NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「新型コロナウイルス 国産ワクチン開発・生産体制の構築を急げ」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

新型コロナウイルスの対策として、ワクチン接種をどう進めていくかに注目が集まっています。しかし、いまは国産ワクチンの開発を考える上でも、重要な時期にあると思います。新たな感染症に備えて、今すぐに進めなければならないことが少なくありません。
新型コロナワクチンの開発が遅れている日本の現状を見ながら、国産ワクチンの開発・生産体制を作るために何が必要なのか考えます。

j210630_1.jpg

まず、新型コロナウイルスの国産ワクチンの開発の現状を見てみます。

j210630_2.jpg

上の表は、開発中の主な4つについて、共同開発している製薬会社や研究機関、ベンチャーなどを示したものです。新型コロナのワクチンも、インフルエンザ・ワクチンのように、今後、毎年、接種するようになるかもしれません。そうしたことに備えて、国産ワクチンの開発が必要と考えられています。

j210630_4.jpg

いずれも、人に接種する臨床試験に入っていますが、対象の人数が数百人といった小規模の段階です。小規模臨床試験は、2020年6月、1つのワクチンについて始まりましたが、他は、2020年12月からが1つ、2つは2021年3月からです。数万人を対象にした安全性や有効性をみる大規模な臨床試験には入っていません。
図の下は、日本で接種に使われている、ファイザーとモデルナのワクチンのこれまでの経過です。2020年3月から4月に小規模の臨床試験を行い、7月に大規模臨床試験、そして、申請からわずか3週間後に、特別に使用を認める「緊急使用許可」が出され、接種が始まりました。

なぜこんなに、開発スピードが違うのか。

j210630_02_10.jpg

スタートから大きな差がありました。ワクチンの研究・開発は、今では欧米が中心です。日本では、長い間、ワクチンを一から開発することは行われてきませんでした。このため、新型コロナのワクチン開発を海外のようなスピードで立ち上げることができなかったと指摘されています。
アメリカでは、短期間でワクチンを開発できる新しいワクチン「メッセンジャーRNAワクチン」の研究が進められていたことで、異例の速さで臨床試験に入りました。
さらに、安全保障上、ワクチン開発が重要視されていました。そのきっかけの一つが、2001年、同時多発テロの直後に起きた「炭そ菌事件」です。病原菌の入った郵便物が送り付けられて、5人が死亡しました。こうしたことを背景に、新しい感染症対策の研究開発に、国が大きく支援してきました。

アメリカは、新型コロナウイルスが見つかった後、「ワープスピード作戦」と称して、早期のワクチン開発などに日本円にして、およそ1兆円の支援をしています。新型コロナ後の支援も目立ちますが、事前の準備の段階から日本は大きく遅れていたのです。

j210630_5.jpg

いま日本のワクチン開発は、大規模臨床試験に進めず、その手前で足踏みを余儀なくされています。
どういうことなのでしょうか。ここで、大規模臨床試験をファイザーの例で見てみます。

j210630_6.jpg

およそ2万2000人にワクチンを接種し、ほぼ同じ数の人にワクチンの入っていない液体を接種しました。この2つを比べて、副反応の差はどの程度か、新型コロナを発症した人がどれくらい少なくなるかをみることで、安全性と有効性を評価しています。
しかし、いま、大規模臨床試験を行うことは難しくなっています。

j210630_03_4.jpg

臨床試験に参加した人は、自分がどちらを接種したのか知りません。いま、大規模臨床試験を行うと、効果があるワクチンがあるのに、こちらの何の効果もない注射を打った人は、数か月あるいは半年といった間、健康状態の観察が行われる、つまり一定期間、感染のリスクにさらされることになり、道義的問題があるとされているのです。

大規模臨床試験が難しいとなると、どうすればいいのでしょうか。

j210630_7.jpg

国際的な薬事規制当局が検討しているのは、一方に開発中の国産ワクチン、もう一方にファイザー、あるいはモデルナといった、すでに使われているワクチンを接種する方法です。両者で副反応、あるいは接種した後に体の中に免疫ができていることを示す「抗体」の量などを比較して、安全性と有効性を調べようというものです。
政府は、こうした方法で足踏みしている臨床試験を次のステップに進められないか、検討しています。
しかし、いくつか課題もあります。一つあげると、双方にワクチンを接種して比較するという臨床試験としては異例の方法で得られたデータで安全性を適切に評価できるかという点です。
特に、日本では過去に何度かワクチンの副反応が問題になったことがあるだけに、ワクチンの安全性を、説得力あるデータで、なおかつ、一般の人にもわかりやすく示すことが必要になると思います。

国産ワクチン開発を進めること、その目的は、新型コロナのワクチンを作るということに留まりません。

j210630_8.jpg

このあと、何年後か何十年後かわかりませんが、再び世界中に新たな感染症が広がるパンデミックが起こります。次のパンデミックに間に合わせるためにもワクチンの開発・生産体制を作って備えることを、今やらなければならないのです。

2009年、新型インフルエンザのパンデミックがありました。そのときの教訓として、日本の専門家は「国家の安全保障の観点から、ワクチン開発の推進や生産体制の強化」を提言していました。しかし、この提言は「十分生かされなかった」と言わざるをえません。

j210630_9.jpg

ひとつ、日本は苦い経験をしています。
コロナウイルスをターゲットにしたメッセンジャーRNAワクチンは、2016年から日本でも研究が進められていました。前年=2015年、韓国でコロナウイルスによる感染症「MERS」が広がったのを契機に始められたものです。しかし、MERSの感染拡大が収まったことなどから、2年後、研究費が抑えられ、研究は、凍結してしまったということです。
この研究が継続されていれば、国産のメッセンジャーRNAワクチンの開発が、早期に実現できたかもしれません。専門家の提言を考えれば、そうできなかったことを「結果論だ」と言って片付けることはできません。
再び同じことを繰り返さないために、ワクチン開発の重要性を、今度こそ、しっかりと認識しなければなりません。

そのために、何が求められるのでしょうか。

j210630_10.jpg

一つは、国をあげた支援です。ワクチンの開発は、失敗するリスクもあります。今回も、海外では、新型コロナワクチンの開発を断念したケースがありました。そうしたリスクをワクチンメーカーだけが負うのでは開発は進みません。国もリスクを負うことが必要になります。
ただ、国が支援するからには、そのワクチン研究が有力なものかチェックすることが必要ですし、研究成果について、多くの人が納得できるよう一定の透明性をもたせることも大切です。
そうしたことを通じて、国産ワクチンの必要性や予算を投入することについて、国民の理解が得られるようにすることが重要です。
そして、もう一つ。「重要な研究を凍結させる」ということを起さないために、カギとなるのが、司令塔の存在だと思います。科学的重要性を長期的な視点に立って、しっかり評価できる人材が求められます。こうした体制を作って、時間的余裕のない国産ワクチン開発を加速させなければなりません。

j210630_11.jpg

日本では長くワクチン開発が行われてこなかったことから、体制づくりは容易ではないと思います。国、製薬会社、研究者がワクチン開発の必要性を認識し、今度こそ、国産ワクチンの開発・生産体制を構築しなければなりません。

(中村 幸司 解説委員)

キーワード

関連記事