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「バイデン政権の北朝鮮政策を読み解く」(時論公論)

出石 直  解説委員

長く敵対していたアメリカと北朝鮮の首脳が交わした固い握手。
今月12日で、シンガポールでの歴史的な米朝首脳会談からあす12日でちょうど3年になります。しかし、北朝鮮の核・ミサイル開発に歯止めをかけられるのではという淡い期待は、わずか1年足らずでもろくも崩れ去り、米朝間の協議は長く途絶えたままです。
この時間は、このほどまとまったバイデン政権の新たな北朝鮮政策とはどのようなもので、何を目指そうとしているのか、考えていきたいと思います。

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解説のポイントです。
▽新たな北朝鮮政策についてアメリカ政府高官は「調整された現実的なアプローチ」と説明しています。それは一体どういったものなのか、その具体的な内容を見ていきます。
▽こうしたアプローチを北朝鮮はどう受け止めているのでしょうか?
米朝協議が再開する可能性はどの程度あるのでしょうか?
▽最後に、完全な非核化を実現させるために国際社会はどう対処していけば良いのかを考えたいと思います。

【現実的なアプローチとは?】
バイデン政権の新しい北朝鮮政策についてブリンケン国務長官は次のように述べています。
(VTR ブリンケン国務長官)
「私たちの政策は調整された現実的なアプローチであり、北朝鮮との外交を模索するものだ」

バイデン政権は、政策の詳細については明らかにしていませんが、政府高官のこれまでの発言などを手掛かりに、どんなアプローチなのか読み解いていきたいと思います。
まず▽「北朝鮮との外交を模索する」としている点がポイントです。
「対話の扉は開かれている」としていて「圧力」という言葉は一切使われていません。

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おととしの2月にハノイで行われた2回目の首脳会談が物別れに終わって以降、アメリカと北朝鮮との協議は事実上ストップしたままです。しかし関係者の証言で、この時も合意の一歩手前までいっていたことが明らかになっています。キム総書記との会談に先立ってアメリカ政府がとりまとめていた合意文書の草案では、北朝鮮がニョンビョンの核施設を廃棄する見返りに、朝鮮戦争の終戦宣言や相互連絡事務所の設置を行う、となっていました。
最終的には、北朝鮮がどの施設を閉鎖するのか明らかにせず交渉は決裂しましたが、トランプ政権はハノイでも一定の歩み寄りの姿勢を示していたのです。

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バイデン政権は、こうしたこれまでのトランプ政権の取り組みを全否定するのではなく、シンガポールでの共同声明など▽過去の合意やこれまでの経緯を踏まえ北朝鮮との対話を進めていくとしています。空席だった北朝鮮担当の特別代表にシンガポールでの首脳会談で事前交渉を担当した韓国系のベテラン外交官▽ソン・キム氏を起用したのもそうした姿勢の現れとみられます。協議再開に向けたお膳立ては整いました。
ただトランプ前大統領と違いバイデン大統領は▽「実務者レベルの協議で進展がない限りキム総書記と会うつもりはない」とも言い切っています。まずは実務者レベルの協議から始める心づもりのようです。

【段階的アプローチ】
もうひとつの大きな特徴は「段階的なアプローチ」を目指していることです。非核化には様々なプロセスがあり、完成までには長い時間を要するというのが専門家の一致した見方です。

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▽まず稼働している核施設を「停止」させる、次に▽どのような核施設があるのかをすべて「申告」させ、▽施設を「解体」し、▽核燃料を「除去」するといった手順を踏んで、ようやく「完全な非核化」が実現するのです。こうした非核化の各段階が終了したことをひとつひとつ確認したうえで、その都度、制裁の一部解除や人道支援といった見返りを与えていく、というのがブリンケン国務長官の言う「現実的なアプローチ」なのだと思います。

「段階的なアプローチ」は過去の6か国協議でも採用されていました。しかし結果的には、北朝鮮は原油などの提供を受けたにも関わらず、隠れて核開発を続けていました。
こうした失敗を繰り返さないためには、約束違反に対する罰則を設けるなど約束を確実に守らせる仕組みが必要となるでしょう。

【米朝協議の再開は?】
ではこうしたバイデン政権のアプローチを北朝鮮はどう受け止めているのでしょうか?
北朝鮮は、バイデン政権の新たな政策については沈黙を貫き、対話の呼びかけにも応じる構えを見せていません。バイデン政権の真意を見極めようとしているのかも知れません。
北朝鮮は1月に開いた朝鮮労働党の党大会で核武力の強化を打ち出しており、今後、弾道ミサイルの発射など何らかの挑発に出てくることも考えられます。ただ核実験やICBMの試験発射といった今、北朝鮮がもっているもっとも強いカードをいきなり切ってくる可能性は低いのではないかと思われます。

ここでひとつ興味深い資料をご紹介します。先月北朝鮮の出版社が発行した写真集です。

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表題は「対外関係発展の新時代を開いて」、キム総書記の外交活動がおよそ150ページにわたって紹介されています。シンガポールでのトランプ大統領との初めての首脳会談だけでなく、物別れに終わったハノイでの2回目の会談の写真もあり、会談でキム総書記が述べたとされる「互いにしっかりと手を取り合い知恵と忍耐を発揮して共に乗り越えよう」という発言まで紹介されています。これを見る限り、北朝鮮はアメリカとの交渉をまだ諦めていないのではないでしょうか。交渉で制裁の解除などを求める考えを完全には捨て去ってはいないように私には思えます。
ここまで、アメリカ、北朝鮮双方の動きを見てきました。アメリカは中国やイラン、北朝鮮は自国の経済の立て直しが最優先で、双方ともに「あまり急いでいない」という印象を受けます。しばらくは共に相手の出方をうかがう展開が続くのかも知れません。

【国際社会の対応は?】
では、完全な非核化を実現するために国際社会はどう対処すべきなのでしょうか。

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まず日米韓の連携です。バイデン政権は同盟国である日本、韓国と連携して北朝鮮に核の放棄を迫っていくという姿勢を鮮明にしています。ただ日米韓の連携とは言っても、制裁の緩和や人道支援に意欲を見せ幾分前のめり気味の韓国と、日本やアメリカとの間には少なからぬ温度差があることも事実です。11日からのイギリスでのG7サミットにはムン・ジェイン大統領もゲストとして参加しています。こうした機会をとらえて、北朝鮮の脅威に日米韓でどう対処していくのか、足並みを揃えておく必要があります。
さらに米中の対立が続いている中で、北朝鮮に影響力をもつ中国をどうやって取り込んでいくかも今後の課題です。

バイデン政権がまとめた北朝鮮政策は、確かに現実的で地に足のついたものです。しかし北朝鮮という手強い相手との交渉が、バイデン政権の思惑通りに進むという保証はありません。北朝鮮が今も核・ミサイル開発を続けている現状を考えれば、悠長に構えている時間はありません。国際社会が連携して、非核化協議に応じるよう北朝鮮に働きかけていくとともに、核・ミサイル開発は絶対に許さないという強いメッセージを発していくことが重要と考えます。

(出石 直 解説委員)

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