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経済安全保障とは 法案の必要性や論点を解説

田中 泰臣  解説委員 櫻井 玲子  解説委員

最近ニュースでよく耳にする「経済安全保障」。
政府はその経済安全保障を強化するという法案を国会に提出しました。
「経済安全保障」とはそもそも何なのか。法案の必要性や今後の論点について考えます。

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【経済安全保障とは】
経済安全保障とは、何を指すのでしょうか。

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それは国の安定を揺るがしかねない「経済面の脅威」から、日本を守ろうということです。
アメリカと中国の対立や、ロシアのウクライナへの侵攻をきっかけに、「新・冷戦時代」が始まろうかという中、日本の基幹インフラに対するサイバー攻撃や先端技術の流出が心配されています。トヨタ自動車の取引先が、このタイミングでサイバー攻撃を受けたと伝えられ、トヨタが工場の操業停止を迫られたことも、こうした脅威の一端、なのかもしれません。
また、物流の途絶や、各国の輸出入の制限で、私たちの暮らしに欠かせない製品や材料が手に入らなくなる事態も考えられます。コロナ禍でも、マスク、医薬品、それに半導体が不足し、必需品をほかの国に大きく依存するリスクを痛感した方もいらっしゃると思います。
これまではグローバル化がすすむ中、各国が経済関係を深めることこそが、武力衝突を防ぐことにつながると期待されてきました。しかし、実際にはデジタル化もすすみ、モノの流れを止められたり、技術を盗まれたりするだけで、経済活動や国民生活に大きな打撃を受けるリスクが高まっています。

【法案には4つの柱】
今回の法案には4つの柱があり、政府が企業や研究者などに対し、支援や規制を行う内容になっています。以下に説明します。

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▼供給網を確保する必要がある重要な物資を指定し、国は特定の国に依存しすぎていないかなどを調査。企業は計画を出し確保に資すると認定を受ければ助成が受けられます。
▼サイバー攻撃などで、電気やガスといった基幹インフラの提供が損なわれないよう、対象の企業は、重要な設備を導入する際に国から事前審査を受けなければならなくなります。
▼先端技術の開発に官民が一体となって取り組むため、国が必要な情報提供や資金面で支援をし、一方で企業側にも守秘義務を課します。
▼軍事技術に転用されかねないような特許の出願内容を非公開にし、その代わりに国が補償をします。
概ね支援と規制が一体となっていますが、二つ目の基幹インフラは規制という側面が色濃いものとなっています。

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政府による経済安全保障の強化は、安倍内閣の時のおととし、国家安全保障局に経済班を設置して以降、取り組みが進められてきました。こうした中、経済安全保障の重要性を早くから主張してきた自民党の甘利・前幹事長らは、実効性を高めるために新たな法整備の必要性を主張。岸田内閣も発足後すぐに法案の策定作業を加速させ今回の提出に至りました。ただ政府は、「まずは取り組むべき」、必要最小限のものに抑えたとしていて、今後、国際情勢の変化などによっては見直し、つまりさらなる法改正を行っていく可能性もあると見られます。

【論点は】
法案について、経済界からは「待ったなしの課題」だとして法制化そのものについては評価する声が聞かれます。
ただ、アメリカとも中国ともビジネスを展開してきた企業からは「規制によって競争力をそがれるのでは」といった懸念や、「国の関与が深まることで企業の技術革新が阻害されることが心配」といった声もあがっています。
法案をめぐる主な論点をみていきたいと思います。

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▼経済界から最も懸念の声が出たのが「基幹インフラを担う企業が、重要な設備を導入する際に、届け出を行い、国が事前に審査をする」規定です。インフラがサイバー攻撃を受けるのを未然に防ぐのが目的ですが、対象となる企業は、政府が決め、企業側に拒否する権利はありません。虚偽の報告をしたり届け出を怠ったりした場合は罰則が科されるほか、国が特定の製品の排除を命令することもできます。企業の負担が増すのは間違いないだけに、国は、届け出が必要な基準や罰則の対象を、企業側にできる限り詳細に示し、理解を得ることが不可欠だと思います。

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▼一方、「半導体や医薬品など重要な物資の供給網を強化する規定」についてですが、重要な物資の確保に資すると政府から認定を受けた企業は支援を受けられる一方、在庫状況などの報告義務も課せられ、虚偽の報告をした場合などには罰則が科せられます。
当初は、認定を受けていない企業も、国の調査に応じなければ罰則が科されるという案がありました。しかし有識者会議の委員や公明党から「対象が中小企業などに際限なく広がる懸念がある」と反対の意見も出て、見送られました。この規定では企業側の努力に委ねている部分も多く、十分に供給を確保できるかが焦点になりそうです。

【こんな指摘も】
この法案、これで十分なのかという指摘も出ています。

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例えば「セキュリティー・クリアランス」という制度。民間人が機密情報に触れる資格があるかどうか、国が適格性を調査するというもので、アメリカなどで導入されていて、自民党や経済界の一部から日本も導入すべきという意見が出ています。しかし法案には盛り込まれておらず、自民党内からは「不完全だ」との声も出ています。個人情報保護の観点から国会で大きな議論になることも予想され、政府としては、まずは法案の成立を図ることを最優先にしたいとの意図もあったものと見られます。
また専門家からは、重要な企業情報や個人情報といったデータの取り扱いの規定が盛り込まれていないという指摘もあります。重要情報が海外で了解なしに閲覧できるような事態を招かないためのルールは確立されておらず、今後の検討課題になるかもしれません。

【国会審議に求めたいこと】

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国会での審議は、どうなるのでしょうか。
与党側は今の国会での、いわゆる重要法案は、この法案と、こども家庭庁の設置法案ぐらいだとして、閉会後に参議院選挙が控えていることも踏まえ確実に成立を図る方針です。一方の野党側は現段階では概ね内容を精査した上で対応を決めるとしています。立憲民主党、日本維新の会、国民民主党は去年の衆議院選挙の公約で、経済安全保障の重要性を訴えていますので、激しく対立する形にはならない可能性もあります。
ただこの法案は、見てきたように企業への支援の一方、活動を規制する側面があります。政令や基本指針で決める点も多くあり、法整備で得られる効果や罰則の必要性、自由な経済活動が阻害される懸念がないかなども審議でつまびらかにするべきだと思います。また今回の法案が必要最小限というのならば、見直しの可能性がどこまであるのかも、政府には可能な限り説明することを求めたいと思います。
政府は、規制を恣意的に濫用したり、企業を委縮させたりしないよう、自らを律していくことが求められます。一方、企業も、安全保障を常に念頭に置いた経営を自主的にすすめることが、自らを守るすべとなるのではないでしょうか。
ウクライナを巡る緊迫をはじめ国際情勢が厳しさを増す中、規制と自由な経済活動のバランスをはかりながら、官民がどう連携して国民の暮らしを守るのか、議論を深めてほしいと思います。

(田中 泰臣 解説委員 / 櫻井 玲子 解説委員)

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