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科学的介護は根づくのか?~データ分析を急げ!

牛田 正史  解説委員

11月11日は介護の日です。
介護は老後の生活を支えてくれる大切なサービスですが、今年度、大きな動きがありました。
国が「科学的介護」の推進を掲げ、新しいシステムを導入したのです。
データを基に私たちが受ける介護の質を高めていこうというものですが、現場からは「まだ十分に機能していない」という声も聞かれます。
科学的介護の現状と課題、そして軌道に乗せるために何が必要なのかを考えます。

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【科学的介護とは何か】
まずは「科学的介護」とは何かをご説明します。
これは、私たちが受ける介護の質に、深く関わってくるものです。
これまで介護は、例えば医療に比べて、「科学的な根拠に裏付けられたサービスが、十分に実践されているとは言えない」という指摘がありました。
その人に最適な介護サービスとは何かを考える上で、根拠となるデータが少なく、どうしても職員の経験や感覚などに頼る部分が大きかったとされています。

【科学的介護システムの流れ】
こうした現状を受けて、国は今年度から、「科学的介護情報システム=LIFE」という、新たなシステムを開始しました。データに基づく介護を目指したのです。
このシステムの大まかな流れです。

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まず、介護事業者が、介護を受ける高齢者1人1人のデータを定期的に入力し、国側に送ります。身体能力や食事の摂取量、それに認知症の程度など、おおむね数十項目に及ぶ、個人データです。
そして国側は、このデータを集めて、分析します。
その結果、介護の内容や生活習慣で改善すべき点があれば、それを事業者に知らせる、つまりフィードバックします。このサイクルを続けて、介護の質をより高めていこうというのです。

【科学的介護の具体例】
今の流れを、具体的なモデルケースでご紹介します。

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例えば、生活全般で介護が必要な、要介護3の80歳の男性がいたとします。
男性はリハビリを受けていますが、同じような年齢・状態にある人たちと比べてみると、移動できる距離が伸びていないことが分かりました。
また食事も、必要な摂取量に届いておらず、体重も平均より低いことが分かりました。
このため「今のリハビリは効果が低く改善すべきだ。また食事の量も増やしていくべきだ」と分析され、その結果が事業者にフィードバックされます。
このようにデータを基に、今行っている介護がどこまで効果を上げているのか、改善すべきポイントは何かを、知ることが出来るとされています。

【数値で表せない面も】
この科学的介護を根づかせるため、厚生労働省はシステムを活用する事業者には、介護報酬を加算しています。
システムに登録した事業所はことし5月時点で約6万に上っています。
一方で、介護には本人の「意欲」であったり「生き方」であったり、すべてを数値で表すことはできません。数値だけで効果が無いと判断され、サービスの打ち切りなどに繋がってはならないと思います。しかし、数値で表せる部分で、改善すべき点が見つかりより良い介護に繋がっていくのであれば、それは大事なことだと思います。

【まだ十分でないフィードバック】
このシステム、運用から半年がたちました。
ただ、現場からは「今のままでは活用できない」、あるいは「まだ参考にならない」という声が相次いでいます。
それはなぜなのでしょうか。

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最大の理由は、国から打ち返される「フィードバック」のデータが、まだ十分ではないことが挙げられます。
ことし7月に集計したデータの「フィードバック」では、例えば、通所リハビリテーションで、「トイレの動作」で全介助が必要な人が7000人あまり、その下の「入浴」では、全介助が必要な人は2万人あまりいたということは分かります。ただし、年齢や要介護別の平均値などはありません。
つまり単純な集計データしか、まだ示されていないのです。
先ほどのモデルケースで紹介したように、同じような年齢や状態の人と比較し、改善ポイントを探るといったことは、まだ難しいのが実情です。

これについて厚生労働省は「システムが始まったばかりで、十分なデータもそろっておらず、今の集計に留まっている。今後、データが集まれば少しずつ、フィードバックの内容を充実させていきたい」としています。

【フィードバック充実はいつ?】
では、いつ頃になったらフィードバックは充実してくるのでしょうか。

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厚生労働省は、「具体的なメドはまだ立っておらず、モデルケースで示したような詳細なフィードバックが出来るようになるには、しばらく時間が掛かる」と説明しています。

この状況に対し、事業者からは不満の声が多く聞かれます。
加算を受けられるとはいえ、データの入力に多大な労力がかかっている事業者も少なくありません。
老施協=全国老人福祉施設協議会の調査では、半数以上の事業者が「手入力によるデータ入力作業の負担が重い」と答えています。
入力作業のために職員が残業を余儀なくされるケースもあり、「それならば出来るだけ早く詳しい分析結果がほしい」と考えるのも当然のことだと思います。

まだ始まったばかりのシステムのため、十分なフィードバックが出来ないのは仕方がない部分もあるかもしれません。
しかし、今の状態が長く続けば、現場の不満も高まり、モチベーションも下がってしまいます。
国はある程度データがそろった段階で、年齢や要介護別などに分類して、より細かく集計結果を事業者に示していくことなども検討し、フィードバックを充実させていってほしいと思います。
また、いつ頃までにどんなデータを提示しようとしているのか、見通しをはっきり示していくことも必要だと思います。

【事業者も出来る限りデータに着目を】
一方、この「科学的介護情報システム」を軌道に乗せていくためには、今後、事業者側の積極的なデータ活用も大切になってくると思います。
先ほどもお伝えした通り、国からの詳細なフィードバックが事業所に届くのは、まだ先になります。
それならば、事業者側は、単に国の分析結果を待つだけでなく、自らも、積極的にデータの活用を検討してもらいたいと思います。

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例えば、個人のデータを定期的に入力しているわけですので、その変化に注意する。
あるいは、国からのフィードバックが今後、少しずつ増えてきた時に、全国データと自分の施設のデータを比較して、改善ポイントを見つけていくことも考えられます。
「科学的介護情報システム」の一番の目的は、加算を取ることや、国へのデータ提供ではありません。事業者がデータを活用していくことにあります。
今のフィードバックでは何もできないというのが正直な所だとは思いますが、今後、状況が進んだ時に、出来る限りデータに着目してもらいたいと思います。

そして、その場合、業界団体の支援も欠かせません。
全国老人福祉施設協議会は、専門チームを立ち上げて、データの活用方法などをアドバイスする研修会を開く予定です。また全国介護事業者連盟では、システムの意義や活用法をかみ砕いて紹介する動画の配信なども行っています。
こうした介護業界全体の普及活動が、今後、広がっていくことも重要です。

この新システム、「まだ始まったばかり」とも言われますが、足踏みをしているわけにはいきません。
絵にかいた餅とならないよう、まずは何といっても、国が集計や分析を急ぎ、参考となる情報を一刻も早くフィードバックしていくことが必要です。
そして、介護現場で働く人たちが真に望む形のシステムとなり、介護サービスの質の向上に繋がっていくことを期待したいと思います。

(牛田 正史 解説委員)


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