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韓国大統領選挙まで1か月 若い世代が求めるものは

池畑 修平  解説委員

韓国の大統領選挙(3月9日投開票)まで1か月となりました。
常に政治が熱い韓国らしく、かなり接戦になりそうな情勢です。
勝負のカギをにぎっている若い有権者たちが何を求めているのかを、世界、そして日本との共通性に着目しながら詳しく分析します。

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主なポイントは3つです。
①選挙の勝敗を左右するとみられている若い「MZ世代」
②その「MZ世代」と世界に広がる「ジェネレーション・レフト」との比較
③そして、日韓の若い世代が直面している課題の類似点です。

はじめに、選挙戦の情勢を確認しましょう。

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1月28日に発表された世論調査をみると、革新系の与党「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)前キョンギ(京畿)道知事と、保守系の最大野党「国民の力」のユン・ソギョル(尹錫悦)前検事総長がともに支持率35%。
それを中道系野党「国民の党」のアン・チョルス(安哲秀)代表が15%、革新系野党「正義党」のシム・サンジョン(沈相奵)氏が4%で追うという構図です。

こうした中、勝敗を分けそうなのは30代までの若い有権者たちで、韓国では「ミレニアル世代」や「Z世代」と呼ばれる人たちを合わせた「MZ世代」と呼ばれています。
なぜなら、保守派と革新派とで深い分断が続いてきた韓国社会にあって、この「MZ世代」では、保革両陣営とも距離を置こうと考える人が多いためです。

先ほどの世論調査で、支持政党を世代別にみてみましょう。

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40代は革新派の与党「共に民主党」を支持する人が多く、50代は「共に民主党」と保守派の最大野党「国民の力」が拮抗、60代以上は保守派の最大野党「国民の力」支持が多いです。
一方、18歳から29歳では無党派だと答えた人が28%、30代も20%となっています。
無党派の割合が20%を超えているのは、この二つの世代だけです。
それだけに、どの候補も「MZ世代」へのアピールに力が入っています。

では、韓国の「MZ世代」は次の大統領に何を最も期待しているのでしょうか。
それは、格差の是正、なかでも住宅高騰の問題に対する効果的な政策です。

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ムン・ジェイン(文在寅)政権になってから、ソウルのマンションの平均価格は2倍以上も上昇しました。
ムン政権は、富裕層や不動産業者などの投機によって価格の急騰が起きたとして、融資の規制や増税など、20回以上にわたって対策を発表してきましたが、住宅価格の上昇を食い止めることは一向にできませんでした。
今月3日に実施された、大統領選挙の1回目のテレビ討論でも、最初のテーマが「不動産」でした。

ただ、住宅事情の改善を求める若い有権者たちは、韓国内では無党派が多いわけですが、世界的に見れば、必ずしも無党派とはいえないと思います。
「MZ世代」の政治に対する不満の根底にあるのは、より公正な社会への渇望で、それは、アメリカなどで増える「ジェネレーション・レフト」に通じています。
「ジェネレーション・レフト」、左傾化の世代。
経済成長を追い求めるよりも、分配や福祉の充実といったリベラルな政策を強く支持する若者たちです。

その原点は2011年にアメリカで起きた「ウォール街を占拠せよ」という抗議活動です。
潤沢な金融資産を保有するごく少数の富裕層と、それ以外の大多数の一般国民との格差が広がる一方であることに若い人たちが怒りを爆発させました。

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その後も、アメリカでは既存の経済や社会システムへの疑問を持つ人は増え、2019年11月に発表されたある世論調査では、アメリカの「ミレニアル世代」の70%が「大統領選挙で社会主義の候補に投票したい」と回答して話題となりました。
こうした若い人たちがバイデン氏の当選を後押ししたのは間違いありません。
現在では、民主党内の急進左派と穏健派との激しい摩擦を招く結果にもなっていますが、世代交代が進むにつれて、アメリカ政治における「ジェネレーション・レフト」の影響力は拡大し続けるとみられています。
こうしたうねりは、アメリカだけの現象ではありません。
地球温暖化防止を求める抗議活動の世界的な広がりをみても、その主役は若い世代です。
少なくない国々で、従来のような右肩上がりの経済成長が難しくなるにつれて、より公正な社会を求める若い人たちが増えているのです。

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韓国の「MZ世代」も、アメリカなどの「ジェネレーション・レフト」に通じる要素が少なくないとすると、本来、革新派のムン・ジェイン政権とは親和性が高いはずです。
実際、保守派のパク・クネ(朴槿恵)前大統領を退陣に追い込んだ原動力は若者たちでした。
しかし、韓国の場合、革新派には「民族主義が色濃い」という、一般的なリベラルとはやや異なる特徴があります。
ムン政権も「同じ民族なのだから助け合うべき」として北朝鮮に非常に融和的で、それは国民から評価されて当然だと考えてきました。
しかし、アメリカなどの「ジェネレーション・レフト」が分配や福祉の重視という観点から社会主義に関心を持っても、旧ソビエトの強権体制に惹かれているわけではないのと同じように、韓国の若い世代も北朝鮮の独裁体制に共感を覚えていません。
むしろ北朝鮮の人権問題に敏感で、南北統一への関心は低いです。
そうした意識の違いをムン・ジェイン政権は汲み取ることができず、政権幹部たちのスキャンダルが相次いで露呈したことも重なり、若者たちからの支持を大きく失いました。

最後に、韓国の「MZ世代」が訴える住宅への不安は他人ごとではないと考える日本の若者たちもいることを紹介したいと思います。

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これは、韓国で若い人たちの住宅問題の解決を訴えている団体の活動の一幕です。
大統領選挙では、候補たちに、住宅に関する政策やその実現性を問うています。
団体の名前は「ナメクジユニオン」。
家のないナメクジではなく、自分の家を持つカタツムリになろうという意味が込められています。

この「ナメクジユニオン」の活動にヒントを得て、昨年末、若者の貧困問題に取り組むNPO「POSSE」などが埼玉県で「家あってあたりまえでしょ」プロジェクトと題した活動を行いました。

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住まいがなく、路上やインターネットカフェなどで夜を明かす人たちを、自治体が準備した一時的な宿泊施設で滞在できるようにする橋渡しです。
その過程では、宿泊施設を当初の予定より増やすよう行政と交渉をし、実現させました。

プロジェクトの代表で大学4年生の岩本菜々さんは、日本でもアルバイトで家賃や学費を捻出している大学生や、就職しても奨学金の返済に追われる若い社会人など、現在のコロナ禍という状況もあって「誰がホームレスになってもおかしくない」と指摘します。
そして、日本で「ジェネレーション・レフト」は広がっていない一方、「韓国の大統領選挙で、若者の住宅の問題が主な争点になっていること自体、若者たちが自分たちの共通の課題と向き合って問題化させてきた成果だと思う」と話しています。

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日韓では、住宅問題だけでなく、少子高齢化や地方の過疎化など、類似した課題は少なくありません。
両国の若い世代がお互いを参考にして対策を考えるのは意義があると思います。

ムン政権の住宅政策の失敗は与党のイ・ジェミョン候補にとっては逆風ですが、韓国の大統領選挙は終盤で情勢がガラッと変わることも珍しくありません。
いかにして住宅価格を抑制するか、社会をより公正にできるか、という困難な課題に説得力ある道筋を示し、「MZ世代」からの共感を得られるかが、勝利への決め手になりそうです。

(池畑 修平 解説委員)

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