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エネルギー基本計画 あいまいな原発の位置づけ

関口 博之  解説委員

 先週、経済産業省が示した新しいエネルギー基本計画の素案は、
再生可能エネルギーの最大限の導入を掲げました。
一方で、やはり脱炭素電源である原子力については
推進するのか、縮小するのかは明らかでなく、
あいまいな位置づけにとどまりました。
菅総理が2050年、脱炭素社会を宣言し、
2030年度の温室効果ガス46%削減を国際公約してから、
初めてのエネルギー基本計画の見直しについて、
原子力に焦点をあてて考えます。

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▽ポイントはこちら。
*原子力発電は「依存度低減」の一方で「持続的に活用」とも
書かれています。なかなかわかりにくい言い回しです。
*焦点の2030年度の電源構成ですが、目標達成は難題です。
*そして盛り込まれなかった原発の「建て替え」や「新増設」、
この3点です。

▽基本計画の柱の一つが、発電を何で行うかを示す電源構成です。

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上が2019年度の実績で、下が今の計画での2030年度の目標、
これに対し、今回示された新目標がこちらです。
太陽光や風力など再生可能エネルギーを36%~38%に増やし、
「最優先の原則で導入する」と、大きく舵を切りました。
その分、天然ガスや石炭など火力は比率を下げます。
そして原子力は20%~22%と今の目標を維持しています。
これはどういうメッセージなのでしょうか。

▽素案の中で原子力についてはこう書かれています。

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*福島第一原発事故を経験したわが国としては、「可能な限り原発依存度を低減する」
*原子力規制委員会から
「規制基準に適合すると認められた場合は再稼働を進める」
*2050年に向けては「安全性の確保を大前提に」
「必要な規模を持続的に活用していく」
政策スタンスがブレーキなのか、アクセルなのか、分かりにくく、
様子見のようにも受け取れます。
▽では今の政策を続ければ2030年度に
原子力で電源の20%~22%という目標が実現できるかというと、
実は容易ではありません。

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▽国内の原発では24基の廃炉が決まりました。
現在、再稼働しているのは10基、
規制委の設置変更許可が出たのが6基、
審査中のものが11基です。残る9基は未申請です。
経済産業省の試算では、
この審査中のものまで27基がすべて再稼働し、
しかも設備利用率80%というフル稼働をして
ようやく20%強になるとされています。
ハードルは相当高く、専門家の中には「実現は困難」という声もあります。

▽一方、大幅な拡大を目指す再生可能エネルギーですが、こちらも課題は山積です。

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*期待がかかる大規模な洋上風力は建設までの期間が長くかかり、
2030年度には間に合いそうにありません。
*当面の頼りは太陽光発電ですが、
平地の面積あたりの設備容量はすでに世界一です。
このため残る適地は少なくなっていて、一段の政策支援が必要です。
再エネにも課題、原子力にもハードルとなると、
「脱炭素電源へのシフト」という狙い自体が崩れかねません。

▽もう一つ考えなければならないのは、2030年度の姿は、あくまで、
2050年の温室効果ガスの排出・実質ゼロへの「通過点」だということです。
そこで原子力に関し、今回焦点になったのが、
原発のリプレースつまり建て替えと、新増設です。

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▽この図は、縦軸が日本全体の原子力発電の設備容量=発電能力を示します。
福島第一原発事故以降、原発の運転は原則40年までとされ、
特別に認められた場合に限って最長60年まで延長可能とされています。
40年運転の原則に従った場合、
2050年時点で残っている原発は、わずか3基、発電能力は全体の2%程度です。
すべて60年まで運転したとしても
2050年では23基、10%程度に留まります。
つまり何もしなければ、放っておいても原子力は「先細り」です。
それで脱炭素化が可能なのか、という観点から、
先を見据えた原発の建て替え、新増設の議論が注目されたのです。

▽大手電力の中には、こうした期待があり、
 自民党にも推進しようという議員連盟ができました。

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▽建て替え、新増設に関する議論を整理してみたのがこちらです。
推進する側からは、
*脱炭素化には原子力という選択肢は欠かせない、
原発を使わないと、火力が増えるだけだというのです。
*古い原発を使い続けるよりは最新型の原子炉に切り替えた方が安全、
*人材や技術などの基盤を維持すべき、といった主張がなされました。
一方、批判的な人達からは、
*脱炭素を原発利用の“口実”にしているのではないか、
*東電の原発などでの不祥事も続いていて、不信感は拭えない、
*新規制基準に基づく安全対策のコストが増え、
原発が低コストという根拠がなくっている、などの指摘がありました。

▽この部分ですが、2030年の発電コストを経済産業省が試算し、
「事業用太陽光の方が原子力よりコストが低い」としたのを踏まえたものでした。
ただ大手電力側からは「太陽光が増えれば、発電量の変動を抑えるのに
別のコストがかかる、それが勘案されていない」といった反論も出ました。
コストの問題は本来、国民に向けもっと丁寧な説明が必要ですし、
検証も続けなければならない課題だと思います。
▽結局、建て替え・新増設については、素案に盛り込まれず、
結論は棚上げにされました。
「今、決めないと間に合わない課題なのか」という声もあり、
政府内での合意が作れなかったと、関係者は言います。
再稼働以上に賛否が分かれる問題だけに、
政治的な争点になるのを避けたという印象はぬぐえません。
しかし、それが原子力政策のあいまいさにつながっています。
 
▽ほぼ3年ごとに見直されるエネルギー基本計画の改定は、
エネルギー政策の道筋を国民や産業界に示す貴重な機会ですが、
今回も原子力の議論は、先送りされました。

▽さらに言えば、建て替え・新増設は原子力をめぐる課題の入り口にすぎません。

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*福島第一原発の廃炉をどう進めるか、
*使用済み燃料対策や核燃料サイクルにどう取り組むか、
*廃棄物の最終処分の問題も残ります。
*一方で、原発防災の体制をどう整えるか、
*原発事故から10年以上たっても残る不信感をどう払しょくし
国民の信頼を得るか、
こうした課題にも正面から向き合う機会だったと思いますが、
結局、国民的な議論にはなりませんでした。

▽2050年の脱炭素社会の実現も、
2030年度の温室効果ガス46%削減も、
結局は、私たち一人ひとりの行動にかかってきます。
国民が、企業が、本気で暮らしを変えよう、
社会を変えようと思えるかどうか、です。
再エネの活用については、大きな方向性として、
国民の目もそちらに向き始めました。

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しかし原子力については、合意があるとはいえません。
「2050年を超えて使い続けるのか」
あるいは「政策的に減らすのか」
それとも「何も決めずフェードアウトを待つのか」、
目指す道を、政治の決断で示すべき時期ではないかと思います。

(関口 博之 解説委員)


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