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岸田新総裁と今後の政局

伊藤 雅之  解説委員長

自民党総裁選挙は、岸田前政務調査会長が、決選投票で、河野規制改革担当大臣を抑え、新総裁に選出されました。今回の「時論公論」は、勝敗を分けた要因と、岸田新総裁の課題、そして、衆議院選挙に向けた今後の政局の焦点を考えます。

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自民党総裁選挙の結果です。

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1回目の投票では、岸田氏が256票、河野氏が255票で、いずれも過半数には達せず、決選投票に持ち込まれました。決選投票では、岸田氏が、国会議員票で大きく上回り、事実上、次の総理大臣となる総裁に選出されました。
勝敗のポイントは、岸田氏が、国会議員票で優位に立ち、1回目の投票で、わずか1票差でしたが、1位になったことです。河野氏は、党員票ではリードしましたが、国会議員票で、3位だったことは大きな痛手でした。また、高市前総務大臣が、経済と安全保障で強い日本を目指すと訴え、無派閥ながら100票を超える国会議員票を獲得したことは注目されます。

国会議員票で岸田氏が優位に立った要因はどこにあったのでしょうか。決選投票を争った岸田氏は、「丁寧で寛容な政治を目指す」と主張してきたのに対し、河野氏は、「これまで手を付けてこなかった政策を実現する突破力」を強調しました。激しい選挙戦になっただけに、政治姿勢という観点から、岸田氏の「安定感」への期待。河野氏が総理・総裁になった場合、政権運営が混乱しないかという「不安」がぬぐえなかったという面もあったと思います。
もう一つは、派閥の動向です。最大派閥の細田派は、決選投票に岸田氏か高市氏のいずれかが残った場合は、一致した投票行動が望ましいと幹部が働きかけていました。また、竹下派は、幹部が、ほとんどが岸田氏支持でまとまったとしていました。決選投票になっても、岸田氏が有利ではないかという見方が、できれば勝つ候補に投票したいという議員心理に影響したと見ることもできそうです。
決選投票の結果をみますと、1回目の国会議員の投票で3位の高市氏と4位の野田幹事長代行への投票は、あわせて148票。1回目に岸田氏と河野氏に投票した人の投票行動が変わらなかったとすると、この148票のうち、岸田氏へは、ほぼ7割の103票、河野氏へは45票にとどまったことになります。

では、有権者により近いとされた党員投票の結果をどうみたら良いでしょうか。

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河野氏の陣営は、高い知名度で他の候補を圧倒し、「党員の意思は河野氏だ」と強調して、決選投票を有利に持ち込みたいという狙いがあったと見られます。これに対して、岸田氏は、立候補の表明と準備が早く、企業・団体などの職域支部にも一定程度、浸透できたものと見られます。また、高市氏は、安倍前総理大臣の路線の継承・発展を訴えて支持層をつかみ、野田氏は、子ども中心の訴えに共感する党員に働きかけ、票が分散しました。
党員投票の結果をどう評価するか、意見が分かれるところでしょうが、党内には、河野氏が過半数を獲得するかどうかが、目安になるという見方がありました。河野氏は、党員投票で大きくリードしたものの、その勢いは、決選投票で国会議員の投票を大幅に増やす決定的な要因にはならなかったといえるでしょう。

