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「ビジネスと人権~日本企業への警鐘」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
二村 伸  解説委員

国際的に活動する企業が、進出先の国で人権を尊重しているか。欧米各国などから厳しい目が向けられる人権問題は11日からイギリスで開かれるG7サミットでも、主要な議題として取り上げられることになっています。取り組みの遅れが指摘される日本企業に求められることは何か。国際担当の二村解説委員とともに考えていきたいと思います。

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 最初にビジネスと人権の問題についてのこれまでの経緯を見ていきたいと思います。

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国連がこの問題に本格的に取り組み始めたのは、いまからちょうど10年前。人権理事会が、「ビジネスと人権に関する指導原則」をまとめました。この中では、①人権を保護する国家の義務、②人権を尊重する企業の責任、⓷人権侵害を受けている人の救済措置へのアクセスという三つの柱をかかげました。このうち、企業に関しては、まず人権を尊重する方針を表明し、自社の内部だけでなく、取引先においても、人権が侵害されぬよう努めることを呼びかけています。

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そこで重要となるキーワードが「人権デューディリジェンス」。難しい言葉だとお感じになると思いますが、具体的に説明すると、次のような義務を果たすことです。まず、企業は原料や材料を調達するサプライチェーンや、商品やサービスの提供に関わる取引先も含め、企業活動のあらゆる場面に関して、人権侵害が行われないような措置をとる。そして人権侵害が起きていないかチェックする。問題があれば速やかに対応するとともに、そうした一連の過程について情報を発信・開示していくことが求められているのです。

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 日本でもこうした国際社会の要請を背景に、去年10月、「ビジネスと人権に関する行動計画」がまとめられました。ただ、行動計画をまとめた国としては世界24か国目。内容も、人権問題の周知・啓発や、企業の取り組みへの期待を示すにとどまり、強制力は持つ政策もとられていないことなどから、欧米からは日本の取り組みは遅れているという声も聞こえてきます。
二村さん、ヨーロッパ各国ではビジネスと人権の問題について取り組みが進んでいるようですね?

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(二村)
まずイギリスで2015年に現代奴隷法が施行され、サプライチェーンも含めて強制労働や人身売買のリスクがないか検証し開示することを企業に義務づけました。奴隷制度といっても人身売買や強制労働、性的搾取など今日の問題に対処するものです。フランスとオランダに続いてEUでも企業に人権デュー・ディリジェンスを義務付ける法案が近く提出される見通しで、法制化がヨーロッパ全体に広がりそうです。

(神子田)
欧州各国ではなぜ一気に法制化にまで進んでいるのですか?

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(二村)
人権意識の高さに加えて、国連が各国政府や企業に人権への取り組みを求めたことが大きな要因です。人権を軽視すれば不買運動による売り上げの低下や、現地政府からの罰金、さらには訴訟のリスクがあることも背景にあるようです。
スポーツ用品ブランドのナイキは、90年代に委託先のインドネシアやベトナムの工場の劣悪な環境での低賃金労働や児童労働が指摘され、不買運動で5年間に1兆3700億円の利益を失ったということです。日本の企業も例外ではなく、日立の部品調達先の日系企業はマレーシアの工場でのミャンマー人労働者の不当な扱いをめぐって訴訟となり、日立の現地支店も人権活動家やNGOの激しい抗議を受け、騒動が落ち着くまで半年を要したということです。批判を受けた企業はその後人権への取り組みが改善されていますが、訴訟に至らなくても、新疆ウイグル自治区やミャンマーの企業と取り引きがあるとして日系企業が批判されるケースも相次いでいます。

(神子田)
このように人権をめぐって厳しい目が向けられる中で、日本でも上場企業に対し一段と強い形で取り組みが求められることになりました。

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今月、金融庁と東京証券取引所が共同で作成する上場企業が守るべき原則=いわゆるコーポレイトガバナンスコード、日本語でいうと企業統治行動原則が改訂されることになりました。

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その中で、企業の取締役会について「人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や取引先との公正・適正な取引などの課題に、積極的・能動的に取り組むよう」求める文言が盛り込まれます。発展途上国などにある取引先企業の人権にかかわる労働問題についても目配りし、問題があれば改善に努めるよう求めたものです。このコーポレイトガバナンスコードは法律ではありませんが、上場企業の大半が順守しているもので、企業による人権の保護が実効性のあるルールとして定められたという受け止めもでています。
 こうした動きの背景には、海外の機関投資家などが、投資先の企業を選別する際にその企業が人権に配慮しているかどうかを基準の一つにするケースが増え、この問題で対応を怠れば企業の成長に必要な資金を市場から調達できなくなるおそれが指摘されていることもあります。
二村さん、各国の投資家は人権をより意識しているようですが、逆にいいますと、世界の人権侵害の現状は、それだけ深刻だということなんでしょうか?

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(二村)
これは子どもの人権がどれだけ守られているかを示した地図で、色が濃いほど人身売買や児童労働などが横行していることを意味します。

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ILO・国際労働機関によりますと、義務教育を妨げる労働や危険な労働を子どもに強いる「児童労働」は世界で1億5200万人、子どもの10人に1人に上っています。その半分近くがアフリカで、カカオの二大生産国と言われるコートジボワールとガーナでは、5歳から17歳のこどもの45%が児童労働を強いられているといわれます。今年は児童労働撤廃国際年ですが、新型コロナの感染拡大による収入減や学校閉鎖で世界の数百万人が児童労働のリスクにさらされているとILOは警告しており、SDGs・持続可能な開発目標の1つである2025年までに児童労働を撤廃するとした目標の達成は難しそうです。

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(神子田)
児童労働の問題については、日本企業の間でも対応する動きが出ています。
大手菓子メーカーのロッテは、チョコレートの原料となるカカオの調達過程で、スイスのNGOと協力して、人権侵害を防ぐ特別な取り組みを行っています。
このスイスのNGOは、人権問題に理解のある現地の人々の協力を得て、農家の見回りを行う。そして児童労働が確認されれば、このNGOを通じてカカオを調達する企業に報告がゆき、一緒に対応を協議する仕組みです。ロッテは、この仕組みを利用して、カカオを調達。価格は割高になりますが、人権リスクを減らせるとして、今後この仕組みによる調達を増やしていきたいとしています。

(二村)
ただ日本企業全体でみると、国際的な評価は高いものではありません。国際的なNGOが企業の人権への取り組みを点数化したものがこちらです。

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世界を代表する企業229社のうち日本の企業は、自動車部門では中位に位置し、自動車以外の分野ではファーストリテイリングが18位で、取引先で強制労働があったと批判されたもののこの調査では日本のトップで、イオンが54位、それ以外の多くの企業は100位以下です。日本への投資の促進、企業のグローバルな展開のためにも国と企業は国際標準に近づく努力が欠かせません。消費者も人権という観点から企業を見る目が必要ではないかと思います。

(神子田)
日本企業も、国内では人権を守ることがごく当たり前のこととなっています。その当たり前のことを、海外の進出先や取引先でも着実に行い、意識を高めて人権問題に目を光らせる。国際社会の要請に、正面から応えていく事が求められています。

(神子田 章博 解説委員/二村 伸 解説委員)

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