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「変わる水害対策~流域治水をどう進める」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

豪雨災害が激しくなる中で国は水害対策を大きく転換し、流域全体であらゆる手立てを組み合わせてリスクを下げる「流域治水」を打ち出しました。関連する法律がまとめて改正され、新たな対策がこれから動き始めます。対策はどう変わって、何が課題になるのかを考えます。

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【インデックス】
解説のポイントは
▼流域治水とは
▼新たな対策のポイント
▼“協働”をどう進めるのか

【流域治水とは】

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おととしの台風19号=東日本台風や去年の熊本豪雨など記録的な豪雨災害が毎年起きています。さらに今後、気候変動によって、気温上昇を国際的な目標に抑えることができたとしても洪水は2倍に増えるとされています。堤防やダムなどで洪水を抑え込もうとするこれまで水害対策には限界があることから、国は去年、考え方を大きく転換し「流域治水」を掲げました。

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「流域治水」というのは、水があふれることを前提にして、水を貯められる場所をたくさん確保したり、危険な場所に住まないようにしたり、あらゆる対策を組み合わせて被害を小さくしようという考え方です。国はこれを進めるため4月に関連する9つの法律を改正し、これから秋にかけて施行になり、対策が本格的に動き始めます。

【法改正のポイント】
どんな取り組みが行われるのでしょうか。
対策は多岐にわたりますが大きく3つの狙いがあります。

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まずできるだけ水を貯めることです。
▼補助金を出して施設の所有者に地下やグラウンドなどに貯水施設を作ってもらい、貯める場所を増やします。
▼また川沿いの土地を「貯留機能保全区域」に指定して開発を制限したり、都市部の緑地保全を強化したりして、貯める場所を減らさないようにします。

こうした取り組みはひとつひとつは小さいように見えますが、まとまれば大きな効果を期待できます。

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神奈川県などを流れる鶴見川では早くから流域治水の考え方を取り入れて規模の大きい遊水地に加えて小規模な調整池を4900カ所整備してきました。各地で川が氾濫したおととしの東日本台風のとき、国土交通省の計算で、これらの施設の効果で水位を70センチ下げ、氾濫は起きませんでした。

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ふたつめの狙いは危険な場所にできるだけ住まないようにすることです。
▼浸水被害を繰り返し受けているような特に危険な場所を「浸水被害防止区域」いわゆるレッドゾーンに指定します。住宅などの新築が許可制になり、部屋を想定される浸水面より高くしないと建てられなくなります。
▼そのうえで安全な場所への集団移転もしやすくします。

三つめは避難対策です。大都市部のいわゆるゼロメートル地帯など広い範囲が水没する恐れのある地域では、命だけは守ることができる避難場所の確保が急務になっています。

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▼そこでビルなどの所有者が住民が逃げ込めるように避難スペースや避難路を設ける場合に費用を補助したり、税金面で優遇します。
すでにマンションやショッピングセンターなどが住民や自治体の要請を受けて、緊急時に避難者を受け入れる協定を結ぶ動きも出ていて、それを加速して受け入れ先を増やすため重要な対策だと言えます。

【“協働”をどう進めるのか】
打ち出された対策は住民や企業などの協力が不可欠なものばかりです。法改正にあたって国も「あらゆる関係者が『協働』して取り組む」必要性を強調しています。ただ考え方に多くの人の賛同が得られても実際に協力してもらうのは簡単なことではありません。

法改正に先立って全国の河川で流域治水の考え方に基づく整備事業がスタートしていますが、この問題に直面している現場があります。

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栃木県那須烏山市の下境地区です。560人が暮らす那珂川沿いの農業地域ですが、しっかりとした堤防がないため2年前の東日本台風で大きな浸水被害を受けました。
これを受け堤防の建設が計画されていて、国は「霞堤」という整備方法を提案しています。今週の日曜日、住民説明会が開かれ具体的な計画が初めて示されました。

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まず霞堤とはどのようなものでしょうか。
一般的な堤防は川岸全部に連続して作りますが、霞堤は一部あえて作らないところを残します。洪水のときにはそこから原野や農地などに水を流れ込ませます。一時的に貯えることで下流の負担が減り、流域全体のバランスをとって大きな氾濫を起こりにくくするのです。
戦国時代からある伝統的な手法で以前は全国に数多くありましたが、流域の開発に伴って次々に廃止され、結果的に下流の負担を増してきました。近年、雨の降り方が激しくなる中で、流域治水の考えに沿った合理的な治水対策としてあらためて評価され注目されています。

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下境地区で提案された霞堤は、地区を囲むように高さ6メートルの堤防を建設し、下流側の一部だけあけておいて水を貯留する機能は維持するというものです。
東日本台風のときは上流側と下流側の2カ所から水が入りましたが、特に上流側からの激しい流れ込みで大きな被害が出ました。国は同じ洪水が起きた場合、上流側からの氾濫は堤防で食い止め、下流側から浸水はするものの勢いは大幅に弱くなり、住宅地域の浸水面積を2割減らすことができると説明しました。

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これに対して住民からは流域治水の考え方に理解を示す声があがる一方で「全体に堤防を作ってほしい」とか「下流の負担を減らすために浸水を引き受けるのは納得できない」など反発の声もあがりました。

この地区では集団移転も提案され被災世帯の7割が移転を希望していて、霞堤の整備とあわせて話し合いを続けることになっています。

【流域治水を進めるために】
流域治水を進めるための対策の中には個人の権利を制限したり、個人の土地や建物により公益性を求めたりするものが含まれ、大きな転換で実現のハードルは決して低くありません。何が求められるのでしょうか。

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▼住民や企業などの協力を得るためにはメリットと必要性について納得してらう必要があります。国は丁寧な説明を尽くしてもらいたいと思います。取り組みによってどれだけの減災効果が得られるのか、目標や工程表を示すことも重要です。

▼法改正で手段は増えましたが協力してもらうための支援やサポートが十分なのか、さらに検討が必要でしょう。例えば建築を規制された場所でのかさ上げの支援や浸水を引き受けた場合の復旧支援などが考えられます。

▼自治体の役割も重要です。危険地域の指定は土砂災害でも行われていますが都道府県によって大きな差がありました。地元との丁寧な話し合いは欠かせませんが、防災に取り組む姿勢が問われることになります。

【まとめ】
東日本台風では川の堤防が140カ所で決壊しました。去年の熊本豪雨では決壊が少なかったのですが、それは水位が急激にあがって堤防が決壊する間もなく水没したからでした。気象現象の激化で、ひとつの川の流域のどこかからあふれることは避けられず、対策は上流と下流のきわめて微妙なバランスを求められます。被害を最小限にするためにどう備えるべきなのか、地域や家庭でも話しあう機会をもってもらいたいと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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