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岸田新政権 目指すものは

田中 泰臣  解説委員

今月4日に発足した岸田内閣。岸田総理大臣は国会で初めてとなる所信表明演説を行いました。まもなく衆議院を解散して国民に信を問う政権が何を目指そうとしているのか演説の内容や掲げる政策から読み解いていきたいと思います。

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《最優先はコロナ対応》

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「新型コロナとの闘いは続いています。私はこの国難を国民の皆さんと共に乗り越え、新しい時代を切り拓き、心豊かな日本を次の世代に引き継ぐために全身全霊を捧げる」
岸田総理が、所信表明演説で最優先の課題として真っ先にあげたのは、やはり新型コロナウイルスへの対応でした。
関係閣僚に対し、取り組みの「全体像」を早急に国民に示すよう指示したことを強調。菅内閣の対応が、「場当たり的」などと批判されたことを意識してか、あらかじめ全体像を示すことで国民の不安や不満を解消することを目指しているように見えます。また、これまでの対応を徹底的に分析・検証する考えも示し、菅内閣と、同じてつを踏まないという強い意思も感じられました。

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対策の中で注目したいのが医療提供体制です。
岸田総理は演説で、「与えられた権限を最大限活用し、病床と医療人材の確保、在宅療養者への対策を徹底する」と述べました。
この夏の第5波では、想定を超える感染拡大が起き、首都圏などで病床が不足し、自宅での療養を余儀なくされる人が相次ぎました。今、感染者数は急激に減少し、緊急事態宣言もすべて解除されました。
しかし厚生労働省は、「なぜ急激に減少したのか明確になっていない」としていて、この冬に再び感染が拡大する懸念も指摘されています。
厚生労働省は、新政権発足直前の今月1日、都道府県に対して第5波を教訓に、臨時の医療施設の整備などを求める通知を出しました。法律上、都道府県が整備をすることになっているためですが、岸田総理は、国が主導して進めるべきという考えを示しています。また国や地方が医療資源の確保のため、より強い権限を持つ法改正なども主張しています。菅前総理は、コロナ対応の反省点として、この医療体提供制の確保をあげていました。感染が落ち着いている今こそ、新たな危機への備えを行う時です。新政権には、直ちにできることと、中長期的に検討すべきことを整理して迅速に対応していくことが求められます。

《最も力を入れたいのは経済政策》

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コロナが、どの政権であっても対応を迫られるいわば「守り」の課題とすれば、岸田総理にとって、「攻め」の政策課題が、経済です。
演説では「成長と分配の好循環をコンセプトに、新しい資本主義の実現を目指す」と述べました。総裁選挙の時には、分配機能を強化し、所得を引き上げていく「令和版所得倍増」を目指すとしました。この「所得倍増」という言葉。岸田総理が率いる派閥「宏池会」の創設者、池田勇人内閣が今から約50年前に掲げた「所得倍増計画」にならったものです。安倍政権のアベノミクスを評価しつつ、分配の強化によって中間層を拡大していくことこそ、岸田カラーだと打ち出そうとしているように思います。ただこの「所得倍増」という言葉は、演説では触れられていません。
賃金の引き上げは、安倍政権も取り組んだ課題で、アベノミクスで株価の上昇や雇用情勢は改善したものの、実質的な賃金の伸びという点では必ずしも十分な成果を出せたとは言えません。それだけ難しい課題と言えます。
また岸田総理は、方策の1つとして「看護・介護・保育などの現場で働く人の収入を増やす」としていますが、介護職員の処遇改善などは政府が長年取り組んできた課題で、一朝一夕というわけにはいきません。
必要な財源や、それをどのように確保していくのかも含めて、岸田内閣には実現に向けた道筋を具体的に示してほしいと思います。

《政府と党は両輪?》

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岸田総理は、政府と自民党の関係についても、独自のカラーを出そうとしています。安倍政権以来、総理大臣官邸が指導力を発揮して、政府が党よりも力を持つ「政高党低」と言われてきましたが、「政府と党は車の両輪だとして、『政高党高』を目指す」としています。今回の人事を見ると、閣僚は20人のうち初入閣が13人、一方、党の方には甘利幹事長、麻生副総裁などいわば有力者が目立ち、パワーバランスを変えようとしているようにも見えます。安倍政権で党の政務調査会長を務めていた際、「党の議論が、政府に届いていないとの指摘がある。トップダウンとボトムアップの使い分けが大事だ」と主張していた岸田総理。政府内に入っていない議員の声も吸い上げることで、党内での求心力を高めたいと考えているのかもしれません。岸田総理は演説で、「早く行きたければ1人で進め 遠くまで行きたければ、みんなで進め」という、ことわざを引用し、チームで取り組む大切さを強調しました。ただ車の両輪は同じように回ってはじめてまっすぐに進みます。岸田派の議員の1人は、「色々な人が言うことを聞きすぎると、判断が遅くなったり、難しくなったりするのでは」と心配しています。
国民にとって必要な判断を適時適切にできるのか、岸田総理のリーダーシップが問われる場面が出てくるかもしれません。

《対する野党は》

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さてその岸田内閣に対じする野党。
所信表明演説については、「美辞麗句ばかりで具体的な中身がない」・「安倍・菅政権を引き継いでいくことがはっきりした」などとして、代表質問でただしていくことにしています。ただ代表質問は、質問者がすべての質問を述べてから、答弁が行われます。野党側は、一問一答で丁々発止のやり取りができる予算委員会の開催を求めていますが、与党側は「審議する予算はない」などとして応じていません。また、政権運営の要ともいえる甘利幹事長について、かつて検察の捜査対象となった政治とカネの問題を取り上げ、国会招致も求めていますが、これも実現しない見通しです。岸田総理は代表質問が終わった翌14日に衆議院を解散する方針です。今の国会では、詰めた議論が十分に行われないまま、衆議院選挙を迎えることになります。

《4年ぶりの総選挙へ》

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その4年ぶりとなる衆議院選挙は、今月19日に公示され31日に投票が行われる予定です。解散から投票まで17日間というのは戦後最短、岸田総理は、「21日に任期が満了する。速やかに総選挙を行い国民から信任をいただき、国政を担う必要がある」などと理由を述べています。ただ、総裁選挙・新政権発足と注目が集まっているうちに、つまり勝てるタイミングで選挙を行って、乗り切りたいのではとの見方もあります。岸田総理は、与党で過半数が勝敗ラインとしていますが、上積みできればできるほど、求心力が高まり、より安定した政権運営をできるようになります。
一方の野党は、具体的な政策を示し、与党との違いを際立たせしようとしています。その1つが消費税。岸田総理が、税率の引き下げは考えないとしているのに対し、野党4党はそろって、コロナ対策として、時限的な引き下げを主張していて、争点の1つとなりそうです。

政権発足から1か月足らずで行われる衆議院選挙。有権者は、新政権の力を、十分に見極めることがないまま投票を迎えることになります。
図らずも、コロナ禍で、政治が国民生活に直結することを私たちは目の当たりにしました。選挙戦に向けて各党には、どのように国民と向き合い、どのような社会を目指していくのか、その実現の道筋も含めて、かみ合った議論をしてほしいと思います。

(田中 泰臣 解説委員)


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