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「なぜ進まない 新型コロナの病床確保」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
米原 達生  解説委員

今週月曜から9つの都道府県で緊急事態宣言が解除されましたが、新型コロナ患者用の病床の確保は、巨額の財政支援が行われているにも関わらず、依然として課題となっています。その背景にある病院経営と地域の医療提供体制の問題について、経済担当の神子田委員と医療担当の米原委員がお伝えします。

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<神子田>
まず新型コロナ患者の受け入れ拡大にむけた支援策からみていきます。政府は早い段階から、補助金を通じて、病床の確保をはかろうとしてきました。

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主なものとしては、病院が新型コロナ患者の入院に備えてあらかじめベッドを空けて確保する場合の「病床確保料」です。具体的には、例えば、重点医療機関の場合、重症用患者用の集中治療室のベッドは、一日につき、301000円を、中等症用の一般のベッドには一日あたり71000円の支援金を交付しています。こうした対策は、新型コロナ患者の病床の確保につながったのでしょうか

<米原>
支援は病床確保に役割を果たしたと思います。

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新型コロナの患者を入院させるにはゾーンを分けて、同じエリアには感染者しか入院させることができませんし、ほかの患者の受診控えで病院経営は厳しかったので、支援がなければ病床確保は進まなかったと思います。

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しかしさらに進めるという意味では、お金というよりは医療スタッフの確保が壁になってきていると思います。例えば重症患者を診る病棟だと、感染対策や人工呼吸器の管理のために、看護師が通常の2倍から4倍必要だと言われています。政府はこうした医療機関に看護師を派遣した場合、派遣元に一時間5500円支払う予算も付けるなどしましたが、どの病院にとってもこうした人材は貴重ですし、病院ごとに仕事のやり方が違うという事情もあって、簡単には進みませんでした。

<神子田>
 その一方で、コロナ用として確保されたベッドには、患者が使用しない状態が続いても、支援金の支払いが続けられています。

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昨年度支払われた支援金は、8095億円に上っています。もちろん、コロナ患者が急速に増えたときに備えて、空きベッドを確保しておくことは必要ですが、巨額な予算が効果的に使われていないのではないかという指摘もでています。

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これを受けて政府が先週末にまとめた経済財政運営の基本方針=いわゆる骨太の方針でも「感染症患者を受け入れる医療機関に対し、病床確保のための支援について、診療報酬や補助金・交付金による今後の在り方を検討する」という文言が盛りこまれ、支援の在り方を見直す方針が打ち出されました。
 こうした中で財務省は、診療報酬の引き上げを通じて、コロナ以前と同じ水準の収入を維持できるようにすることで、病院側が新型コロナ患者を受け入れやすくする新たな制度を提案しています。

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 具体的には、コロナ患者を一定程度受け入れる病院を対象に、その病院のすべての科の診療報酬の単価を割り増しすることで、コロナ前と同程度の収入を確保できるようにするものです。
例えば、ある月の収入がコロナ前の同じ月の50%にとどまった場合には、診療報酬の単価を50分の100つまり2倍に換算することで、コロナ前と同じ収入を確保できるようにするというものです。その際、患者が支払う医療費は、値上がりしない仕組みにするといいます。この制度は、あくまで病院がコロナ患者を受け入れていることが前提条件なので、新型コロナ患者の利用しないベッドにお金だけ払い続けるということがなくなり、病院にとっても、診療報酬を割り増しするほうが、支援金の申請に比べて、迅速に資金を確保でき、事務的な負担も軽くなるとしています。
 ただ重要なのは、新たな仕組みがコロナ患者の受け入れにつながるかどうかです。
米原さん、この制度 医療機関側はどう受け止めていますか?

<米原>
病院団体からすると、新型コロナの診療をしているかどうかで、同じ医療の価格に差を設けるということには反対で、お金の出所が税金から医療保険に代わるだけで、新型コロナの病床確保という本質的な課題解消にはつながらないとしています。

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今の段階では、新型コロナの患者を効果的に受け入れられないのは、多くの小規模病院に医療スタッフが分散しているという構造的な問題に移ってきていると思います。ことし4月に国の財政制度等審議会が「なんちゃって急性期病床」という言葉を使って改善を求めています。国内には高度急性期を含め急性期を掲げている病床が71万床あるものの、実際にはベッド当たりのスタッフの数が少なく、重症の患者を受け入れるだけの体制が整っていないところも多いということなんです。少し前には救急搬送を受け入れられない問題として表面化していましたが、点在する病院を医師や看護師が個人の頑張りで支えているという日本の医療の課題がコロナでも現れたということだと思います。

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これを解決するには、医療機関を統合するなどして医療スタッフを集約する必要があります。政府は、少子化・高齢化で急性期病床のニーズが減っていくことに対応するために平成27年に地域医療構想を出して、高度急性期と急性期の病床を53万床まで削減することを掲げています。病院が近くにある便利さとは逆方向ですが、スタッフを集約し重点的な医療が提供できるようにするのは、コロナ診療で見えた課題克服の方向と同じだと思います。

<神子田>
政府も財政支援を通じて病床の数の適正化をはかろうとしています。

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地域医療構想の実現に向け、例えば病院ごとの役割分担を進めるために、病院が単独で病床を削減した場合や、複数の病院のうち少なくとも一つの病院が廃業して統合され、病床の数を削減した場合には、それぞれ削減した病床の数に応じて、一床あたり114万円から228万円の給付金が支給されることになっています。政府はこの給付金制度を昨年度から導入し、今年度は195億円の予算を盛り込んでいます。病床の削減は医療サービスの低下につながるという懸念の声も聞かれますが、政府は、病床を削減して病床当たりの医療スタッフを手厚くすることで、高度な医療体制を強化できるとしています。

<米原>
削減が目的なのではなく、その分の医療スタッフを集約して医療機関の規模を大きくすることが大事ですし、その役割分担を決めていくことも必要だと思います。

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各都道府県で策定する地域の医療計画には、新型コロナを受けて新たに新興感染症を位置付けることが決まっていて、来年度から具体的な議論が始まる予定です。どの医療機関が患者を受け入れ、どの医療機関がサポートするのか、スタッフをどう育成・確保するのか、盛り込んでほしいと思います。

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それとは別に、病床確保の司令塔となる行政の権限強化も必要だと思います。感染症の患者の数は拡大と縮小を繰り返して必要な病床はどんどん変わっていくわけで、その都度行政が要請し病院が個別に判断していては機能不全に陥ります。国や都道府県が病院でどんな患者にどんな医療が行われているのかをリアルタイムに把握して、緊急時には病床の確保を指示したり、スタッフを動かすことができるようにする、そして病院経営としても成り立つようにする仕組みが必要だと思います。

<神子田>
 70万を超える急性期の病床を抱えながら、新型コロナの感染の広がりに強力な態勢をとれなかったことは、日本の医療の問題点を鮮明に浮かび上がらせる形となりました。平時においてはより効率的に。新たな感染症など有事の際には一段と効果的に機能する医療体制の構築は、もはや先送りできない課題となっています。

(神子田 章博 解説委員/米原 達生 解説委員)

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