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FRBパウエル議長2期目へ~待ち受けるインフレと政治の圧力

神子田 章博  解説委員

日本をはじめ世界経済の行方に大きな影響を与えるアメリカの中央銀行FRB。そのFRBを率いるパウエル議長が二期目の任期を迎えようとしています。オミクロン株の感染拡大や、急激な物価高への対応、そして政治との距離。パウエル氏を待ち受ける課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1) インフレとの戦い
2) 見え隠れする政治との関係
3) 求められる市場との対話

1) インフレとの戦い

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まず喫緊の課題となるインフレへの対応についてです。
アメリカでは、去年12月の消費者物価指数が前の年に比べて7.0%上昇し、39年ぶりの高い水準となりました。背景には、コロナ禍から景気が急回復する中で需要が高まる一方で、半導体不足やコンテナ輸送などの供給網の混乱でモノ不足に陥っていること、さらに人手も不足して人件費が上昇したことがあります。ガソリンや食品といった生活に身近な商品やサービスの値上がりは、消費の抑制につながりかねません。実際に、去年12月の小売業の売上高は、前の月より1.9%減って、5か月ぶりの減少となり、物価高が景気にマイナスの影響を与えることが懸念されています。

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こうした中でパウエル議長は、金融政策の転換に踏み切りました。FRBは一昨年、新型コロナウイルスの感染拡大で景気の悪化や株価の急落を招いたことを受けて、政策金利を事実上ゼロにするいわゆるゼロ金利政策と、国債などを買い上げて大量の資金を市場に供給する量的緩和と呼ばれる金融緩和策を実施してきました。去年11月には、このうち、量的緩和政策について、国債を買う量を徐々に減らしていき、今年6月までに終了することを決め、翌12月には、終了時期を3月に前倒しすることを決めました。さらに先月には、「条件がそろえば次回の金融政策を決める会合での利上げを想定している」として、来月にはゼロ金利政策を解除する見通しを明らかにしたのです。

 このように今でこそ金融引き締めを急ぐ姿勢を鮮明にしているパウエル議長ですが、インフレの動向を読み違え、政策転換が遅れたという指摘も出ています。実際にパウエル議長は、コロナ禍からの経済の立ち直りが鮮明となる中でも、物価の上昇は一時的な現象だと主張し続けてきました。のちにパウエル氏は、供給網の混乱がこれほど長引くとは予想しづらかったと釈明しています。

2)見え隠れする政治との関係
しかし、長期にわたる緩和の継続が景気の過熱を招くという指摘も出る中でパウエル議長が政策の転換を急がなかった背景には、バイデン政権への政治的な配慮も働いていたのではないかという見方もあります。 

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バイデン大統領は、おととしの大統領選挙で、白人との経済格差に不満を強める黒人やヒスパニックなどマイノリティと呼ばれる人々からトランプ氏を上回る票を獲得。バイデン政権に期待されたのが、格差是正の取り組みでした。こうした中で、パウエル議長はアメリカの景気が急回復にむかっていた去年5月の講演で、コロナ禍で職を失った人の割合は、白人の14%に対し、黒人やヒスパニック系は20%と大きく上回り、人種間の雇用格差が広がったことを指摘。「アメリカの景気は高度3万フィートから見れば改善しているが、我々は街角の視点ももつべきだ」と述べ、すべての人々の雇用の改善をめざす考えを強調しました。そこには、時の政権と歩調を合わせることで良好な関係を維持したいという胸の内がうかがえます。

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 ただ金融緩和から引き締めに舵を切るのが遅れたことが、いまでは逆にバイデン大統領の足を引っ張りかねない状況となっています。ギャラップ社による最新の調査で、バイデン政権の支持率は40%に低迷。背景にはコロナとともに、記録的な物価の高騰が人々の生活を苦しいものにしていることがあるといわれます。このまま物価が上がり続ければ、秋の議会の中間選挙で与党民主党に不利に働くとみられ、今後、「物価を抑えよ」という政治からの圧力が一層強まることが考えられます。一方で、こうした政治の声に配慮するあまり、金融引き締めがゆきすぎれば、景気の悪化や、株価の急落など市場の混乱を招きかねません。

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振り返ればパウエル氏は、4年前の議長就任前後からしばしば政治との関係が取りざたされてきました。当時のトランプ前大統領は、FRBのトップの人事をめぐり、イエレン前議長の手腕に問題がなかったとされていたにもかかわらず、イエレン氏が民主党のオバマ政権に指名されたことを嫌って、共和党系のパウエル氏に交代させたと言われます。そのトランプ前大統領は、しばしば「自分は低金利が好きだ」と発言したり、政策金利の引き下げを決める会合の最中に「大幅な利下げをみたい」と述べるなど、金融政策にあからさまに口をはさみました。その結果市場関係者の間で「FRBの決定に政治的な圧力が働いている」という見方が広がり、パウエル議長が「政治的な考慮はしていない」と打ち消しに追われる一幕もありました。これから秋の中間選挙が近づいていく中で、パウエル議長が政治との一定の距離を保ち、純粋に経済状況に応じた政策を貫くことができるかが重要な課題となります。

3)求められる市場との対話

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さらにパウエル議長にとって、もうひとつの難題が、市場の混乱を招かぬように、金利の引き上げをはじめとする金融引き締めを進めていく事です。
パウエル議長は、来月政策金利を引き上げる見通しを示しているほか、これまではFRBが国債などを購入して市場に資金を供給してきたのを、逆に保有する国債などを売却して市場から資金を吸収する方針を示しています。こうした政策の変更は、アメリカ経済のみならず、株や為替、債券など市場の動きを通じて、世界各国の経済に影響を及ぼします。例えば日本に関しては、アメリカの金利があがれば円を売ってドルで資金を運用しようという投資家が増え、円安が進み輸入物価を押し上げる要因となります。またFRBの金融緩和策でアメリカから世界に流れていった資金が逆戻りし、経済基盤の弱い新興国では、急激な資金の流出を招いて世界経済に混乱が生じかねません。

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 こうした中でパウエル議長に求められるのは、今後どのような政策を行おうとしているかについて実際の政策決定の前に市場関係者などに対して丁寧に説明して十分に織り込ませる。いわば心の準備をさせる。そうすることで、政策変更が市場に与えるショックを最小限に抑え、急激な株安や金利上昇などを招かぬようにすることです。  
その点でいうと、パウエル議長は、量的緩和を今年6月に終了することを決めたときの経緯について、「物価の急上昇を示すデータをみてより早い時点で終了することも検討したが、その時点で市場の側で心の準備ができていたのは6月終了という状況だったのでそうすることにした」と説明するなど、これまでのところ「市場との対話に成功している」としています。

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それでも、金融政策をめぐる不透明感が消えたわけではありません。パウエル議長が先月の記者会見で「利上げをする余地は十分にある」と述べるとともに、「機敏に対応する」姿勢を強調したところ、市場関係者の間には、「年内の利上げの回数が想定よりも多くなるのではないか」とか、「一回の利上げの幅が最小単位とされる0.25%でなく0.5%もありうるのではないか」という推測が広がりました。パウエル氏は「具体策は今後の経済状況に応じて決定する」としていますが、政策の方向性について引き続き市場との丁寧な対話が求められます。

経済情勢がめまぐるしく変化する中で、市場の混乱を招かないようにしながら、適度な金融引き締めを通じて物価を抑え、安定した成長を維持して行けるか。パウエル議長の力量が問われ続けることになります。

(神子田 章博 解説委員)

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