ここからは、岸田新総裁の課題を考えます。激しい選挙の後だけに、しこりを残さない挙党体制の確立が課題となります。

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まずは、人事で総裁選を争った河野氏、高市氏、野田氏と、3候補を支援した議員をどう処遇するのか。どう協力を得ていくのか。総裁選の中では、政策や路線の違いも明確になりました。この違いをどう克服するのか。新総裁としてのリーダーシップが問われることになります。
もうひとつは、党の新しい姿を具体化できるかどうかです。岸田氏は、総裁選出後、「生まれ変わった自民党を、しっかり国民に示す」と決意を述べました。
また、今回、注目された党風の一新を求めた若手議員たちの声をどう党運営に反映させていくのか。今後の党や内閣の人事で、どこまで積極的に中堅若手を起用し、世代交代が進むのかも注目点です。
さらに、各派閥、そして、安倍前総理や菅総理、政権を支えてきた麻生副総理や二階幹事長など、有力者との距離感をどう取るかという難しい課題があります。
岸田氏は、派閥のトップとして総裁選挙に臨みました。総裁選を勝ち抜き、その後の安定した党運営には、幅広い協力が必要です。その一方で、党役員の任期に制限を設けることなど党改革を打ち出した岸田氏が、派閥や有力者の意向を、どう受け止めるのか。今回の総裁選を機に、派閥や有力者の影響力は、限定的なものになっていくのか、それとも次第に復活していくのか、新総裁との間で、そのせめぎあいは水面下で続きそうです。

次に、衆議院選挙に向けた政局の焦点をみていきます。

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岸田新総裁の選出について、野党側は、立憲民主党の枝野代表が「自民党は変わらない、変れないということを示す結果だ」と批判するなど、新政権発足後、その政治姿勢について、国会の予算委員会で議論するよう求めています。
衆議院選挙に向けて、岸田氏は、自民党役員人事を急ぎ、10月4日に衆参両院で総理大臣に指名され、直ちに組閣に臨むことになります。岸田氏は、その後の国会で、新総理の所信表明演説と各党の代表質問を行う考えを示しています。そして、衆議院選挙は、10月21日の任期満了を越え、投開票は11月中になるという見方が出ています。
ここで考えなければならないのは、新型コロナ対策や補正予算案の扱いです。

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今回の総裁選挙は、コロナ対策が喫緊の課題となる中で行われました。緊急事態宣言とまん延防止等重点措置は、30日の期限で解除されますが、国民の間には、感染の再拡大への懸念があります。また、感染防止策や検査・医療体制の充実、さらに生活や事業で困っている人への給付を含めた支援策を求める声も強くあります。
岸田氏は、年内に数十兆円規模の経済対策をまとめる考えを示しています。
総裁選挙や衆議院選挙を理由に、次の波への備えや必要な人たちへの支援が、遅れることはあってはなりません。
例えば、来月の臨時国会で、与野党が協議し、緊急を要する新型コロナ対策を確認・合意して、予備費で可能な限り柔軟に対応する。また、必要があれば衆議院選挙後の国会で、本格的な経済対策の前に、補正予算を早期に成立させることも検討すべきです。
すべてを衆議院選挙の後に持ち越すのでなく、国民に、あらかじめ方向性を提示することはできないでしょうか。

その一方で、衆議院選挙に向けて、有権者の判断材料にとなる国会論戦も必要です。
岸田氏は、総裁選で、分配や格差の是正を重視する姿勢を示しました。野党側と問題意識は共通しているように思います。与野党が、目指す社会像と財源を含め実現のための具体的な道筋をめぐって議論することは重要です。
また、外交・安全保障で、岸田氏は、日米同盟を軸とした「自由で開かれたインド太平洋」の実現を訴え、基本的に、安倍政権・菅政権の路線を継承するものと見られます。総裁選で、防衛力の強化をどこまで進めるかなどをめぐって温度差があった分野でもあり、与野党の意見の違いは、選挙前に国会で、はっきり聞いておきたいところです。

今後の政局は、衆議院選挙に向けて、各党が独自色を強め、与野党の対立が激しくなっていくでしょう。しかし、国民の判断を求める前にやるべきことはあるはずです。
衆議院選挙が任期満了後に行われるのは、異例のことです。異例の事態であるならば、与野党には、前例や形式にこだわらず、国民が不安を抱いている新型コロナの感染再拡大への備えと必要な支援、そして、政権を選択する衆院選に向けた議論の場を可能な限り確保する努力が求められていると思います。

(伊藤 雅之 解説委員)


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