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「繰り返される児童の死傷事故 何が足りないのか」(時論公論)

山形 晶  解説委員

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千葉県八街市で小学生の列に飲酒運転のトラックが突っ込み、児童5人が死傷しました。
通学路で児童が犠牲になる事故や飲酒運転による事故は、過去に何度も起き、対策が行われてきましたが、また繰り返されてしまいました。
対策として何が足りないのか、さらにできることはないのか、考えます。

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事故が起きたのは6月28日。
千葉県八街市で道路の端を歩いていた下校途中の児童の列にトラックが突っ込みました。
逮捕された梅澤洋容疑者は、資材を運び、勤務先に戻る直前で事故を起こしました。
呼気からは基準を超えるアルコールが検出され、これまでの調べに対して「事故の前にコンビニで酒を買った。車の中で飲んだ」などと供述しているということです。

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トラックが急に突っ込んできたら、歩行者が避けるのは困難です。
これまで「車優先」で道路が整備されてきた影響なのか、日本は、ほかの先進国に比べ、歩行中に死亡する人の割合が大きくなっています。
交通事故で30日以内に死亡した人たちのうち、「歩行中」だった人の割合は、35.6%です。
さらに、歩行中に死傷した人の数を、年齢別に10万人あたりで見ると、小学校低学年にあたる6歳から9歳が多く、特に7歳は116.7人で、最も多くなっています。
交通事故の死者数は年々減少していますが、子どもたちを含む歩行者の安全をどう守るのかは、依然として大きな課題です。
まずは、通学路の安全をどう確保するかを考えます。

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児童の列に車が突っ込む事故は過去に何度も起きています。
2012年には京都府亀岡市で集団登校中の小学生の列に車が突っ込み、3人が死亡、7人が重軽傷を負う事故が起きました。
こうした事故を受けて、全国の通学路で緊急の安全点検が行われました。
その結果、7万4483か所が「対策が必要」とされ、去年3月末までに98%で、例えば信号機やガードレールの設置といった対策が完了しました。
しかし、八街市では、見通しが悪く交通量も多い別の場所が優先され、今回の事故現場は対策が必要とされませんでした。
今回の事故によって、本当の意味で対策が完了したわけではないこと、まだ足りないことが浮き彫りになりました。
国は改めて通学路の安全点検を行い、今回のような見通しのよい道路も含め、幅広く確認することを決めました。
地域の声をよく聞くことが今後の対策のポイントになると思います。
ただ、歩道やガードレールの設置といった大がかりな対策には、スペースが必要です。
通学路の中には、道幅が狭く、スペースがないところも少なくありません。
確保するには用地買収が必要で、長い期間と、数百メートル程度でも億単位の費用がかかります。
すべての場所で、大がかりな対策を行うのは難しいかもしれません。
通学路の見直しといったソフト面の対策も含めて考えるべきでしょう。
いずれにしても、通学路の安全確保については、行政としての優先順位を少しでも上げ、できることから進めてもらいたいと思います。

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一方、速度の規制を中心に効率的に生活道路の安全を確保しようとする取り組みもあります。
歩行者が多く道幅の狭い住宅地などを中心に、一定のエリアの中を時速30キロまでに規制するという取り組みです。「ゾーン30」と呼ばれています。
車の速度が時速30キロを超えると歩行者の致死率が急激に上がることから考えられました。
警察と自治体などが連携して、地域の要望を踏まえながらゾーンを設定しています。
ゾーンの入口と出口には速度が30キロに規制されるという標識や表示を設置し、場所によっては、路面に「ハンプ」と呼ばれる、かまぼこのような形に盛り上がった段差を設置し、スピードを出して通過すると車が振動するようにしています。
速度規制と、比較的費用のかからない物理的な対策を組み合わせる形です。
2011年から始まり、ことし3月末までに4031か所で設定されました。
設定する前の年と比較すると、事故件数が2割ほど減ったというデータもあります。
警察は、今回の事故を踏まえて、この取り組みに力を入れることにしています。
ただ、課題もあります。
例えば、運転者にとっては不便になること、「ハンプ」を設けた場合は、車が通過する時に騒音が起きる可能性があることです。
また、田んぼや畑の中に住宅が点在するような郊外では、ゾーンを設定しにくいという課題もあります。
警察庁によりますと、こうした場所ではゾーンではなく、例えば「この路線のここからここまで」という形で、道路ごとに、速度規制や「ハンプ」の設置を行うといった取り組みも始めています。
課題もありますが、安全確保という大きな目標ためには、私たちが少しずつ不便さや負担を分かち合うことも考えていかなければならないと思います。

最後に、やはり考えなければならないのは、飲酒運転の問題です。
誰であれ、どんな状況であれ、飲酒の影響がある状態で車を運転することは、絶対に許されません。
これまでに何度も痛ましい事故が起きてきました。
22年前、東名高速道路で乗用車が飲酒運転のトラックに追突され、幼い2人の姉妹が亡くなった事故をきっかけに、2001年に危険運転致死傷罪が設けられるなど、飲酒運転の厳罰化が進みました。
今では、飲酒運転で危険運転致死の罪に問われた場合、懲役10年前後の刑が言い渡されるようになっています。

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これに伴って、2000年には1276件だった飲酒運転による死亡事故の件数は去年は159件と大きく減少しました。
しかし、最近は200件前後の状態が続き、下げ止まりつつあるように見えます。
仮に、厳罰化という間接的な対策に限界があるのだとすれば、直接的な対策で、さらにできることはないのか、考えなければなりません。
そこで考えたいのは、大型車を使用する事業者への対策です。
仕事として人や物を運ぶ運送業者の車、事業用の緑ナンバーの車については、具体的な対策が取られるようになってきました。
2011年から、運転前と運転後に会社が行う点呼の際、アルコール検知器を使うことが義務づけられたのです。
一方で、その他の事業者が自家用として使っている車、例えば自分の会社の商品を運ぶための車は、個人用と同じ白ナンバーで、こうした強い規制の対象外です。
白ナンバーの業者も、5台以上の車を使用している場合などは「安全運転管理者」を置き、点呼の際に飲酒の影響の有無を確認することになっていますが、アルコール検知器の使用は義務づけられていません。
そして、運転が終わった後の確認も義務ではありません。
白ナンバーのトラックは緑ナンバーより台数が多く、強い規制を導入すれば、多くの業者にとって負担になります。
ただ、今回、事故を起こしたトラックは、白ナンバーでした。
まだやれることは残っています。
どの程度の規模の事業者を対象に、どのような規制をすれば今回のような事故を防げるのか、制度の改正も含めて検討してほしいと思います。

交通事故をさらに減らすには、さまざまな形で社会的なコストがかかります。
しかし、痛ましい事故が繰り返されるのを防ぐには、そのコストを受け入れる必要があります。
そして、やはり重要なのは、私たちの意識です。
ハンドルを握る責任の重さを、私たちが改めて自覚しなければならないと思います。

(山形 晶 解説委員)

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