NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「開幕まで50日 東京五輪・パラ開催をどう考える」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

東京オリンピックの開幕まで3日で50日となりました。しかし新型コロナウイルスの感染状況は依然不透明で、日々の活動が制限され大会の開催に不安や矛盾を感じる人が多いのが現状です。再延期や中止を求める声が大きい中、東京オリンピック・パラリンピックの開催をどう考えるか、みていきます。

j210603_01.jpg

【開幕への動きが本格化】
6月1日、ソフトボールのオーストラリア代表およそ30人が事前合宿のため、ホストタウンになっている群馬県太田市に入りました。大会の延期後、海外からの選手が合宿のために来日するのは初めてです。選手らは全員、ワクチンを2回接種して来日し、空港での検査も陰性。1か月半の滞在中、毎日検査を受けるなど徹底した対策の中での調整を行います。また、日本選手団へのワクチンの接種も始まりました。政府が確保したワクチンとは別に、IOCから提供を受けたおよそ2万人ぶんが選手や関係者に順次接種されることになっています。開幕まで50日、今後こうした動きが、本格化する予定です。

【開催是非で生まれた分断】

j210603_02.jpg

その一方、変異ウイルスの影響もあって感染状況の先行きは見通せません。5月にはアメリカ国務省が日本に関する渡航情報を4段階で最も厳しい「渡航中止の勧告」に引き上げました。国内では1年以上もの間、人の流れを抑えることが求められ、多くの人の行動が制限されています。再延期や中止を求める声も多く、5月にNHKが行った世論調査で「中止」と答えた人は49%、感染対策の一方で国際的な大規模イベントの東京大会を開催することに不安や矛盾を感じる人は今も、数多くいるのが現状です。こうした中、選手に対してSNSで出場辞退を求めたり、開催に反対の声をあげるよう訴えたりする人も出ています。競泳の池江璃花子選手はツイッターで「それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」と胸のうちを明かしました。大会開催の是非を巡って、社会に大きな溝が埋まれてしまっています。

j210603_03.jpg

【開催を目指す動きが続くのは】
こうした中、なぜ開催を目指す動きが続いているのか。組織委員会の橋本会長は開催の意義について「困難な時代だからこそ、分断された世界の再生にスポーツの力で貢献することが社会に必要な価値だ」と訴えました。対策の徹底で開催できれば、世界の人々にとっても日々の行動の大きな指針になるかもしれません。組織委員会の幹部は「感染拡大が続けばもちろん開催は難しい」としていますが、背景には複雑な事情もあります。

j210603_04.jpg

まず「再延期」について、組織委員会では現実的には困難だとしています。理由のひとつにあげられるのが、改めて選手村を用意しなければならないことです。選手村には21の宿泊棟があり、大会終了後はマンションとして活用されることになっています。しかし1年の延期ですでに引き渡しが遅れ、組織委員会の武藤事務総長は「民間の契約をこれ以上延ばすのは難しく、この規模の選手村を都内に改めて設けることは容易ではない」としています。では「中止」はどうなのか。こちらには都民・国民の税金がさらに投入されるおそれがあると見られています。開催都市契約の前提となる立候補ファイルには、組織委員会が赤字になった場合は東京都、さらに政府が補填することが明記されています。専門家は、開催可否の決定権がない日本側から大会中止を求めた場合、IOCから巨額の損害賠償を請求される可能性もあると指摘しています。世界的なパンデミックの中、IOCが実際に損害賠償を請求するかはわかりませんが、開催や中止の判断を巡っては、感染状況に加えて、複雑に絡み合う多くの事情が関係しているのです。

【開催に向けてどう取り組んでいる?】

j210603_05.jpg

では組織委員会などは開催に向けて、どのような取り組みを進めているのでしょうか。
WHOをはじめ感染対策の専門家も交えて検討を進め、すでに海外からの観客受け入れの断念を決めました。現在はコロナ対策をまとめた「プレーブック」の改定作業を急いでいます。この中では来日する選手は検査を到着の空港を含めて入国までに3回実施、滞在期間中も毎日行うとしています。選手や関係者と、外部の人を徹底的に遮断する「バブル方式」が採用され、移動は原則、選手村と競技会場などのみとし、専用の車両を使用する予定です。現在、個別の競技特性にあわせた指針も作成中で、最終版のプレーブックは今月中に公表することにしています。

j210603_06.jpg

選手を除いて来日する人数は延期前の計画の半数以下となる、およそ7万8千人に削減しました。IOCは、選手村に入る選手や関係者のうち、80%以上がワクチンを接種するとの見通しを明らかにしています。また医療体制も計画よりおよそ3割削減して7000人とし、現時点で8割程度は確保できるめどがたったとしています。組織委員会では、来日する人数削減、行動・健康管理、医療体制の構築にさらに取り組むとしていますが、開催には、この3つの徹底が必須の条件となるでしょう。

【感染拡大の大きな要因は】
次に、海外の選手らの来日は感染拡大にどう影響を与えるのか見てみます。

j210603_08.jpg

東京大学大学院経済学研究科の仲田泰祐准教授らの研究グループは、5月16日までのデータをもとに、10万5千人が来日し、うち100人が感染したまま検疫をすり抜けたことなどを条件にして、シミュレーションを行いました。その結果、東京都での1日当たりの新規感染者に与える影響は平均で15人程度にとどまった一方、国内の人の流れが2%増えると、10月の第3週には、1日の感染者の数が、中止の場合に比べて224人増えるとしています。シミュレーションにはインドで最初に確認された変異ウイルスの影響は考慮されていませんが、仲田准教授は「水際対策の徹底が前提だが、来日する選手らの影響は限定的だと考えられ、感染拡大を防ぐには開催による国内の人の流れを抑えることが大切だ」としています。

j210603_09.jpg

また政府の分科会の尾身会長は「パンデミックの状況で開催するのは、普通はない」とした上で、「やるのであれば規模をできるだけ小さくし、管理体制を強化するのが主催する人の義務」と指摘しています。観客のあり方について組織委員会は、6月20日前後の判断となる見通しを示していますが、コロナ禍での開催を目指すのであれば、無観客やパブリックビューイングの縮小・取りやめなど徹底した対策を示すべきではないか思います。

【様々な声に耳を傾けて】
最後に、大会開催を目指す側のメッセージの出し方について、指摘したいと思います。

j210603_10.jpg

IOCのコーツ調整委員長は5月に「緊急事態宣言でも開催する」と明言。それ以外にもIOC関係者の同じような趣旨の発言が伝えられました。不安を払しょくしたい意図だったとは思いますが、こうしたメッセージが、結果的に多くの人たちの神経を逆なでし、開催へのネガティブな感情を増幅させたのではないでしょうか。完全ではない大会なら、開催の意義は半分以上失われた、という指摘もあります。改めてなぜ今開催するのか、その意義が問われていると思います。組織委員会や政府、東京都は、開催を巡る様々な意見に耳を傾け、少しでも多くの人が納得できるメッセージを発信して欲しいと思います。

(小澤 正修 解説委員)

キーワード

関連記事