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「東京五輪・パラ開幕まで1か月『観客上限1万人』課題は?」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

東京オリンピックの開幕まであと1か月。焦点になっていた観客の扱いは、会場の収容定員の50%以内で上限を1万人として開催することが決まりました。感染状況の先行きが不透明な中、観客を入れての開催への課題を考えます。

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【観客の扱いがようやく決定】
今月21日、IOC・国際オリンピック委員会、組織委員会、政府など5者による会談が開かれ、東京大会での観客の扱いをどうするか、議論されました。

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その結果、オリンピックについては、まん延防止等重点措置が解除された場合にとられる政府のイベント開催の基準に準じて、会場の収容定員の50%以内で上限を1万人とし、観客を入れて開催することで合意しました。ただ現在のまん延防止措置等重点措置の期限を超えた7月に、緊急事態宣言や重点措置が出た場合は、無観客を含めて、対応するとしています。またパラリンピックについては開幕まで時間があることから7月16日までに方針を決めることになりました。変更の可能性も残されていますが、観客全体の方向性がようやくみえたと言えます。組織委員会の橋本会長は「最後のピースが埋まり舞台の骨格が完成した。コロナ対策に万全を期して準備を進めていく」と述べました。

【なぜ決定が今だったのか】
観客の扱いは警備や医療の体制にもつながる、まさに大会運営の根幹とも言える課題です。では、なぜ決定は開幕1か月前のこの時期となったのでしょうか。

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国内のプロスポーツやワクチン接種が進んだ国で観客を入れた試合が徐々に開催される中、すでに海外からの観客受け入れ断念を決めている組織委員会などは、国内の観客について可能なら入れることができないかと、刻々と変わる感染状況をみながら、ギリギリまで判断を先送りしていました。その理由には「分断された世界の再生にスポーツの力で貢献する」という大会開催の意義の達成や、声援が力となるアスリートへの配慮、またパラスポーツの認知度の向上など、様々な側面があります。このうちのひとつ、大会運営の財政の側面からみてみたいと思います。

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チケットの売り上げはIOCではなく、組織委員会の収入となります。延期前の計画でチケット収入は900億円を見込んでいましたが、無観客での開催ではこれがゼロとなってしまいます。開催都市契約に基づけば、組織委員会が赤字になった場合は、東京都や政府が補填、つまり税金が投入される可能性があります。ただ、上限1万人でも、チケット収入は当初より大幅に減少するとみられ、武藤事務総長は「おそらく予定の半分を下回るだろう」としています。しかしそれでも、1年延期で東京大会の開催にかかる経費が膨らむ中で、少しでも財政面への影響を小さくしたいという思いがあったのだと思います。

【専門家からは懸念の声】
一方で、専門家からは、観客を入れるリスクを懸念する声があがっていました。感染拡大の防止には東京大会の開催にかかわらず、人の動きをどう抑制するかが大きな課題になっているからです。次のような分析もあります。

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急速に広がるインドで確認された変異ウイルスの「デルタ株」の影響が比較的小さいと仮定しても、6月20日の宣言解除後に人出が10%増えた場合、東京都の1日あたりの感染者数は8月前半には1000人を超える計算となりました。

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また、オリンピック期間中にさらに5%人出が増えた場合にはペースが速まり、大会期間中の8月はじめには1000人を超えると分析されています。

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政府の分科会の尾身会長など専門家の有志が政府と組織委員会に提出した提言は「無観客開催が望ましい」とした上で、観客を入れるのであれば、現行のイベント開催の基準より厳しい基準の採用、観客は開催地の人に限ること、感染拡大の予兆があれば時機を逸しないで無観客とすることを求めています。尾身会長は大会開催という国際的な公約を果たすことは大切だとしながらも「リスクは間違いなくある。開催を決定した以上はリスクを十分認識してほしい」とくぎを刺しました。観客の扱いには、感染状況によって無観客を含めた検討をすることや、パブリックビューイングなどの中止や規模の縮小は取り入れられましたが、より厳しい基準の採用や観客を開催地の人に限ることは、反映されませんでした。もともと最大の課題とされていた暑さ対策を考えれば、コロナ以外に熱中症にも対応する医療関係者の負担を減らすという視点からも、さらに観客の規模の縮小を検討する選択肢もあったのではないかと思います。

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組織委員会などは、少なくとも今後の状況に応じて柔軟な対応を確実にとることが、社会の理解を得る必須条件だと思います。

【人流はどのくらいなのか】

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では、人の動きはどのように見込まれているのでしょうか。販売済のチケットはオリンピック・パラリンピック全体で収容定員の42%とされ、学校連携のチケットやスポンサーなど関係者ぶんのチケットも含めると、500万枚近くになると見られています。ただ、観客が上限の1万人となる会場は全体のおよそ4分の1、国立競技場や野球、サッカーの会場を中心とした11か所で、多くの会場で上限は数千人の規模となります。しかし、オリンピック・パラリンピックは複数の競技が同時に近い場所で行われるため、組織委員会では大会に関連して東京都で1日最大およそ30万人の動きがあるとしています。5者による会談を終えた後、組織委員会は、競技団体やスポンサーなど大会関係者は、一般の観客の数とは別になることを明らかにし、会場にいる人数が1万人以上となるケースがあると説明しました。大会関係者を観客としてカウントするかは議論がわかれますが、多くの人に、釈然としない気持ちも残ったのではないかと思います。会場での人数についても一層の削減の努力と丁寧な説明が必要でしょう。

【矛盾したメッセージとの指摘も】

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専門家は提言の中で「観客がいる中で深夜に及ぶ試合が行われたりすると、感染対策を行っている人たちにとって矛盾したメッセージとなり、対策への協力を得られにくくする」とも指摘しています。多くの人々の日常生活が制限される中、観客の行動によっては、オリンピック・パラリンピックは特別なのか、と反感を持つ人を増やし、より社会の分断を深めてしまう可能性もあるというわけです。このため組織委員会では、観客の行動ルールをガイドラインにまとめ、大声での応援禁止や会場への直行直帰を求めること、さらに会場での飲酒を禁止することなどが盛り込みました。組織委員会ではルールを守らない場合は入場拒否や退場の措置を取る場合があるとしていますが、行動管理が難しい観客にガイドラインをどう守ってもらうのか、難しい課題が残されたのではないかと思います。

【少しでも不安や懸念を取り除く努力を】
観客の扱いは決まりましたが、コロナ禍での史上初めての大会には、開幕1か月となった今も開催への賛否を含めて様々な意見があります。スポーツは、スタンドの観客だけでなく、社会全体の多くの人の応援、支えがあるからこそ成り立ちます。オリンピックでも、その根本は同じだと思います。組織委員会、政府、東京都には、感染対策の徹底とともに、少しでも多くの人の不安や懸念を取り除き、納得感を得てもらえる努力を続けていくことが求められると思います。

(小澤 正修 解説委員)

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