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入管施設 スリランカ人死亡 "危機意識欠如" 改善を急げ

山形 晶  解説委員

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ことし3月、名古屋市にある入管の収容施設で33歳のスリランカ人の女性が衰弱して死亡した問題。
出入国在留管理庁は、医療体制や職員の意識に問題があったと認める最終報告書を公表しました。
何を改善すべきなのか、考えます。

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2017年、ウィシュマ・サンダマリさんは、スリランカから留学生として来日しました。
しかし日本語学校を欠席するようになり、2019年に在留資格を失いました。
入管に出頭しないまま連絡が取れなくなり、去年、名古屋入管の施設に収容されました。
強制退去を命じられましたが、コロナの影響でスリランカへの定期便がなくなり、収容が長期化しました。
ウィシュマさんは、帰国すれば、日本で同居していた時にDVを受けていたスリランカ人の男性から危害を加えられるおそれがあり、日本で支援者と暮らしたいと訴え、施設から出るための「仮放免」を申請しました。
しかし、入管は、施設に収容する前に連絡が取れなくなったことなどから許可しませんでした。
ウィシュマさんは、ことし1月から体調不良を訴え、食事も十分にとれなくなり、3月6日に亡くなりました。
衰弱した状態が1か月以上も続いていたのに、なぜ死を防げなかったのか。
遺族や支援者からは強い批判が出ました。

出入国在留管理庁は、医師や元裁判官なども交えて調査を行い、最終報告書を公表しました。

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報告書では、名古屋入管の対応は「危機意識に欠けていた」と総括しました。
まず医療体制の問題です。
2月15日に行われた尿検査で、腎臓の機能の悪化が疑われる数値が出ていたことが新たにわかりました。
報告書では「追加の検査を行うのが望ましかったが、非常勤の医師しかいない医療体制に制約があった」としています。
さらに、ウィシュマさんが亡くなった土曜日は医療従事者が不在でした。
2月下旬には点滴や外部の病院を受診したいと本人から要望があったのに、現場の判断で幹部に報告していなかったという情報共有や体制の問題も挙げました。
そして、職員の意識にも問題がありました。
ウィシュマさんを間近で見ていた職員の多くが「仮放免を認めてもらうために体調の悪さを誇張している」と疑っていたのです。
上川法務大臣は会見で「尊い命が失われたことに対し、心からおわびを申し上げる」と述べ、入管庁は、名古屋入管の局長ら幹部4人を訓告などの処分にしました。
名古屋入管の体制や運用については非を認めた形です。
ただ、今後の改善策の中に、入管行政全体を大きく変えるような制度の改正は盛り込まれませんでした。
そして、なぜウィシュマさんの死を防げなかったのかという点もあいまいなままです。
複数の原因が考えられるとして、「死因は不明」という結論になったからです。

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遺族や弁護士は会見を開き、「責任逃れの報告書だ」「制度の改革が必要だ」などと批判しました。
入管庁の対応にも不信感が募っています。
ウィシュマさんの様子がわかる監視カメラの映像を2時間に編集して開示する意向が示されたということですが、遺族は、「全容の解明にはすべての開示が必要だ」と反発しています。
入管庁は今後も対応を迫られることになります。

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入管の施設で収容者が体調を崩して死亡したのは今回だけではありません。
過去にも繰り返し起きています。
日本では、不法滞在が発覚した人を、原則として、全員、施設に収容しています。
この点が、個別の事情を審査してから収容するヨーロッパなどとは異なっています。
その一方で、医療体制は不十分です。
全国に収容施設は17か所ありますが、東京の1か所を除いて医師は常駐していません。
常勤の医師を確保できないのであれば、外部の医療機関を受診しやすくする必要があります。

「仮放免」の柔軟な運用も考えなければいけません。
「仮放免」は、体調の悪い人などを対象に、入管の判断で一時的に収容を停止する制度です。
仮放免の許可にあたっては、健康状態のほか、逃亡のおそれや、不法滞在以外に日本で犯罪行為をしていないかも判断材料となります。
仮放免を広く認めると、治安が悪化するのではないかという懸念があるからです。
ただ、新型コロナの感染拡大以降、入管は、仮放免を積極的に認める運用に切り替えましたが、逮捕された人の割合は、仮放免された人の3%程度と、以前と変わっていません。
仮放免を増やした分、行方がわからなくなる人も増えていて、課題はありますが、コロナ後も同じような対応を続けることも検討すべきだと思います。
入管庁も、体調が悪い人の仮放免を柔軟に認めるための運用指針を作ることにしています。

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そして悲劇を繰り返さないためには、運用だけでなく、制度の改正も検討する必要があります。
仮放免が認められない人の収容が長期化し、健康上のリスクも高まっているからです。

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背景には、不法滞在の人たちが増え、強制送還を拒む人も増えていることがあります。
強制送還を拒む人の中には、母国で政治的な迫害などを受け、帰国すれば危害を加えられると訴え、難民としての保護を求める人が少なくありません。
この手続きには時間がかかります。
まず、入管が難民と認定するかどうか審査します。
認定されなかった場合、不服があれば、法務大臣に審査を請求することができます。
法務大臣は、学識経験者などから選ばれている「難民審査参与員」の意見を聞いて判断します。
それでも認められなかった場合、裁判を起こし、その判断の取り消しを求めることができますが、時間がかかります。
ここ数年、収容が半年以上にわたる人の割合は大きくなっています。
中には、明らかに迫害のおそれがないのに難民だと主張する人がいるのも事実です。
一方で、日本の審査や制度にも問題があると指摘されています。
国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」は、去年、日本で難民認定の申請をして収容が長期化した男性2人のケースについて、「国際人権規約に違反する」という意見を採択しました。
収容期間に上限が設けられていないことや、司法審査の機会がないまま収容されていたことなどが理由です。
これに対して入管庁は「明らかな事実誤認だ」として異議を申し立てました。
確かに、審査に不服がある人は裁判を起こせます。
実際に多くの人が裁判を起こし、訴えが認められるケースも珍しくありません。
去年は全国で9件ありました。
この結果から言えるのは、入管や法務大臣の判断が絶対的に正しいわけではないということです。
長期化を防ぐためには、より早い段階で司法が関わるなど、制度の改正も検討すべきだと私は考えます。

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国も、制度の改正を考えていないわけではありません。

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ことしの通常国会に出入国管理法などの改正案を提出しました。
「監理措置」という新たな制度を作り、支援者や弁護士が「監理人」として見守りを行うことを条件に、施設に収容しないことなどが柱です。
国は収容の長期化を防ぐことができる制度と位置付けています。
しかし、野党や支援者は、今までどおり収容期間に上限がなく、審査の段階で司法が関わらないこと、難民認定の申請中は強制送還されないというルールが変わり、申請が3回目以降の人は送還できるようになることなどを問題視しました。
結局、ウィシュマさんの件が問題となったこともあり、改正案の成立は見送りとなりました。

今回の報告書をきっかけに、議論が再開されるかどうかはまだ見通せません。
ただ、このままでは、また悲劇が繰り返されるおそれがあります。
どのような制度なら合意できるのか、これからも国会で改正に向けた議論を真摯に続けていくべきだと思います。

(山形 晶 解説委員) 


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