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「日本の半導体戦略 "経済安全保障"の課題」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大や、アメリカと中国の対立が続く中、国民や企業が必要とする製品や材料を、どう途切れることなく確保するかが、これまで以上に、問われています。
この中で、政府が特に関心をみせているのが、半導体の確保です。
あらゆる産業のあらゆる製品に使われ、デジタル化のカギも握ることから、国の経済安全保障にも直結するとして、新しい戦略が策定されました。
そこで、半導体の新戦略が作られた背景や狙い、そして今後の課題を、経済安全保障の観点から、考えていきたいと思います。

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クルマ、スマートフォンにエアコンと、あらゆる製品に使われる半導体。
日本がすすめようというデジタル化や、脱炭素化も、「半導体なしでは実現できない」といわれています。

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こうした中、政府は、ことしの経済財政指針いわゆる「骨太の方針」で「安全保障の裾野が経済分野に急速に拡大」していることを指摘しました。
「供給網の脆弱性が国民の生命や生活を脅かすリスクもある」として、サプライチェーンの強化をはかる考えを示しています。
また、成長戦略では、経済安全保障を初めて柱の一つとして取り上げ、とりわけ、半導体の国内生産の強化に言及しています。

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その背景に、2つの理由があります。
一つ目は、半導体が今、スマホやパソコンの需要拡大で世界的な不足に陥り、自動車メーカーが減産に追い込まれるなど、すでに「現在進行形」で問題となっているからです。
ここで日本の半導体産業の世界シェアをご紹介しておきますと、30年前には50パーセントもあったのに、今は10パーセント前後と大きく凋落しています。
日米半導体摩擦の影響や、バブル崩壊後の長期不況で、将来に向けた思いきった投資ができなかった結果、かつては国を支えた基幹産業は大きく後退してしまいました。
半導体の重要性は昔よりも増しているのに、今は、調達を海外に大きく頼っているのが現状です。
そして、その海外の調達先を詳しくみると、1位が台湾で、全体の4分の1以上を占めています。
2位が中国。こちらも1割近くとなっています。
台湾海峡の緊張が続くといった、米中対立のはざまで、調達が不安定になる危険をはらんでいるともいえるでしょう。

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2つ目の理由は、グローバル化が最もすすんだ産業の一つである半導体産業が、各国の思惑で、大きな転換点を迎えているからです。
景気の動きに需給が大きく左右される半導体ビジネスは、一つの企業が設計から製造まで一手に引き受けるのではなく、その工程ごとに得意な企業が、得意な分野に特化する「水平分業」が年々、すすんできました。
たとえば、設計や開発はアメリカが、製造装置の生産は日本が、そして半導体そのものの生産は台湾の企業が、とおおまかに分業することで、商品を安く提供するグローバルサプライチェーンができあがっていたわけです。
ところが、ここにきて中国が、日本円にして5兆円もの資金を投じ、自らが半導体大国となって、2025年までに半導体の自給率を一気に高めようと計画。
実際それが実現できるかは、不透明なところもありますが、危機感を感じたアメリカも5兆円あまりを投じ、国内の生産を強化すると発表し、巨額の資金で国内外の企業を呼び込もうとしています。
これに呼応するように、アメリカのインテル・台湾のTSMC、韓国のサムスンがアメリカでの新工場建設を決定、または検討しています。
また、日本の大手電機メーカーのグループ企業も、半導体の技術開発拠点をアメリカに作る計画を発表しています。
こうした動きの中で、日本が強みをもつ半導体の製造装置や素材産業が海外に移転し、国内が空洞化するおそれすら、出ています。

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そしてこうした中でも、台風の目はまたしても、台湾となっています。
というのも、最先端の半導体の製造は、今、半導体の受託生産では世界最大手となる、台湾のTSMCの独壇場、となっているからです。
10ナノメートル未満という、極めて微細な半導体、つまり最先端の半導体を作れるのは、事実上、TSMCしかいない状況になりつつあります。
そして、こういった半導体を手に入れられるかどうかが、デジタル化が加速する中で、国の産業競争力の大きな差となってきます。
このため、TSMCに対し各国が熱い視線を送っていて、とりわけ、米中両国の関心の高さを示すエピソードが最近、話題になっています。
台湾がコロナワクチン不足に悩む中、その調達をTSMCのトップに頼んだところ、アメリカも中国も、争わんばかりに、ワクチンの提供に協力すると伝えてきたというのです。
産業競争力の強化のカギを握る、トップ企業との関係強化に、両国が積極的であることを示しているといえます。

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さて、こうした中、日本も新たに半導体戦略を策定。
「従来とは一線を画する措置を講じ」
「ほかの国に匹敵する支援を行い、生産拠点の国内への誘致をすすめる」
としています。
海外企業を誘致するための大胆な支援や、国内の生産設備の刷新など具体策を実施していく考えです。
特に注目されるのが、台湾TSMCとの関係強化です。
政府の粘り強い交渉もあり、ことし2月には日本での開発拠点の設立が決まりました。さらに、日本の企業とも連携し、本格的な生産拠点を作ることを決めるかが関心を集めています。
経済産業省の幹部は、「日本には、優良な顧客になりうる企業、優秀な半導体製造装置メーカー、半導体の生産に不可欠な素材メーカーがいるといった利点がある。
アメリカのように5兆円は出せないかもしれないが、それに迫るほどのメリットは日本にもあると思う」と話しています。
2年にも及ぶTSMCとの交渉が近く実を結び、国内の生産基盤の強化につながるかが注目されます。

【今後の課題】
ただ、ほかの国にも匹敵するような大規模な支援を行っていくとなると、かなりの財政支援も必要になってきます。
そこで今回の半導体戦略を通じてみえる経済安全保障の課題についても触れてみたいと思います。

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▼第一に、限られた資源の中で、どこに集中して投資をするか。
国民生活を守るのに不可欠なものとは何なのかを具体的に考える必要がありそうです。
経済安全保障を重視するあまり、それが、保護主義的な動きにつながらないか、懸念する声もきかれます。
それだけに、冷静に対象を絞り込んで考える必要があるのではないでしょうか。

▼次にアメリカをはじめ同盟国との連携をどう描いていくか、です。役割分担ができるところは分担し、最低限必要なものについては、死守していくといった、メリハリが重要ではないかと思います。

▼そして最も大事な点は、今回の新戦略が産業政策そのものの転換につながっていくという認識です。
日本の産業政策は、「国内の企業や産業を守り、国の富を増やす」という形から、「規制緩和で競争を促し、民間主導で成長を遂げる」といった形へと、時代にあわせて変遷を遂げてきました。
それに加えて今、「国民が必要なものを必要なときに手に入れられるよう、国はどう責任を果たせばよいか」「その目的の実現には、国内外のどの企業を支援すればかなうのか」といった経済安全保障の視点をまじえた産業政策への転換が始まろうというわけです。
欲しいものが欲しいときに手に入るといった、グローバル化の恩恵を、当たり前のように受けてきた時代が今、変わりつつあります。
国が果たすべき役割が何なのかが、あらためて問われています。

(櫻井 玲子 解説委員)

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