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「天安門事件の悪夢いまなお 強権貫く習近平政権の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

中国の学生や市民の民主化運動を軍が武力で制圧し、多数の死傷者が出た天安門事件から4日でちょうど32年になりました。しかし中国は習近平体制のもとで近年、言論統制がますます厳しくなり、当時人々が望んだ民主化からは遠ざかりつつあるように見えます。そこで今回は、まるで悪夢のような事件を覆い隠してきた中国のこれまでの経緯と、習近平政権の今後の行方について考えて見たいと思います。

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民主化運動の中心となった北京の天安門広場では、今年も事件の日に当たる4日は、厳重な警備が敷かれ、物々しい雰囲気に包まれました。それは、中国の人々の間に事件に対する憤りが今なお残り、事件の再評価や、犠牲になった人たちに対する名誉回復を求める声が上がることを当局が何より恐れていることの「あかし」でもあるように思えます。実際、事件で子供や家族をなくした遺族は中国政府に対して真相の究明や謝罪を訴え続けています。

ただ、過去には、一定の期間、一定の範囲内で言論統制が緩和され、人々が民主化への望みを膨らませた時期もあったように思えます。

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もちろん天安門事件の直後は、民主化運動が再燃しないよう徹底して抑え込む姿勢を打ち出しました。しかしアメリカなど西側先進諸国から制裁を受け、中国は国際社会で苦しい立場に追い込まれました。
これに対して中国は、2008年には北京で夏のオリンピック・パラリンピック、また、2010年には上海で万国博覧会の開催を実現することで、国際社会への復帰を印象付けたのです。
ただ、こうした国際的な大イベントの誘致の際に「自由な報道」を認めたこともあって、この時期は、メディアに対する締め付けもある程度緩やかになったとの印象を受けました。
天安門事件の時に、最後まで広場に踏みとどまった民主化運動の活動家で、その後ノーベル平和賞を受賞することになった劉暁波氏は、この時期をとらえて賛同者とともに行動を起こしました。オリンピック・パラリンピック終了直後の2008年冬、中国にも議会の直接選挙や三権分立などの民主的な政治制度を導入すべきだとする「08憲章」をインターネット上に発表、最終的には知識人ら1万人以上の人がこれに共鳴して署名したのです。これには当局も相当大きな衝撃を受け、劉暁波氏は、その後、当局に逮捕され、生涯捕らわれの身となりました。

ただ上海万博の後も、中国の人々からは、民主化への強い憧れの気持ちが示されました。
例えば、習近平氏が中国共産党のトップに選ばれた2012年11月の党大会に合わせて、中国共産党の機関紙・人民日報のインターネット版が行った民意調査が挙げられます。

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この調査では、多くのネットユーザーたちに向けて、新たに誕生する習近平指導部に「何を期待するか」と問いかけ、よく使われる四文字の政治用語の中からその答えを求めました。すると、10日余りの間に、およそ19万人の人が回答を寄せ、その断然トップになったのが「民主政治」でした。この言葉を選んだのはおよそ6万人。2位と3位の「汚職撲滅」、「社会生活」に大きな差をつけた形でした。
当時この調査は、さほど大きな注目を集めませんでしたが、今にして思えばこの調査結果こそ、中国の多くの人たちが、新たにトップになる習近平氏に対して、政治体制改革や民主化の推進を強く期待していたことをはっきり示す証拠になったと思います。
ところが、習近平政権は、誕生早々、そうした期待とは逆方向へと舵をきったのです。
習近平氏が国家主席として国のトップにもなった翌2013年春以降、政治の改革や民主化を求める人たちに対する厳しい政策を次々に打ち出しました。
まず、口にしてはならないタブーを党内や教育者などに求めたと伝えられました。
そのタブーの中には、▼人権を尊重する国際社会の普遍的な価値観や▼報道の自由、▼西側のような市民社会などが含まれていました。またそれと同じ時期に、実際に、人権問題などを話し合うサークルを開くなどしてきた人権活動家の人たちが次々と逮捕されたのです。

その後も、習近平政権は、メディアに対して中国共産党の代弁をするように求めるなど言論統制策を次々と打ち出しました。中国共産党が好ましくないと考える人や団体を密告することまでさかんに奨励されています。

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これは、2018年7月、広東省で開かれた密告者の表彰式の様子です。パンダのお面で顔を隠した人たちは、表彰された密告者たちで、多額の賞金を手にしています。

いまや全ての権力を一手に握る習近平氏の下では、そのやり方に誰も異論をはさめない状況になりつつあるようです。
1年前からは、民主化を求める人たちに対する抑え込みが、それまで1国2制度という原則のもと高度な自治と言論の自由が保障されていたはずの香港にまで及びました。

香港で民主化を求めデモをおこなう市民や学生が、警官隊によって力で抑えつけられる姿は、まさにあの天安門事件の悲劇を髣髴させる光景のように見えました。アメリカやヨーロッパなどから非難されても、そのかたくなな姿勢は変わらない。そればかりか、デモに参加した人たちや中国に批判的な新聞の発行者らを次々と拘束して、実刑を言い渡し、香港の議会の選挙自体も中国共産党の意向を強く反映できるシステムに変えてしまいました。
反政府的な動きを取り締まる国家安全維持法が施行されて初めて天安門事件の日を迎えた4日は、例年追悼集会が行われてきた公園を警察が封鎖し、30年以上続いてきた追悼集会が途切れることになりました。

中国では来年、北京で冬のオリンピックとパラリンピックという国際的な大イベントが開催されることになっています。

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しかし、現在の習近平政権は、そのようなことはあまり意に介さないかのように、香港に対してさえも強硬な姿勢を貫いているのです。
また、台湾に対しても、様々なやり方でけん制を強めています。さらにウイグルの人たちなど少数民族などに対する同化政策も加速していると伝えられています。
こうした動きに対して、中国との対立してきたアメリカだけにとどまらず、西側ヨーロッパの国々やオーストラリアなども批判を強め、まるで天安門事件直後のような中国包囲網が再び形成されつつあるといえます。
アメリカのブリンケン国務長官は、天安門事件の日に合わせて「32年前に殺害された人たちと、今も抑圧に対抗し続ける勇敢な活動家に敬意を表す」とする声明を出しました。

ではなぜ、習近平政権は、それでもなお強気の姿勢を貫けるのでしょうか。
次のような理由があると思います。

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まず、▼習近平氏に対する権力集中が進み、誰も異論をはさめない強固な支配体制が築かれつつあること。▼「中華民族」という民族意識を国民の間に浸透させることで、外国からの批判や圧力に対して反発する世論を形勢させつつあること。▼内陸部武漢から世界に広まり、パンデミックに発展した新型コロナウイルスの感染防止対策めぐり、民主主義の国よりも強権的な中国のような権威主義体制の方が有効な手段が取れたと宣伝できること。

習近平国家主席は、このような背景の下で、来年の党大会以降もトップの座にとどまる公算が強いのではないかと思います。ただ、それが中国の人々にとって本当に良いことなのかどうかは別問題です。過去の負の遺産とどう向き合い、再評価を求める人々の求めにもどう応じてゆけるのか。誰もが納得できる答えを見いだせない限り、32年前に起きた天安門事件は、これからも中国共産党に課された重い課題になり続けることでしょう。

(加藤 青延 専門解説委員)

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