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「台湾海峡の安定は保てるのか 議論本格化へ」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

台湾海峡では、連日のように、中国の戦闘機が台湾の防空識別圏に入るなど、緊張が続いています。こうした中、4月の日米首脳会談や、今月(6月)のG7=主要7か国首脳会議では台湾海峡の平和と安定が強調されました。今後、アメリカは、中国を抑止するため、新たな戦略を実行に移すとみられ、日本も役割を問われることになりそうです。台湾海峡をめぐって、今後、どのような動きが予想されるのか、考えてみたいと思います。

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(中国は、なぜ強い措置に出ないのか)

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今月、イギリスで開かれた、G7サミットで採択された首脳宣言には、4月の日米首脳会談と同じく、「台湾海峡の平和及び安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的な解決を促す」という文言が盛り込まれました。日本政府関係者は、このフレーズが国際社会のスタンダードとして受け入れられたとしています。日米首脳会談前には、中国がどのような反応を示すのか、世界の関心が集まりました。
これまでのところ、中国は、日本に直接、圧力をかけるなど、強い措置には出ておらず、このことがG7サミットで台湾に言及する後押しになったとみられます。
なぜ、中国の反応は、比較的穏便なものにとどまっているのでしょうか。
外務省幹部や与党議員は、大きく2つの見方を示しています。

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1つは、米中対立が激しくなり、コロナ対策や人権問題でヨーロッパ諸国との関係も冷え込む中、日本との関係も決定的に悪化させると、中国国内で、習近平国家主席の外交が行き詰まっていると批判を招きかねないことから、日本の今後の出方を見極めようとしているという見方です。
2つ目は、「平和的な解決を促す」という文言を加えたことが、歴史的な経緯に基づいて、これまで中国側も受け入れてきた日本の立場に変わりはないというメッセージになったという見方です。

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1972年、日中国交正常化交渉の中で、中国側は、「台湾は中国の領土の不可分の一部であること」、つまり、中台の対立は国内問題であり、たとえ中国が武力を使ったとしても、他国の介入は認められないという立場を認めるよう求めました。
これに対し、日本側は、そうした中国の立場を全面的には受け入れず、「十分理解し、尊重する」という立場にとどめ、その上で、「日本は、中国に台湾を返還することを受け入れる立場にあることを認める」と解釈される文言を、日中共同声明に盛り込みました。
ただ、当時の高島条約局長は、交渉の席で、「米中間の軍事的対決は避けられなくてはならないというのがすべての日本国民の念願である以上、台湾問題はあくまで平和裏に解決されなければならない」と述べ、日本政府の基本的立場を明確に伝えています。

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4月の日米首脳会談で、菅総理大臣は、歴史的な経緯に基づく文言を加えることで、平和的解決を受け入れる立場に変わりはないものの、武力の行使は絶対に認められないというメッセージを送ろうとし、中国もこれまでの日本の立場と整合性があることから、厳しく批判できなかったのではないかという見方が政府内や自民党内から出ています。

(中国が武力によって問題解決を図ることはあるのか)

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では、中国が武力によって台湾問題の解決を図ろうとすることはあるのでしょうか。
習主席は、2019年1月、みずからの包括的な台湾政策を示しました。その中で習主席は、平和統一が基本だとしながら、「武力行使を放棄することはしない」と述べました。
習主席が、こうした考え方を示し、中国軍も急速に軍備を拡張させていますが、ただちに台湾に武力侵攻できる能力をもっているかについては、慎重な見方が大勢です。

実際の軍備をみていきます。中国軍は、アメリカ軍などの介入を防ぐことを最優先課題としており、特に強化しているのは、ミサイルによる精密攻撃で作戦領域内に入らせない能力です。
中国は、台湾や在日アメリカ軍基地を射程に収める地上発射型の短距離や中距離の弾道ミサイルを750発以上保有しているとされていますが、アメリカ軍は、ロシアとのINF条約があったため、1発も保有していません。中国軍は、在日アメリカ軍基地を模した実物大の標的を西部の砂漠地帯に作り、ミサイルの発射実験を行ったということです。

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台湾統一をめぐり、アメリカ国防総省は、中国は、航空・海上封鎖から上陸侵攻にいたる複数のオプションを個別または組み合わせて実行するだろうと予測しています。
上陸侵攻をめぐり、中国軍は、ことし4月、兵員や物資を、港湾施設を使うことなく陸に運び上げる、「強襲揚陸艦」を初めて就役させました。
ただ、こうした動きは始まったばかりとみられています。アメリカは、中国軍に、戦車を揚陸する艦船を急速に増強するなどの動きは、まだ見られないとしています。制服組トップのミリー統合参謀本部議長は、今月、「中国軍が必要な能力を持つまでの道のりは長く、台湾侵攻が、ここ1,2年で起きる可能性は低い。ただ、6年後、8年後以降は分からない」と述べています。
こうしたことから、日本政府内でも、中国は、当面は、将来の統一に向けて、軍備の充実を図りつつ、台湾への圧力を強めることになるという見方が出ています。

(日米の今後の対応は)

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こうした中国の動きに日米はどう対応しようとしているのでしょうか。
アメリカのバイデン政権は、来年にかけて、安全保障上の対中国戦略を具体化させることにしていますが、その一部は、2022会計年度の国防予算の要求にすでに反映されています。要求項目に、太平洋地域の抑止力強化のための基金に51億ドル、およそ5600億円を盛り込み、その大部分を、射程が500キロを超える、地上発射型のミサイルなどにあてるとしているのです。
アメリカ軍が懸念しているのは、中国が、アメリカの持たないミサイルを大量に保有していることです。仮に中国に第一撃を許せば、アメリカは東アジアの基地機能の多くを失い、制空権や制海権を失うおそれがあります。
こうした状況は、アメリカ軍の態勢が整う前に攻撃した方が得策という考えを中国軍の中に生じさせ、かえって攻撃を誘発する危険性が指摘されています。
アメリカ軍は、今後、開発したミサイルを、日本列島から沖縄、フィリピンに至る「第一列島線」と呼ばれるラインに配備し、ミサイル戦力の格差を埋めようとするものとみられます。さらにアメリカ軍は、大規模な基地に戦力を集中させることはミサイル攻撃に脆弱だとして、部隊を小さく分けて、多くの地域に分散して運用する方向性を打ち出しています。

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日本は、年内に、日米の外務・防衛の閣僚協議、2プラス2を開いて、対応を協議することにしています。この中では、台湾海峡の安定をめぐる防衛協力や、アメリカのミサイル構成や運用方針、部隊の分散運用などが、テーマになる可能性があります。
アメリカが重視するミサイルの配備先には、グアムなどと並んで、日本も候補地にあがるとみられています。ミサイルの配備は、中国軍の標的になるという見方や、かえって地域の軍拡につながるという懸念があることから、秋以降の議論は難航も予想されます。

(まとめ)
米中間の覇権争いが激しさを増す中、台湾は紛争の発火点になるおそれをはらみつづけることになります。台湾海峡の不安定化は、日本の安全保障に直結するとみられていますが、国民の認識は深まっているとはいえません。政府は、地域の安定に向けて、対話と抑止をどう具体化させようとしているのか。国民に明確な方向性を示すことが求められています。

(梶原 崇幹 解説委員)

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