NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

緊迫ウクライナ 親ロシア派地域の独立承認

安間 英夫  解説委員

 緊迫するウクライナ情勢をめぐって、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ東部で親ロシア派が支配する地域の独立を一方的に承認し、「平和維持」の名目で軍の部隊を送る準備を整えました。欧米や日本など各国が一斉にロシアに対する非難を強めています。
 国際社会は、新たな戦争が始まる瀬戸際に立たされているのでしょうか。
 この問題について考えていきます。

j220223_01.jpg

【解説のポイント】
・ロシアによる親ロシア派地域の独立承認の意味は
・各国の対応は
・プーチン大統領のねらいは

【ロシアによる親ロシア派地域の独立承認の意味は】
 ロシアのプーチン大統領は21日、緊急の安全保障会議を開き、ウクライナ東部の2つの州のうち、親ロシア派の支配地域の独立を承認することを決定。22日には、議会の手続きを経て、「平和維持」の名目で現地に軍の部隊を送る準備を整えました。

 このことがどのような意味を持つのか、見ていきます。

j220223_02.jpg

 ロシアが独立を承認したのは、地図の赤の部分、ウクライナ東部ドネツク州、ルガンスク州のそれぞれ一部の地域です。この地域は、2014年から親ロシア派の勢力が支配し、ウクライナから一方的に分離独立を主張して国家を名乗ってきました。事実上ウクライナの中央政府の統治が及んでいません。
 ロシアが独立を認めることは、ウクライナの主権と領土の一体性を否定すること、そして事実上、ロシアの保護下におくことを意味します。

 ウクライナでは、2014年の政変で、親ロシア派の政権が倒れ、親欧米派の政権に代わり、国政が混乱しました。南部のクリミアがロシアに一方的に併合されたほか、ドネツク、ルガンスクの2つの州では、親ロシア派の武装勢力が行政府の庁舎などを占拠しました。5月には、親ロシア派が住民投票を強行。一方的に独立を宣言しました。その後、ウクライナ軍と親ロシア派の武装勢力の間で激しい戦闘となりました。

【重要なミンスク合意 枠組み崩壊】
 こうした事態の収拾に向けて、唯一かつ最も重要な指針となってきたのが、「ミンスク合意」と呼ばれる停戦合意です。フランスとドイツが仲介に入り、ロシアとウクライナ、関係当事者で合意に至り、国連安全保障理事会の決議としても採択されました。
 その内容は、2つの地域がウクライナの領内にとどまり、ウクライナの領土の一体性を保証する一方、2つの地域に特別な自治権を与えるというものになっています。ロシアにとっては、親ロシア派の支配地域がウクライナ国内に残り、特別な地位を得ることでウクライナの内政に影響を与えることをねらっていたと見られます。
 ロシアがこれまで独立を承認しなかったのもこの合意があるためでしたが、今回、プーチン大統領は方針を転換し、合意を反故にしました。これによって合意の枠組みは崩壊し、解決に向けた唯一の道筋が失われることになりました。

【各国の対応】
 欧米や日本は、ロシアの行動はウクライナの主権と領土の一体性に対する新たな侵害で、国際法違反だとして非難を強めています。

j220223_03.jpg

 アメリカのバイデン大統領は、「ウクライナへの侵攻の始まりだ」と述べ、ロシアの銀行などに制裁を科すと発表しました。EUやイギリスも制裁を発表。ドイツのショルツ首相も、ロシア産天然ガスをドイツに送る新たなパイプライン「ノルドストリーム2(ツー)」の稼働に向けた手続きを停止する考えを明らかにしました。
 日本も岸田総理大臣が、関係者のビザの発給停止や資産凍結などの制裁を発表しました。国連のグテーレス事務総長も「世界の平和と安全は近年で最大の危機に直面している」と述べ、危機感を表明しました。

 外交日程では、アメリカとロシアの間で24日に外相会談が予定され、また、首脳会談もいったんは開催に向けて原則合意したと発表されていました。25日にもフランスとロシアの外相会談が予定されていましたが、いずれも中止が発表される事態となりました。

【プーチン大統領のねらいは】
 ではプーチン大統領はこのあとどう出ようとしているのでしょうか。
 大きな焦点となるのは、親ロシア派の支配地域の範囲の解釈です。

j220223_04.jpg

 今回プーチン大統領が独立を承認したのは、一義的には、停戦合意で規定されている現在の親ロシア派の支配地域、つまり地図の上では赤い部分と受け止められています。

 プーチン大統領は、親ロシア派の要請に基づいて「平和維持」を目的にロシア軍の部隊を派遣するとしています。しかしプーチン大統領は22日、その範囲はそれぞれの地域の「憲法」に基づくとして、赤色の支配地域より広くとらえていることを示唆しました。停戦合意の枠組みが崩壊したことで、親ロシア派やロシア政府が、本来のドネツク州、ルガンスク州の行政区域、地図上のオレンジの範囲までを支配地域と一方的に解釈する可能性も排除できません。仮に停戦ラインを越え、赤の範囲からオレンジに入ると、ウクライナの領土にさらに一歩踏み込み、ウクライナ軍と衝突する恐れがあります。
 プーチン大統領は22日、「今すぐ軍の部隊が向かうとは言っていない」とは述べて、現地に部隊を展開させる時期については明言を避けました。このあと派遣されるロシア軍がどのような行動をとるのか、親ロシア派の支配地域、赤の範囲を越えるのかどうか、きわめて重要な境界となりそうです。

j220223_05.jpg

 さらに注意しなければならないことがあります。
 2014年、ロシアによるクリミア併合では、ロシアの正規軍が軍事行動を開始する前、記章のない正体不明の部隊が出没して活動しました。
 軍事侵攻の開始はあいまいになる可能性があり、今後、クリミアの場合のように、正規軍による武力行使と区別がつきにくい手段をとる「ハイブリッド戦争」、また、宣戦布告がなく有事と平時の区別がつきにくい「グレーゾーン戦争」といった21世紀型と言われる戦争の手法を展開してくることがあり得ることです。ウクライナ軍にとって警戒を緩めることはできません。

j220223_06.jpg

 プーチン大統領は、ウクライナに軍事的な圧力という手段を突きつけ、矢継ぎ早に手を打つことで、瀬戸際外交によってできるだけ大きな譲歩を引き出そうとしているのかもしれません。
 23日もプーチン大統領は「外交的な解決のために、対話の扉は常に開かれている」と述べました。さらにアメリカ側も「外交の道を完全に閉ざすことはない」として、外交による解決の余地は残されるとしています。ただ米ロ首脳会談の開催も不透明になったことで、外交による解決の道筋が次第に遠のいているのは否定しづらいのではないでしょうか。

 プーチン大統領は、国際社会からの非難や、欧米や日本、各国の経済制裁を覚悟のうえで、かたくなな姿勢を誇示する手に打って出ました。ロシアをこれ以上エスカレートさせることがないよう、どのように歯止めをかけることができるのか、本格的な軍事侵攻という緊張を回避することができるのか、結束して対処することができるのか、欧米や日本、国際社会は重要な局面と試練に立たされています。

(安間 英夫 解説委員)

関連記事