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緊張続くウクライナ エネルギー危機を回避できるか

二村 伸  解説委員

ウクライナ情勢の緊迫化を受けて、日本政府は9日、日本向けの液化天然ガスの一部をヨーロッパに融通することを決めました。ヨーロッパではエネルギーの供給不安が高まり、ロシアからの供給が絶たれればエネルギー危機に直面するおそれもあります。ウライナ危機がおよぼす影響と課題について考えます。

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ヨーロッパではエネルギー価格が高騰し、ドイツでも電気料金が跳ね上がりました。去年11月のエネルギー価格は前月より22%も上がり、消費者物価指数も前の年の同じ月と比べて5.2%と1992年以来の高い上昇率でした。天然ガスの価格高騰は、新型コロナの感染防止のための規制が緩和され経済活動が再開したことに加えて、石炭に代わるエネルギーとして天然ガスの需要が高まっていることや去年天候不順で風力発電量が伸びなかったことなどが背景にあり、今年も大幅な値上がりが予想されます。

そこへウクライナをめぐる緊張が追い打ちをかけました。

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EUは天然ガスの4割をロシアから輸入しています。輸送コストの低いパイプラインで各国に供給され、ドイツは5割以上をロシアに依存しています。去年9月にはバルト海経由でロシアとドイツを直接結ぶ2つ目のパイプライン「ノルドストリーム2」が完成しました。ロシアからのガス輸入量が倍増することが見込まれていますが、ロシアの影響力が強まることを警戒するアメリカの反対と、ウクライナ情勢の悪化に伴い稼働開始の目途は立っていません。
7日、ホワイトハウスで行われた米独首脳会談後の記者会見で、バイデン大統領は「ロシアがウクライナに侵攻すればノルドストリーム2の計画はなくなるだろう」と述べ、ロシアへの制裁措置としてパイプラインが稼働できなくなる可能性を示唆しました。これに対し、ショルツ首相は「アメリカと一致した行動をとる」と述べたものの、パイプラインについては明言を避けました。ロシアとウクライナの緊張が高まればその2か国以外でもっとも影響を受けるのはドイツです。脱原発、そして2045年までの脱炭素社会の実現をめざすドイツにとって過渡期のエネルギーとして天然ガスは欠かせず、冷戦時代から続くロシアからのガス輸入を簡単に止めることはできません。

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その背景には脱原発があります。
ドイツでは去年の大晦日、国内の3基の原子炉が運転を停止しました。残る3基も今年中に停止し、原子力発電に終止符が打たれます。
ドイツが脱原発に踏み切ったのは20年前。当時のシュレーダー政権のもとで原子力法が改正され、原発の新規建設を禁止するとともに既存の19の原発をすべて段階的に廃止することを決めました。翌2003年11月、最初の原発が運転を停止しました。北部のシュターデ原発です。稼働開始から32年で役目を終えました。
後任のメルケル首相は一度は原発の稼働延長を決めましたが、2011年の東京電力福島第一原発の事故を受けて方針を180度転換し、2022年までの全廃を決断しました。「日本ほど高い技術を持つ国でも事故を防げない以上、責任を持って原子力エネルギーを使用し続けることができない」。当時のメルケル首相の言葉です。スイスやイタリアもドイツに倣って脱原発に踏み切りました。

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以来ドイツは再生可能エネルギーの拡大に力を入れ、電力に占める再生可能エネルギーの割合は40%をこえ、原子力エネルギーは11%まで低下しました。
去年12月発足したショルツ連立政権はメルケル政権より一歩踏み出し野心的な目標を打ち出しました。2030年までに再生可能エネルギーの割合を80%に引き上げ、石炭火力発電も8年前倒しして2030年までに終了する方針です。脱石炭の過度的な措置として最新型のガス火力発電所を建設することが連立協定に盛り込まれました。
同じヨーロッパでもフランスは56基の原子炉を抱え、マクロン大統領が去年11月新たな原子力発電所を建設する意向を示しました。フランスにとって発電量の7割近くを占める原子力は脱炭素化に不可欠なエネルギーです。オランダやポーランドも新たに原発を建設する方針で、脱炭素化に向けて原子力発電の必要性を見直す国が増えています。こうした国々と違ってドイツはこれ以上原子力に頼ることができません。さらに2030年までに石炭火力発電を終えるためにガス火力発電を今より30%増やす必要があると言われます。ロシアからガスが来なくなれば影響は甚大で、脱炭素社会の実現も遠のく可能性もあります。エネルギー不足と価格の急騰は世界の経済に混乱を招きかねないだけにロシア産に代わるエネルギーの確保が急務となっています。

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アメリカとEUは7日、エネルギーに関する協議を行い、ウクライナ危機に対処するためにEUの天然ガスの調達先を多様化させ、ロシア依存からの脱却をめざすことで一致しました。日本政府が液化天然ガスの一部をヨーロッパに融通することを決めたのもその一環です。アメリカの要請にこたえて企業の余剰分を融通するもので、量はともかくウクライナ問題で欧米の国々と足並をそろえるとともにエネルギー危機を回避するための日本としての貢献策の一つと言えます。ただ、影響は少なくないだけにアメリカには丁寧な説明を求めたいと思います。また、この冬は寒波の影響で暖房用のガスの需要が高まることも予想されるだけにガスが不足したり価格が高騰したりしないように体制を整える必要もあります。
そして何よりも重要なのはウクライナの緊張をやわらげ対話による政治解決に向けて国際社会が結束して取り組むことです。8日にはドイツ、フランスとウクライナに国境を接するポーランドの3か国首脳が会談し、「ヨーロッパの戦争を防ぐことが共通の目標だ」として3か国が連携して対話による緊張緩和をめざすことを確認しました。ドイツのショルツ首相も15日にモスクワでプーチン大統領と会談するなどヨーロッパ独自の外交も活発で、最後まで外交努力続けてほしいと思います。同時にエネルギーの安定的な供給体制の強化に向けた各国の連携強化が不可欠です。

ウクライナの緊迫化は、エネルギーの面では脱炭素社会を実現させるまでの過渡期における天然ガスの役割を問いなおす機会ともなりました。エネルギーを1国に依存せず多様化を進めることがいかに重要かも改めて考えさせられました。中東の原油に過度に依存する日本にとっても対岸の火事ではありません。有事に備えてエネルギーの安定確保を含めた長期的な戦略を立て、脱炭素社会の実現に向けた具体的な道筋を示してほしいと思います。

(二村 伸 解説委員)

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