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衆院選の争点 外交・安全保障 日本がとるべき道は

岩田 明子  解説委員 田中 泰臣  解説委員

衆議院選挙の公示日に、北朝鮮がミサイルを発射するなど、依然として日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。今回の選挙の、外交・安全保障をめぐる争点について、お伝えします。

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《米中対立の今》
選挙戦では、新型コロナや経済対策の議論が注目されていますが、最近も、北朝鮮だけでなく、中国が軍事活動を活発化させ米中対立が深まっていて、外交・安全保障政策も重要な課題です。

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今月、台湾が設定している防空識別圏に中国軍機がかつてない規模で進入し緊張が高まりました。
一方、アメリカのバイデン大統領は今月21日、台湾が中国に攻撃された場合、アメリカは防衛する責務があると発言。台湾への関与を続ける姿勢を示しました。
米中の覇権争いが続く中、アメリカが特に力を入れているのが友好国との連携です。日本、オーストラリア、インドとのクアッドの枠組みを強化。またイギリス、オーストラリアとはAUKUSという新たな枠組みを立ち上げました。
ただそのアメリカ、実際にどこまで関与するのか、不透明な点もあります。
アメリカのシンクタンクは、「アメリカの現在の戦略では、台湾侵攻の阻止や必要な対応を取るには不十分だ」と指摘しました。またトランプ政権から顕在化しつつある「不介入主義」は、アフガニスタンからの軍の撤退で決定づけられたとも言えます。

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では日本政府は、どう向き合うのでしょうか。岸田総理は就任直後の今月5日、バイデン大統領と電話会談。同じ日にオーストラリア、3日後にインドの首脳と電話会談を行い、クアッドの枠組みを重視する決意を示しました。一方で、中国とは「建設的かつ安定的な関係」を築く方針です。つまり「主張すべきは主張し、気候変動など共通の課題では協力する」というものです。
バイデン大統領との電話会談のわずか3日後に、習近平国家主席と電話会談を行ったことに、この方針が見て取れます。
今回の選挙戦でも各党とも概ね、中国の海洋進出に警戒感を示し、言うべきことは言うとのスタンスでは一致しています。
ただ中国の力に、どう対峙していくのか、特に日米同盟への向き合い方では違いがあります。

《日米同盟のあり方は?》
台湾と、沖縄県の与那国島の距離は111キロ。有事となれば無関係ではいられないという声が政府内や専門家から出ています。

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政権幹部は、今年7月、中国が台湾に侵攻した場合には、集団的自衛権の行使の要件である存立危機事態にあたる可能性があるとの認識を示し、中国政府が強く反発しました。この集団的自衛権の行使は、安全保障関連法で、攻撃されていなくても、アメリカ軍などが攻撃され、日本の存立が脅かされる事態に武力行使を可能にしたものです。専門家の間でも台湾をめぐる米中対立が深まれば、それが現実味を帯びてくるという指摘もあります。

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日米同盟のあり方について、各党の公約では主張の違いが浮き彫りとなっています。自民党は、「自身の防衛力強化などを通じて、日米同盟の抑止力・対処力を強化する」とし、同じ与党の公明党、また野党の日本維新の会や国民民主党も、日米同盟を基軸に抑止力・防衛力の強化を図るべきとしています。
一方の立憲民主党。「健全な日米同盟を基軸」としながらも安全保障関連法については「違憲部分を廃止する」としています。違憲部分とは集団的自衛権のことを指していて、共産党、れいわ新選組、社民党は、法律の廃止・白紙撤回を訴えています。ただ共産が、「日米安全保障条約を廃棄」とするなど、日米同盟の考え方には温度差があります。
中国の台頭で周辺の安全保障環境が厳しさを増している今こそ、私たちは、日米同盟のあり方をめぐる各党の主張にしっかりと注目していく必要があると思います。

《北朝鮮 思惑は?》
日本にとって北朝鮮への対応も喫緊の課題です。
このところ、極めて早いスピードでミサイル開発を進めていて、政府は、おととし5月以降に発射された「新型短距離ミサイル」の中には、「固体燃料」を使用し、通常の弾道ミサイルよりも低空で、かつ変則的な軌道で飛ぶことが可能になったものがあると分析しています。
変速軌道は、ミサイル防衛網を突破する狙いと見られ、奇襲的な攻撃も可能になります。

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では北朝鮮の意図はどこにあるのでしょうか。
キム・ジョンウン総書記は、挑発行為を続ける一方、先月の最高人民会議で、韓国との間の連絡ルートを復旧させる考えを表明しました。ただ、アメリカについては「外交的関与と前提条件のない対話を主張しているが、歴代政権の敵視政策の延長に過ぎない」と批判しました。
新型コロナによる貿易制限、経済制裁、災害によるいわゆる三重苦の中、経済的な支援国である中国と共同歩調をとるとともに、韓国から支援を引き出し、自らに有利な形で米朝対話を再開させたいとの思惑が透けて見えます。

《ミサイル開発どう対処?》
多種多様なミサイル開発を進めている北朝鮮。日本にとっては、これまで通りの対処で良いのかが問われていると言えます。

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たとえば、先月、初めて発射実験をしたという極超音速ミサイル。
中国やロシアも開発を進めているもので、従来の弾道ミサイルに比べて低い軌道を長時間飛びます。地平線で見通しが遮られ、探知がしにくく迎撃も難しいとされています。
このような開発が進む中、注目されるのが、いわゆる「敵基地攻撃能力」。発射拠点などを破壊できる能力を持つかどうかの議論です。
政府は、これまで「憲法上、保有は可能だが、アメリカがその役割を担っていて持つ考えはない」としてきました。これについては、ご覧の各党が公約で言及しています。自民は「相手領域内で弾道ミサイルを阻止する能力の保有も含め抑止力向上に取り組む」としています。ただ同じ与党の公明は、公約にはありませんが山口代表が「古めかしい議論」と述べるなど慎重な姿勢です。一方の立憲民主は、「専守防衛から逸脱する恐れがないか慎重に検討を進める」としています。専守防衛とは相手から攻撃を受けたときに、はじめて武力を行使するという戦後日本が一貫してきた防衛の基本方針です。日本の安全保障政策の転換となりうる課題だけに、その必要性やリスクについても徹底した議論が必要だと思います。

《どうする防衛費》
ミサイルに限らず、宇宙やサイバー分野などへの対処も求められる中、防衛費を拡大していくかどうかも重要な論点です。

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そこで注目したいのが防衛費のGDP=国内総生産に対する割合をめぐる議論です。日本は1%程度で推移し、他の国と比べても、低い水準となっています。
これについて与野党第一党の主張には違いが見てとれます。
自民は、倍にあたる「2%以上も念頭に増額を目指す」としています。一方、立憲民主は、「効率的かつ効果的に防衛力を維持・整備する」としています。自民の主張に公明の山口代表は、「防衛費だけ倍増というのは国民の理解が得られない」と述べ、慎重な姿勢を示しました。与党側は、与党内で温度差がある課題をどう取りまとめていくのか、野党側は、どのように今の安全保障環境に対処していくのか、その道筋を示してほしいと思います。

また、外交・安全保障で重要なのは、継続性と戦略性です。
与党は、国際社会における日本の役割や新たな戦略をどう描くのか。他方で野党は、これまでの日本外交の何を受け継ぎ、何を変えていこうとするのか。
各党には、今の安全保障環境を冷静に分析し、日本の針路を具体的に示すことが求められます。

(岩田 明子 解説委員/田中 泰臣 解説委員)


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