあり、通貨ルーブルは、一時30パーセントも下落。市民からは不安や反発の声もあがっています。
 一方で制裁の「抜け道」も指摘されています。SWIFTから除外されるのは、現時点では、ロシアの一部の銀行のみ。また、ロシアを支援しようと、たとえば中国が自らの送金システムを使わせれば、制裁が骨抜きになりうるからです。国際社会がこうした動きに有効な働きかけをできるかも問われています。そしてもう一つ、民間の動きにも注目したいと思います。欧米の大手企業は今、次々とロシアからの撤退を表明しています。石油メジャーのエクソンモービルとシェルは、日本の商社なども参加する巨大エネルギープロジェクト、サハリン1と2からそれぞれ撤退すると発表。
 ロシアは資源開発で海外と組むことで、経済成長の糧を得てきただけに、いわゆる西側企業との「断絶」は大きな損失となります。

(安間)
 私はこうした制裁の効果は、庶民の生活に具体的に影響が出てくるかどうかがカギとなると考えています。それは今すぐではないかもしれませんが、これまでプーチン大統領の支持率が下がったのは、給料や年金など生活にかかわる問題が一番大きかったためです。

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【国際社会は受け入れられるか】
(安間)
 今回の欧米や日本の制裁は、国家元首であるプーチン大統領個人を対象にしたことが最大の特徴です。
 欧米は、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記、シリアのアサド大統領、ベラルーシのルカシェンコ大統領ら、“独裁者”と呼ばれる指導者に制裁を発動してきましたが、プーチン大統領がこの列に並ぶ指導者となりました。国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアの指導者が加わったことを国際社会が受け入れられるのか、新たに大きな課題となっています。

 さらに国連総会では、40年ぶりに緊急特別会合が開かれ、ロシアを非難する決議が採択されましたが、反対票を投じたのはこれらの国々(エリトリアも加え計5か国)です。深刻なのは、この場で多くの国とロシアの間で話が全くかみ合わなかったことです。ロシアの大使は「ロシア軍は平和的市民の脅威ではない。民間施設は攻撃していない」と主張しました。このように客観的な事実を踏まえず、誰もがおかしいと思うことを主張して自己正当化する姿は、東西冷戦時代を思い出させます。

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 さらにプーチン大統領は核戦力を念頭に「抑止力を特別警戒態勢に引き上げる」よう軍に命じました。アメリカ政府は、核使用に向けた具体的な動きは確認されていないとしていますが、核による威嚇自体、国際社会に対する重大な挑戦であり、とりわけ被爆国日本にとって容認できないものとして、さらにその危険性を訴え続けていく必要があります。

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【日本・世界経済への影響】
(櫻井)
 そして世界経済に及ぶと予想される悪影響も、一層の外交努力を促すことになりそうです。
 エネルギー・穀物・そして資源大国であるロシアからの輸出が滞る懸念から、原油や小麦などの価格がすでに急上昇しています。各国でインフレが続く中、私たちの暮らしや企業の経済活動にも二重の打撃となります。世界経済の成長率が0.5から1パーセントぐらい押し下げられるとの試算もあります。
 またロシアから欧米大手の撤退が相次ぐ中、日本企業も対応を問われそうです。トヨタ自動車やホンダは、すでに車の生産や輸出を当面停止するとしているほか、ロシアのエネルギープロジェクトに参画する商社などが今後どうするかも注目です。日本企業が撤退すれば、中国企業などがそのかわりに参入する可能性もあり、悩ましい判断になりそうです。
 こうした中、ロシアが日米欧の経済制裁に対する対抗措置をとることも考えられ、報復が報復を呼ぶ悪循環が続くことも予想されます。ヒト・モノ・カネが自由に行き来するこれまでのグローバル経済の恩恵は影をひそめ、世界の分断がさらにすすむおそれがあります。
 日米欧がそれでも経済制裁に突き進むのは、「核」という究極の軍事オプションまでちらつかせるプーチン大統領を今、止めなければ、さらに大きな犠牲を払うことになるのを、各国とも理解しているからでしょう。

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【今後の見通しと課題】
(安間)
 これから犠牲者の増加とともに心配されるのは、人道危機です。
 首都キエフをはじめ、各都市で多くの市民がシェルターなどへの避難を余儀なくされ、食料や水などが不足し始めているという情報が伝わってきます。
 両国の間で協議が行われていますが、ウクライナが国としてもっとも大切にしている価値観は「独立」と「自由」です。
 協議はウクライナ側が敗北を受け入れるだけのものではあってはならない一方、一刻も早い停戦を実現することが求められています。
 国際社会は、プーチン大統領が停戦に応じるよう圧力をかける一方、ウクライナに対して人道支援ができる条件づくりを進めていくことが重要です。さらにロシア国内で反戦デモが起きていますが、そうした世論がどこまで広がるかが停戦に向けたカギと言えます。

【終わりに】
(安間)
「もしもウクライナがなくなれば、次は平和と民主主義がなくなってしまう」というウクライナ政府の主張は、世界全体、そして私たちにとっての課題です。
「世界の平和と民主主義は、今、重要な局面に立たされている」。早期停戦に向けて、このことを忘れてはならないと思います。

(安間 英夫 解説委員 / 櫻井 玲子 解説委員)

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