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「東京オリンピック開幕へ 開催に問われることは」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

史上初めて1年延期された東京オリンピックが7月23日に開幕します。感染状況の先行きが不透明で依然として開催を巡って意見がわかれる中、目前に迫ったオリンピック開催になにが問われているのか、考えます。

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【開幕直前も高まらない機運】
57年ぶりとなる2回目の東京オリンピック開幕まであとわずかとなりました。しかし開幕直前の今も、これまでのオリンピックのような高揚感は、あまりありません。最大の理由は、感染状況の先行きが依然として不透明なことです。

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インドで確認された変異ウイルスの「デルタ株」の影響もあって、開催地の東京都には4回目の緊急事態宣言が出され、直近でも都内では1日の新規感染者の数が1400人近くになっています。オリンピックに向けては「安全安心な大会を目指す」という表現が繰り返されてきました。しかし7月、NHKが行った世論調査では、開催意義や感染対策について政府や組織委員会などの説明に「あまり納得していない」、「まったく納得していない」と答えた人はあわせて65%となりました。開催が感染拡大につながってしまうのではないか、という不安が完全に払しょくされたとは言えず、オリンピック開催を楽しみにする人がいる一方で、社会全体で大会を心待ちにする雰囲気にはなりにくいまま、開幕を迎えることになりそうです。

【バブル方式にプレーブック】

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では、その東京オリンピックでどのような対策がとられるのか。組織委員会などは、ぎりぎりまで結論を先送りしていた観客の扱いについて、首都圏の1都3県に加え北海道、福島県で無観客とすることを決断しました。さらに選手をはじめ、大会関係者やメディアなど海外から来日する人たちを当初予定の3分の1程度となる、およそ5万1千人に削減。滞在中の行動ルールをまとめた「プレーブック」を作成し、選手や関係者を外部と遮断するために、行動範囲を限定して、それぞれの間を専用車両で移動する「バブル方式」を取り入れました。その上で選手は滞在中も原則毎日ウイルス検査を行うこと、観光などには出歩かないこと、GPSによる行動管理を行い、ルール違反があった場合は資格はく奪や国外退去を含めた強い措置をとることなどを盛り込みました。陽性者が出た場合には選手村の外などに確保した施設に隔離し、必要があれば、事前に決めた指定病院を中心に対応し、地域医療に影響が出ないようにするとしています。

【直前にみえてきた課題】

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しかし、開幕直前になって、見えてきた課題もあります。大幅に削減したとはいえ、海外から来日する5万人以上の選手や大会関係者らの行動を完全に管理することはできるのか。すでにおよそ3万人の選手、関係者が来日していますが、その一部がプレーブックに違反した行動をしているという指摘が出ています。GPSによる行動管理とそれに基づく強い措置も、人権への配慮などから、実際にはどこまで行うことができるのか、疑問の声もあります。また、アメリカの複数のメディアは組織委員会に対し「取材が制限される」などとする抗議の書簡を送っています。ワクチンの接種が進み、死者や重症化する人の数が減少傾向にある海外の国や地域では、コロナへの規制が撤廃されたところもあります。今大会は選手村に入る選手らのおよそ85%、海外からのメディアの70%から80%がワクチンを接種して来日する見通しです。こうしたことも背景にあって、来日した人の中には、厳しい行動制限の受け止めに温度差もあるように感じます。

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バブル方式やプレーブックはそれだけでは完全ではなく、当時者が、行動制限が必要な理由を理解し実践しない限り、実効性は保てません。ほとんどの選手や関係者は大会を成功させるという強い思いを持って来日していると思いますが、今後も行動ルールの丁寧な説明を続ける必要があるでしょう。一方で国内でも感染が広がり、現時点で国内在住の人もあわせて大会関係者60人以上に陽性が確認されています。検査体制が機能し、陽性者を拾えているという見方もできますが、組織委員会などは国民の不安を少しでも軽減させるため、引き続き大会に関わる全ての関係者に行動ルールの徹底を改めて求めるとともに、今後プレーブックで定めた内容などについて、想定外の事態が起きた場合に、迅速かつ柔軟に対応していくことが求められるのではないかと思います。

【アスリートへの影響は】

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続いて、コロナ禍が、オリンピックに臨む選手たちに、どのような影響を与えたのか、考えてみたいと思います。ボクシングでは世界最終予選が中止され、急遽、IOC・国際オリンピック委員会が設定したランキングをもとに出場枠が振り分けられました。ランキングは過去の国際大会の実績などが反映されるため、伸び盛りではあっても実績が乏しい若い選手にとっては厳しい条件となり、オリンピック挑戦の舞台にすら立てないというケースも出てしまいました。日本が金メダル獲得を目指す野球では、台湾やオーストラリアといった強豪が最終予選への参加を辞退。また多くの競技会場で無観客となったことで、選手は応援を力に変えることができなくなっただけではなく、テニスのオーストラリア代表に選ばれていたキリオス選手のように「観客のいないスタジアムでプレーすることは受け入れられない」と出場を断念するケースも出ています。1年以上、感染拡大のため国内外での様々な競技で大会の中止が相次ぎ、練習も制限のある状態が続きました。準備状況に差が生まれ、公平な大会にならないのではないかとも指摘されています。

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また今大会は、開幕後に陽性が確認され、出場ができなくなる選手が出る可能性もあります。IOCはこの場合、「失格」ではなく、その時点までの記録が残る「棄権」として扱うことを決めました。例えば柔道やサッカーなどでは決勝に進んだ選手やチームが「棄権」となれば、銀メダルということになりますが、逆に言えば不戦勝で金メダルを獲得する選手やチームが出る、ということにもつながります。この場合、これまでとはメダルの価値が異なるのではないかという新たな指摘も出てくると思います。当初、史上最多の30個の金メダル獲得を目標としていたJOC・日本オリンピック委員会の山下会長は「コロナ禍で前提条件が崩れ、30個にどれだけの価値があるかわからない。今、目指すかと言われたら“ノー”という。限られた状況の中で夢に向かってやってきたことを出してくれれば十分だ」と明言しました。本来オリンピックは、「スポーツを人類の調和の取れた発展に役立てる」ことが理念のひとつです。今大会はその理念に立ち返り、メダルの数や色を競うよりも、選手たちが1年待った舞台で、全力でプレーし、私たちもその姿に拍手を送る。コロナ禍の東京オリンピックは、そうした大会を目指すべきではないかと思います。

【東京五輪に問われること】
オリンピックは世界中から大きな関心を集めるがゆえに、巨額の開催経費を必要とする肥大化が進み、行き過ぎとも指摘される商業主義やメダル至上主義といった様々な課題を抱えてきました。今回のコロナ禍での開催はこうした課題を改めて浮き彫りにし、そもそもオリンピックを開催し、参加するのはなぜかという、根本的な問いが改めて突き付けられているのではないかと思います。120年以上続いてきたオリンピックという文化を今後、どう継承していくのか。感染防止対策の徹底で「安全安心な大会」を目指すとともに、その答えも探していかなければならないと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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