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「西日本豪雨3年 復旧阻む『所有者不明土地』」(時論公論)

清永 聡  解説委員

●今は梅雨前線の活動が特に活発になる「梅雨末期」とも呼ばれる時期で、各地で大雨が続いています。静岡県熱海市(あたみし)では土石流が発生し、大きな被害が出ています。
西日本豪雨から3年になりました。被災地は今なお復旧工事が続き、中には土地の所有者がすぐには分からず、なかなか工事を始められない場所も出ています。
●今回は、所有者不明土地という側面から見た西日本豪雨3年の復旧の現状を、松山放送局からお伝えします。

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〇今月3日、静岡県熱海市(あたみし)で発生した土石流は、土砂災害の恐ろしさを改めて示しました。
〇今週も前線の影響などで、各地で強い雨の降りやすい状態が続いています。この後も油断せず、どうか早めの防災行動を心がけてください。

【アナバス→6月AS】
●さて、3年前の西日本豪雨では、中四国の4県で280人あまりが犠牲になり、土砂災害は全国で2500か所を超えました。今、現場はどうなっているのでしょう。
●先月、被災地の1つ、愛媛県宇和島市吉田町(よしだちょう)を上空から撮影しました。
●崩れた斜面がコンクリートで修復され、工事を終えた場所もあります。ただ、一方で、今も山間部では崩れた山肌がむき出しの場所がいくつもみられます。
●愛媛県の復旧事業は道路が95%、護岸など河川施設は91%で完了した一方、農地は56%、山の斜面が崩れて砂防ダムを作る災害関連の緊急砂防事業などは61%。復旧には大きな差があり、特に山間部では道半ばです。

●上空の映像に映っていた宇和島市吉田町の立間地区(たちま)を訪ねました。ここも斜面が大きく崩れています。砂防ダムは今も工事中で、ガードレールも流されたままです。
●近くに暮らす谷本伊佐雄(たにもと・いさお)さん(86歳)です。豪雨で自宅が流され、去年夏まで避難生活を送っていました。去年、ようやく自宅に戻りましたが、まだ砂防ダムの工事は完成していません。谷本さんは「このままだと、また災害が起きるのではないか不安だ」と話していました。

【所有者不明土地の問題】

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●なぜ、復旧工事に時間がかかっているのでしょう。いくつも理由はありますが、被災地を今悩ませているのが、「所有者不明土地」の問題です。
●どこのどのくらいの土地があり、誰が所有者かは「登記簿」に書かれ全国の法務局に保管されます。しかし必要ないからと相続登記を行わず、親や祖父母の名義のまま放置してしまう。そのまま引っ越し、3代4代と世代が変われば、所有者を探すのは難しくなります。
●国の調査ではこうした土地は全国の22%に上り、災害後の復旧作業で大きな妨げの1つになっています。

【基幹産業にも影響が】
●復旧の遅れは、様々な影響を及ぼしています。愛媛県ではことし3月、ある統計が県民に大きな衝撃を与えました。全国1位を誇っていた愛媛のミカンなどかんきつの収穫量が、和歌山に抜かれて2位になったのです。
●40年以上守ってきたトップから陥落した原因は、西日本豪雨による農地の被害でした。復旧を急ぐことは、愛媛の主要産業のためにも欠かせません。

【行政の苦悩】
●では被災地の行政の取り組みはどうなっているのでしょう。

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●土砂崩れなどの工事をする場合、まずは調査をして土地の境界を確定し、地図の作成などが必要になることがあります。その際には、土地の所有者に立ち会ってもらうことが必要です。しかし私有地でも山の中だとそもそも人がいません。立ち会ってくれる所有者を見つけることが、まず一苦労です。

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●さらに、工事は基本的に所有者「全員」の同意が必要です。しかし、相続登記が行われていない場合、法律上は子供や孫などが全員権利を持ち、共有者はネズミ算式に増えて、多い時には数十人に上ります。

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●担当者は1人ずつ探して電話をしたり、手紙を書いたりして持ち主に同意を求めています。しかし連絡が取れない人がいるほか、離れた都市部に暮らす人の中には、土地の権利を引き継いでいることを知らないケースも珍しくありません。問い合わせに「詐欺ではないか」と疑われることもあるそうです。

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●愛媛県宇和島市では、県や市それに国や専門家も参加してプロジェクトチームを作り、連携して境界の確定や所有者の特定を急いでいます。
●また、所有者が不明でも「収用手続き」や裁判所が「財産管理人」を選ぶ仕組みもあります。ただ時間や費用がかかるため、災害復旧のように急ぐ工事や土地の価格が低い山林では、使いにくいという声もあります。
●先ほど映像で見た立間地区の緊急砂防事業は、19か所の計画に対し、工事に着手したのはまだ2か所です。そのほかの多くは今も所有者の特定や境界確定などの調査に時間を費やし、完成は3年たつ今もゼロとなっています。

【国も対策に乗り出すが】

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●では、国の対策は、どうでしょう。
●政府も所有者不明土地の問題には今、力を入れています。一昨年からは登記簿を管理する法務局が自ら調査を始めました。
●ところが、法務省によると、調査件数が15600件に対し、登記が行われたのはわずか16パーセント。国が調査しても所有者の特定がいかに難しいかが分かります。
●さらに、こんなケースもあります。実際に法務局が愛媛県で調査した事例です。登記簿の所有者の欄に大字の地名しかなく、所有者は空欄です。どういうことか。私は住所をたどって実際にこの場所を探してきました。
●すると、1か所はため池。もう1か所は古い墓地でした。このままでは工事に取り掛かることは不可能です。
●国はことし法律を改正し、相続登記の義務化に加え、不要な土地を国が引き取る制度も新たに設けました。しかし国に負担金を支払わなければならず、効果には疑問の声もあります。また将来の所有者不明土地は減らせても、すでに発生した問題をこれですべて解決するのは、難しいのではないでしょうか。

【災害対策に抜本的な仕組みを】

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●被災地を取材していて心配なことがあります。
●もし、復旧工事が進まないまま再び大雨になり、さらに広い範囲で土砂崩れが起きてしまうとどうなるでしょうか。所有者の特定はさらに難航し、工事がますます難しくなります。最後は「所有者不明土地」が「復旧困難土地」になってしまうのではないか。これでは地域が荒廃し、住み続けることも難しくなります。
●所有者不明とはいえ、個人の所有物に強硬な手段を用いることには、慎重さも求められます。ただ、災害復旧に限定して、所有者が一部不明でも速やかに事業を始められるようにするなど、さらなる対策を考える時期にきているのではないでしょうか。

【ふるさとの荒廃どう防ぐ】
●この問題は、西日本豪雨に限らず、多くの災害に共通します。また、過疎化の中、ふるさとの荒廃をどうやって防ぐかという課題でもあります。3年を迎えた被災地を回っていると、この問題は、地域を守るという視点で、取り組んでほしい。そう、切実に感じました。

(清永 聡 解説委員)

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