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イランに強硬派大統領 核合意の行方は

出川 展恒  解説委員

■中東のイランでは、「核合意」を実現させた穏健派のロウハニ大統領の任期満了にともない、18日、大統領選挙が行われ、反米・保守強硬派のライシ師が当選しました。ライシ師は、ロウハニ政権の国際協調路線を大幅に見直し、とくに、アメリカに対しては、厳しい態度で臨むことが予想され、立て直しに向けた間接協議が続く「イラン核合意」への影響が注目されます。

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解説のポイントは、▼ライシ師が圧倒的大差で当選した背景。▼次期大統領ライシ師の人物像と外交方針。そして、▼核合意は存続できるのか。以上3点です。

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■イスラム教シーア派の宗教国家イランの大統領は、4年ごとに、国民の直接選挙で選ばれます。行政府の長として政権を運営しますが、最も重要な事柄、たとえば、核開発計画や、革命以来対立するアメリカとの関係をどうするかなどは、位の高いイスラム法学者で、この国のすべての権限を握る「最高指導者」の判断に従うことになっています。最高指導者は終身制で、ハメネイ師が32年間、その地位にあります。

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大統領選挙は、18日、投票が行われ、イスラム法学者で、司法府代表のエブラヒム・ライシ師が、得票率およそ62%、2位以下を大きく引き離して、当選しました。
ライシ師の圧倒的勝利は、「筋書き通り」でした。背景には、最高指導者の意向が強く反映される「護憲評議会」による事前の資格審査があります。今回600人近くが立候補を申請しましたが、7人だけが候補として認められました。

イスラム体制内での自由の拡大を求める「改革派」や、国際協調を重視する「穏健派」の有力政治家に加えて、ライシ師と同じ「保守強硬派」であっても、ライバルとなりそうな政治家は、すべてふるい落とされました。たとえば、前の大統領のアフマディネジャド氏は、失格となりました。さらに、投票日の直前、3人が立候補を取り下げました。過去の大統領選挙で起きた「番狂わせ」が絶対に起きないよう、周到に準備されていたと言えます。

投票率はおよそ49%で、史上最低でした。結果のわかり切った「出来レース」で有権者の関心が失われたためです。最高指導者ハメネイ師が、投票日の直前、国民に向けて、必ず投票するよう訴えたにもかかわらず、50%を割り、しかも、白票を含む無効票が13%もあったことは、体制そのものへの国民の支持が低下したことを裏づけています。

もちろん、ロウハニ政権の国際協調路線に対する、国民の失望感が大きかったことも重要です。6年前、ロウハニ政権が主要国との間で「核合意」を結んだ時、国民の多くが、経済や生活が良くなるだろうと期待を膨らませました。しかし、その後、アメリカのトランプ前政権が、核合意から一方的に離脱し、強力な制裁をかけてきたことで、経済は大きく落ち込み、人々は厳しい生活を強いられています。アメリカへの不信感の高まりが、ライシ師圧勝につながりました。

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■次期大統領のライシ師、どんな人物でしょうか。イスラム法学者で60歳。黒いターバンは、預言者ムハンマドの血筋であることを示す印です。イスラム革命の原則を固く守り、反米の立場をとる「保守強硬派」に属し、欧米との対話を進めた「穏健派」のロウハニ大統領とは対照的です。長年、司法畑を歩み、現在は司法府の代表です。1980年代に、数千人の政治犯の処刑に関わったとされます。トランプ前政権は、人権弾圧を理由に、ライシ師を制裁対象に指定しています。

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最高指導者のハメネイ師は、ライシ師に深い信頼を寄せ、2年前、司法府の代表に任命したほか、将来、自らの有力な後継者候補と見ているようです。前回の大統領選挙で落選したライシ師を、今回、何としても勝たせなければならないと考え、資格審査などで後押ししたのではないか。多くの専門家はこのように見ています。

■ライシ師が大統領に就任し、新政権が発足するのは、8月です。イランの外交、とくに「核合意」への対応は、どう変わるでしょうか。外交の経験がないライシ師は、アメリカへの不信感が強いハメネイ師の意向に忠実に従うことが予想されます。アメリカとの対話や交渉は、これまで以上に難しくなるでしょう。

ライシ師は、21日、当選後初めての記者会見に臨みました。「アメリカは、直ちに核合意に復帰し、すべての制裁を解除しなければならない」と述べ、トランプ前政権が発動した制裁の全面的な解除を求めました。イランの国益にプラスとなる限り、核合意を支持するものの、その内容に手を加えることは、拒否する姿勢を示しました。また、バイデン大統領と直接会談することはないと言明しました。さらに、「イランの外交は、核合意に限られるものではない」と述べて、近隣諸国、とくに、国交断絶が続くサウジアラビアとの関係改善を目指す考えを明らかにしました。

■崩壊の危機にある「核合意」を立て直すため、ロウハニ政権とバイデン政権の間接協議が、4月からウィーンで続けられてきました。この協議が、今、重要な局面を迎えています。

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イラン側の交渉団を率いるアラグチ外務次官は、20日、NHKの取材に対し、「かつてないほど合意に近づいている。現政権の在任中に妥結させ、合意を実施したい」と述べ、ロウハニ政権の任期が終わる8月初めまでの合意を目指す考えを明らかにしました。その一方で、難しい対立点が残っているとして、安易な妥協はしないと釘をさしています。

一方、アメリカ国務省の高官も、24日、「依然として、深刻な相違がある」と述べ、妥結できるか、予断を許さないという認識を示しました。

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具体的な対立点ですが、▼バイデン政権は、イランに対し、直ちに、ウランの濃縮度や貯蔵量を核合意の制限以下に下げるなど、核合意を完全に順守するよう要求しています。▼また、1500項目以上に及ぶ対イラン制裁のうち、「核合意」に関連しない制裁、たとえば、人権侵害やテロ支援を理由にした数百の制裁は残すとしています。▼これに対し、ロウハニ政権は、強く反発。「核合意」から一方的に離脱したアメリカが、まず先に、すべての制裁を解除すべきだと主張しています。▼さらに、バイデン政権は、核合意を復活させた後、イランのミサイル開発や、周辺国への介入に歯止めをかけるため、追加の合意を目指したい考えですが、イラン側は、これを断固拒否するとしています。

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▼そして、今、IAEA・国際原子力機関による査察の問題があります。イランは、24日までに、制裁が解除されない場合には、査察への協力を停止し、核施設に設置された監視カメラのデータを消去すると予告していました。もし、そうなれば、イランの核開発を検証する手段が失われます。イランは、期限を再度延期することも視野に、IAEA側と折衝しているもようで、その判断が注目されます。

■ロウハニ大統領が退任する8月初めまでに、「核合意」を立て直すための、何らかの合意に至らない場合、協議は、ライシ次期大統領に引き継がれます。ザリーフ外相、アラグチ外務次官という、核合意の成立に関わった交渉チームも、総入れ替えになると予想され、事実上、仕切り直しになるでしょう。交渉のハードルが上がり、合意づくりが非常に困難になると予想されます。ロウハニ政権に残された1か月余りが、「核合意の存続」にとってまさに正念場です。仲介役のEU・ヨーロッパ連合を中心に、イラン・アメリカ双方に妥協を促す外交努力が求められています。

(出川 展恒 解説委員)


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