NHK 解説委員室

これまでの解説記事

民事裁判がIT化 流れはどう変わる?メリットと課題は?

山形 晶  解説委員

民事裁判が大きく変わります。
日本はIT化が遅れていると言われていましたが、法制審議会の部会で、法改正の骨格となる要綱案がまとまりました。
実現すれば、インターネットを通じて裁判に参加したり、書類をやり取りしたりできるようになり、効率化します。
その一方で、課題も指摘されています。

j220128_01.jpg

【改正のポイント】

j220128_02.jpg

3つの「e」が柱です。
「e提出」・・・書類をオンラインで提出できるようになります。
「e法廷」・・・裁判の当事者が法廷以外の場所からインターネットのウェブ会議の仕組みを使って審理に参加できるようになります。
「e事件管理」・・・大量の書類を電子データで管理するようにします。その内容はインターネットを通じて確認できるようになります。

【IT化の背景】
インターネットの普及に伴って、欧米やアジアの一部では、2000年ごろから裁判のIT化が進んでいきましたが、日本ではごく一部の手続きにとどまっていました。しかし行政のIT化が進む中で、裁判も進めるべきだという声が上がり、2017年に政府の成長戦略に盛り込まれました。
このため法制審議会の部会で専門家が2年にわたって議論し、今回、法改正の骨格となる「要綱案」をまとめました。
今後、システムを整備して、2025年度にIT化を実現するのが目標です。

【e提出】

j220128_03.jpg

裁判を起こしたいと思う人=原告は、「訴状」という書類を裁判所に提出します。
訴える相手=被告の名前や、訴えの内容を書いたものです。
裁判所は、被告に訴状を送り、裁判が起こされたことを伝えます。
その後は、書類の提出や法廷での審理を繰り返して、当事者が和解するか、裁判所が判決を言い渡して終わります。
今までは、こうした書類を紙で提出していました。
これからは、パソコンで作った書類のデータを裁判所が管理するシステムにオンラインで登録する形になります。
これまでのように大量の書類を印刷する必要はありません。手間や費用が大幅に削減されます。

【e法廷】

j220128_04.jpg

今まで原告や被告、証人は、裁判所の法廷で意見を述べたり証言したりしていました。
それをインターネットの「ウェブ会議」の仕組みを使って、原告・被告や、裁判所が認めた場合は証人も含めて、法廷以外の場所で参加できるように変えます。
裁判所から離れた場所に住む人にとっては、時間と費用の節約になります。
ただ、裁判は公正さを保つために公開の法廷で行うという原則があるので、法廷はこれまでどおり裁判所で開かれます。私たちが傍聴することもできます。
ウェブ会議での参加も義務というわけではありません。
法廷で直接、裁判官に訴えたいという人は、これまでどおり法廷で主張することができます。

【e事件管理】

j220128_05.jpg

これは、提出された書類をすべて電子データとして専用のシステム上で管理する仕組みです。
判決文も、改ざんできない対策をとった上で電子データで交付されます。
原告や被告は、システムにアクセスすれば、いつでもどこでも書類を見たりダウンロードしたりすることができます。
裁判に関して利害関係がある第三者も同じようにアクセスできます。
それ以外の一般の人はオンラインではアクセスできませんが、今までどおり、裁判所に行けば非公開のもの以外は閲覧できます。

【課題は?】

j220128_06.jpg

課題の1つ目は、IT機器を使うのが苦手な人たちへの対応です。
実は、去年2月に公表された中間試案では、すべての人が原則としてインターネットで書類を提出するという案も示されていました。
しかし、裁判の当事者になる人が、すべてパソコンやインターネットを使いこなせるわけではありません。
議論の結果、この案は採用されず、インターネットでの提出が義務づけられるのは弁護士や司法書士などに限るという案が採用されました。
全員に義務づけると、大切な「裁判を受ける権利」が奪われかねないという懸念に配慮した形です。
そして、議論の中では、もう1つ、大きな懸念の声が上がりました。
これも「裁判を受ける権利」に関わるものです。
今回の法制審議会の部会では、裁判の期間を制限する新しい制度を作ることが提案されました。対象は「e法廷」に限りません。
IT化とは別に、速く審理を進められる手続きも必要ではないか、という理由で提案されました。
背景には、裁判の長期化という問題があります。
判決が言い渡されるまでの期間がわかれば、予定を立てやすくなり、裁判の利用が進むという見方があります。
そこで、当事者が申し出て、相手も同意すれば、審理を6か月以内に終え、そこから1か月以内に判決を言い渡すという仕組みが考えられました。
途中で「もう少し時間をかけたい」と思えば通常の裁判に戻すこともできますし、判決から2週間以内に異議を申し立てれば通常の裁判でやり直せます。
ただ、最初に示された案の中には、期間を制限するだけでなく、証拠の提出も制限するというものもありました。
一部の弁護士や消費者団体からは「裁判が雑になる」「裁判を受ける権利が侵害される」という反対や懸念の声が上がりました。
こうした声を受けて、証拠の制限はなくなりました。
また、消費者の契約をめぐる裁判や、労働問題に関する裁判は対象外にすることになりました。
それでも、当事者が制度を十分に理解しないまま利用してしまうケースがあるのではないか、という懸念は残っています。
一連の改革は、「長い」「効率が悪い」と言われてきた民事裁判を劇的に変えるものです。
ただ、スピードや効率を追求するあまり、公正さが損なわれれば、司法への信頼が失われます。
今後の運用ではこの点を念頭に置いてもらいたいと思います。

【システムの安全性】

j220128_07.jpg

法律が改正されれば、裁判所が専用のシステムを構築することになります。
海外のように、当事者や代理人の弁護士がIDとパスワードを使ってシステムにログインする方法が想定されています。
問題は、当事者を装う「なりすまし」や、書類の改ざん、情報の漏洩といった不正アクセスにどう対処するかです。
特に、特許のような企業の機密情報や、性犯罪被害者の名前や住所といったプライバシーに関わる情報の扱いは重要です。
法制審議会の部会は、ある対策を盛り込みました。
こうした情報は例外的に紙で扱うことができるようにするという措置です。
また、性犯罪の被害者などの個人情報は、裁判所が認めれば訴状にも記載せず、閲覧もできないようにできる仕組みも導入されます。
海外では、サイバー攻撃によって裁判のシステムが停止するといった問題も報告されています。
システムの安全性も運用上の大きな課題です。

裁判は身近なトラブルを解決するだけでなく、時には行政を動かすこともあります。
一番大切なのは信頼です。
誰もが安心して利用できるものになるように議論や検証を続けていってもらいたいと思います。

(山形 晶 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

山形 晶  解説委員

こちらもオススメ!