NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「朝鮮戦争を終わらせる?終戦宣言は実現するのか」(時論公論) 

出石 直  解説委員

開戦から70年以上経っても終わっていない戦争があります。同じ民族どうしが南北に分かれて血みどろの戦いを繰り広げ、数百万人が犠牲になったとされる朝鮮戦争です。東西冷戦から米中対立へと国際情勢が大きく変化する中で、今、この戦争の終結を目指す外交交渉が進められています。キーワードは終戦宣言です。

j211126_1.jpg

【終わらない戦争】
1950年、冷戦の最中に始まったこの戦争は、当時、覇権を争っていた東西両陣営による戦いでもありました。韓国側にはアメリカを中心とする国連軍が、北朝鮮側には中国の義勇軍が加勢して激しい戦闘が繰り広げられました。1953年に休戦協定が締結されましたが、戦闘行為を停止しているだけで、戦争が完全に終わったわけではありません。
軍事境界線上にあるパンムンジョム(板門店)です。境界線の南側では韓国軍の、北側では北朝鮮軍の兵士が警備にあたっています。東西およそ250キロに及ぶ軍事境界線付近には、大ヒットしたドラマ「愛の不時着」に登場したような鉄条網が張り巡らされ、監視小屋の兵士が脱走兵や亡命者に目を光らせています。戦争が今も続いていることを実感させる光景です。

【終戦宣言】
その朝鮮戦争を終わらせるための取り組み、「終戦宣言」とはどのようなものなのでしょうか?

j211126_2.jpg

戦争を完全に終わらせるためには、今ある「休戦協定」に代わる「平和条約」を当事国の間で取り交わさなければなりません。しかしそのためには、▽「休戦協定」で定められた南北の境界線をどうするのか、▽韓国に駐留しているアメリカ軍を中心とする国連軍の位置づけをどうするのか、といった難しい問題をひとつひとつ解決していかねばなりません。困難な交渉と長い時間が必要です。
そこで登場したのが「終戦宣言」、つまり戦争の当事国が集まって「戦争は終わった」と宣言しようというアイデアです。「休戦協定」から「平和条約」に至るまでの暫定的な措置と言えるでしょう。この終戦宣言がどのような形で実現するのか、これは朝鮮半島だけではなく日本の安全保障にも深く関わる問題です。

【推進派:韓国ムン大統領】
「終戦宣言」を熱心に呼びかけているのが韓国のムン・ジェイン大統領です。
9月の国連総会での演説です。

(ムン大統領)
「終戦宣言こそ朝鮮半島に新しい秩序をつくる重要な出発点だ」

j211126_3.jpg

ムン大統領は、韓国、北朝鮮、アメリカの3者、あるいは中国を加えた4者が集まって終戦を宣言し「朝鮮半島の長い分断と対立を終わらせて、平和と繁栄を築く」とその意義を強調しています。史上初めての米朝首脳会談をお膳立てするなど朝鮮半島の緊張緩和に貢献したムン大統領ですが、このところ北朝鮮との関係もしっくりいかず南北対話も滞っています。大統領としての任期は来年の5月まで、3月の大統領選挙で次の大統領が決まりますから、それほど日は残されていません。終戦宣言を実現することで“朝鮮戦争を終わらせた大統領”として歴史に名を残したいという思いが強いのでしょう。

【北朝鮮】
では北朝鮮はこの演説をどう受け止めたのでしょうか?

j211126_4.jpg

キム総書記の妹で対外関係を取り仕切っているとみられるキム・ヨジョン氏は「興味深い提案であり良い発想だ。しかし、今がその時期なのかを見極めるべきだ」とする談話を発表しています。一見、前向きのようにも聞こえますが「終戦宣言より先にやるべきことがあるだろう」というのが本音のようです。ヨジョン氏は「敵視政策」と「二重基準=ダブルスタンダード」の撤回を求めています。「アメリカや韓国は北朝鮮を敵視し我々に脅威を与えている。韓国がミサイルの発射実験をしても非難されないのに、我々だけが非難されるのは不当だ」というのです。終戦宣言を受け入れる条件として、▽米韓の合同軍事演習の中止▽経済制裁の解除、さらには▽韓国にある国連軍司令部の解体まで要求しています。
こうした高い要求を突きつけてきているのは、終戦宣言で実績を残したいムン・ジェイン大統領の足元を見ているからでしょう。

【中国】
北朝鮮の後ろ盾となっている中国の立場はどうでしょうか?

j211126_5.jpg

中国外務省の趙立堅(ちょうりつけん)報道官は、「朝鮮戦争の終結は国際社会の期待だ。中国は休戦協定の締約国としてあるべき役割を果たす」と述べています。
前向きな姿勢を示している背景には、終戦宣言を在韓米軍の撤退や縮小につなげたいという思惑があるように思われます。

【アメリカ】
次にアメリカです。

j211126_6.jpg

国家安全保障担当のサリバン大統領補佐官は先月「終戦宣言の時期や条件などについてアメリカと韓国とでは異なる観点をもっている」と発言しています。
あくまでも北朝鮮の出方しだい。北朝鮮が対話に応じて非核化に前向きの行動をとるのであれば終戦宣言も検討するけれど、そうした動きがない限りこちらの方から先にもちだすべきではない。これがアメリカの基本的なスタンスです。

【異なる各国の立場】
ここまで終戦宣言をめぐる各国の立場と思惑を見てきました。

j211126_7.jpg

戦争の火を消すために終戦宣言を積極的に推進したい韓国、前向きながらも思惑を秘めた中国、興味は示しながらも受け入れに高い条件をつけている北朝鮮。宣言をするかどうかは北朝鮮の出方しだいと慎重な姿勢のアメリカ。
日本は朝鮮戦争の当事国ではありませんが、国連軍の後方司令部は横田に置かれており、無関係ではありません。公式には賛成とも反対とも明確な立場は示していませんが、終戦宣言の効果には懐疑的でアメリカよりもさらに慎重な立場といってよいでしょう。前のめり気味なムン大統領とはかなり距離を置いています。
終戦宣言をめぐる各国の立場や思惑はかなり異なっており、早期の実現はかなり難しいようにも思われます。

ムン・ジェイン大統領の任期はあと半年しかありません。中国は東アジアでのアメリカのプレゼンスが増すことを警戒しており、北朝鮮は経済制裁やコロナ禍での国境封鎖で苦境に陥っています。バイデン政権も対話による核問題の解決を目指しており、これから年明けにかけて動きが出てきそうな気配です。来年2月には北京での冬季オリンピック、3月には韓国大統領選挙があり、終戦宣言をめぐる外交交渉は今後、さらに熱を帯びてくるのではないでしょうか。

【まとめ】
東西冷戦の最中に始まった朝鮮戦争の終結は、冷戦が終わって米中の対立の時代にまで持ち越されました。最後に強調しておきたいのは、終戦宣言で何が変わるのかということです。終戦宣言は、いわば決意表明のようなもので、平和条約とは違って法的な拘束力はありません。平和に向けたムードを盛り上げていくことは大切ですが、それですぐに平和が訪れるわけではないのです。それどころか終戦宣言の当事者となるべき北朝鮮が、核・ミサイル開発を推し進め東アジアの平和を脅かし続けていることを忘れてはなりません。朝鮮戦争を終わらせてこの地域の平和を実現したいのであれば、まずはそこから手を付けるべきではないでしょうか。

(出石 直 説委員)

キーワード

関連記事