NHK 解説委員室

これまでの解説記事

性犯罪"適切な処罰"とは? 幅広く議論を

山形 晶  解説委員

j210916_01.jpg

「魂の殺人」。被害者の心を深く傷つける性犯罪は、こう呼ばれています。
今の刑法のままでは加害者が処罰を免れてしまうという声が高まり、法制審議会で議論が始まりました。
一方で、刑法を変えれば、えん罪を生んだり、逆に処罰を免れるケースが増えたりするという見方もあります。
この問題をどう考えればいいのでしょうか。

j210916_02.jpg

まず目を向けるべきなのは、被害の深刻さです。
性的な行為を意思に反して強要されるのは耐えがたいことで、人格や尊厳が深く傷つけられ、PTSDになる場合もあります。
刑法の規定は明治時代に作られましたが、被害の実態に合わないという批判が高まり、2004年以降、刑法の一部が改正されてきました。
刑を重くする厳罰化や、「強姦罪」を「強制性交等罪」に改め、処罰の対象となる行為を拡大したり、男性も被害者に含めたりするといった内容です。
ただ、被害者や支援者からは、より抜本的な改正を求める声が上がり続けています。
こうした状況を受けて、法務省は、今回、有識者が議論する法制審議会に再び法整備のあり方を諮問しました。

最大の論点は、刑法の要件を変えるべきか?という点です。
刑法では、「こうした行為は処罰される」という要件を定めています。
これを変えれば処罰の対象になる人も変わる可能性があります。
まさに抜本的な改正につながる論点です。

j210916_03.jpg

今の要件は、「暴行または脅迫を用いて」、あるいは「心神喪失や抗拒不能(抵抗できない)状態にさせて」性行為をした者は「強制性交等罪」などにあたり、処罰するというものです。
つまり、暴力や脅迫、薬物といった不正な手段を使って、物理的・心理的に抵抗を困難にさせたり、その状態につけ込んだりした場合は処罰する、という趣旨です。

なぜこうした形で処罰の対象を限定しているのでしょうか。
それは、性行為は同意があれば犯罪ではないからです。
ただ、本当に同意しているかどうか、性行為の前に確認することが一般的な認識として広がっていない日本では、明確なやり取りがないことも珍しくありません。
こうしたことから、同意がなかったことが明白なケース、つまり暴行や脅迫で「抵抗を困難にさせたケース」だけが処罰の対象となっています。
しかしこの要件が限定的すぎるとして見直しを求める声が根強くあります。

j210916_04.jpg

見直しを求める理由です。
第三者がいない「密室」で起きたことを立証するのは難しい上、被害者がかなり激しく抵抗した場合でなければ「暴力や脅迫で押さえつけた」と認められにくいこと。
明白な暴力や脅迫などがなくても、被害者が恐怖やあきらめの気持ちから抵抗の意思すら示せなくなる場合があること。
さらに、警察や検察が、被害者に対して、確認のため、「抵抗しようとしなかったのか?」といった質問を重ねる中で被害者が傷つき、二次被害になる場合もあることなどが挙げられています。

そして実際に、要件の存在が疑問視されるようなケースもありました。
父親が実の娘に性的暴行をした罪に問われた裁判で、おととし、名古屋地裁岡崎支部が父親に無罪を言い渡したケースです。
判決では、娘が同意していなかったことは認められましたが、「抵抗するのが困難な状態ではなかった」とされました。
娘が意思に反して父親から性行為をされたのに、なぜ罪に問われないのか。
疑問や怒りの声が広がったのも無理のないことでした。
この判決は高裁で取り消され、その後、最高裁で懲役10年の刑が確定しました。
長年にわたって父親から性的虐待を受けていたことなどから、抵抗が困難な状態になっていたことが認められたのです。
被害者や支援者の団体は、「暴行・脅迫」などの要件を撤廃すべきだと訴えています。
その上で、「同意がない」ことだけを要件とする「不同意性交等罪」を新たに設けるよう求めています。
こうした法改正は、形はそれぞれ違いますが、ドイツやスウェーデンで行われた例もあります。

j210916_05.jpg

一方で、刑法学者や弁護士などからは、要件の撤廃に反対する意見が出ています。
まず、えん罪を生むリスクが高まるという意見です。
暴力や脅迫、薬物といった要件をなくすと、どのようなケースなら「同意がなかった」とみなせるのか、判断基準があいまいになるという見方です。
例えば、当時は相手が同意していたようなケースでも、2人の関係が悪化して、後になって「同意がなかった」と訴えられたら、反論が難しくなることが懸念されています。
逆に、要件をなくすと、かえって処罰されるケースが減るという見方もあります。
判断の手がかりがなくなり、捜査機関や裁判所が処罰に対して慎重にならざるを得なくなるという懸念です。
また、手がかりが少ない中で、被害者の証言の内容が裁判などで厳密に精査されるようになり、かえって被害者が苦しむという見方もあります。

こうして意見は分かれていますが、具体的な案を見ていくと、考え方が共通しているように見えるものもあります。
例えば、要件を撤廃すべきでないという意見の中には、「暴行・脅迫」に加えて「不意打ち」や「監禁」といった行為を新たに要件として加えるという案があります。
また、要件を撤廃すべきだという意見の中には、具体的な判断要素として、「暴行・脅迫」よりも程度の低い「威迫」のほか、「不意打ち」や「監禁」といった行為を条文で例示するという案があります。
どちらも、「暴行・脅迫」以外の行為も処罰されることを明確に示し、処罰されるべきなのに免れてしまうケースを防ぐ意図があります。
議論を尽くして、折り合える点を見つけることはできないでしょうか。

j210916_06.jpg

審議会の論点はほかにもあります。
いわゆる「性交同意年齢」の引き上げ。
子どもに対する性行為は同意の有無に関わらず一律に処罰されますが、その境目となる年齢を今の「13歳」から引き上げるかどうかです。
時効の延長や撤廃。
これは、幼いころに被害を受けたようなケースを救済するためです。
こうした論点も見解が分かれていますが、どちらの意見にも十分な理由や根拠があるように思えます。
結論を急がず、幅広く丁寧に議論してもらいたいと思います。

そして、法改正の議論とともに取り組まなければならない課題もあります。
被害者の支援の強化です。

j210916_08.jpg

治療や支援を1か所で受けられる「ワンストップ支援センター」が各地で整備されていて、3年前にすべての都道府県に設置されました。
全国共通の短縮ダイヤル「#8891」も設けられ、この番号で最寄りのセンターにつながります。
ただ、24時間、対応しているのは21都府県にとどまっています。
そして、多くは県内に1か所だけです。
国や都道府県が連携して支援体制を強化していく必要があります。
精神的なショックでPTSDになる被害者も少なくありません。
治療が長引く場合の医療費の負担軽減など、被害者の中長期的な支援も課題です。
同意のない性行為は犯罪になるということを中学生や高校生に理解してもらうための教育も欠かせません。

法改正の議論とともに、被害者の支援や性犯罪を防ぐための取り組みを進めていく必要があります。
そのためには私たちが意識を変えていくことも大切です。
性犯罪は、決して許されない重大な問題だという認識を、しっかり共有していく必要があります。

(山形 晶 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

山形 晶  解説委員

こちらもオススメ!