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「障害者への差別はなくせるか "合理的配慮"義務化へ」(時論公論)

竹内 哲哉  解説委員

2016年に施行された障害者差別解消法。障害のあるなしによって分け隔てられることなく、基本的人権を守ることが定められています。この法律の改正案が先月28日、参議院本会議で、全会一致で可決され成立しました。

今回の改正の大きなポイントは、これまで企業や店舗など民間事業者には“努力義務”とされてきた“合理的配慮”が、国や自治体と同じように“義務”として課せられるという点です。

改正された法律は、公布後3年以内に施行されることになっていますが、私たちはどのような対応を求められるのでしょうか。今日の時論公論は“合理的配慮”とは何かを中心に障害者差別解消法が抱える課題と目指す社会について考えたいと思います。

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【障害者差別解消法改正 “合理的配慮”とは】
障害者差別解消法は障害を理由とした不当な差別を禁止し、差別をなくすための法律です。このなかで定められているのが、今回の改正のポイントとなっている“合理的配慮”の提供です。

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障害のある人が社会で暮らすとき、たくさんの困りごと=“壁”が存在します。合理的配慮とは、障害のある人の機会や待遇を平等に確保することを妨げる“壁”を“改善”“変更”して取り除く措置であり、単なる気遣いや心配りではありません。では、事業者はどのような場面で対応を求められるのか、具体的な例で考えます。

【ケース① 段差の解消】

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まずは私のように車いすを使っている人の場合。よくあるケースだと、飲食店の入り口に段差があり、ここに入りたいと希望したとき、事業者は対応を求められます。この場合、“何らかの方法”で、すぐに段差を解消できれば良いわけです。

解決策として考えられるのは、
① 簡易的なスロープを用意
② 店員が車いすを持ち上げる
③ 店の前に机を出し、飲食できるようにするなどです。

この場合、簡易スロープはあるのか。車いすは手動か電動か。持ち上げるなら、飲食店の人手は足りているのか。仮に段差を越える手段が見つからない場合、店の外でも良いと判断するのか。どれを選ぶかは、障害のある人が何を望んでいるかや、事業者の状況によって変わってきます。

【ケース② 専門用語は使わない】

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もう一つ、事例をあげたいと思います。病院で知的障害のある人が医師から検査の内容・結果などの説明を受けるケースです。知的障害があると、複雑な言葉や専門用語が分からない人もいます。理解してもらうためには、できるだけ簡単な言葉を使う。また写真やイラストを使うといった対応が考えらえます。

ただ知的障害があるからといって、すべての人が難しい言葉を理解できないと決めつけてはいけません。どういった説明の方法を本人が望むのか、時には自分で要望を伝えるのが難しいこともありますので、その場合は本人が、介助者や家族の支援を受けることもあります。

【対応は千差万別】
“改善”や“変更”は、個々に応じて提供されるものなので、その対応は限りなくあります。すべてに事業者が対応できれば良いのですが、抱える事情によっては限界が生じることがあります。そのため、法律では事業者の“過重な負担にならない”ことが条件になっています。

【“過重な負担”の判断は】
事業者にとって“過重な負担”かどうかは、一概には決められません。個々のケースによって総合的、客観的に判断される必要があります。いままでは努力義務でしたから、事業者側が一方的に“努力の範疇ではない”と障害のある人の要望を聞かなかったり、“努力はしている”としながらも現実的には改善をしなかったり、ということがありました。しかし、法律が施行された後はそういったことは許されません。

誰がどう聞いても実現不可能な要望に応える義務はありませんが、障害のある人の意向を十分に尊重し、状況に応じて最も良い解決策を模索する。話し合いのプロセスを含めたこの作業は大切であり、法の趣旨を実現するためにも必要です。

【罰則規定はない】
ただ、“改善”や“変更”を行わなかったからといって、すぐに罰せられるわけではありません。しかし、義務となったことで実行しない悪質な事業者に対しては、これまで以上に行政の指導が厳格に行われることになるでしょう。障害のある人の人権を守る意識が高まることが期待されます。

【環境整備にも注力を】
ひとつ付け加えておきたいのは、障害者差別解消法では個々の障害のある人の求めに応じた合理的配慮ほかに、そうした求めを受ける前に段差解消などのハード面、そして人的配置や研修などソフト面の環境をあらかじめ整えておくことが努力義務として定められています。こうした環境面の整備をできる限りする。そのうえで、“改善”や“変更”をしていけば、負担は少なくなるのではないでしょうか。

【合理的配慮義務化の課題①認知度の低さ】
さて、ここからは合理的配慮の義務化の課題について考えたいと思います。一つ目の課題は、そもそも“合理的配慮”が何かということが、知られていないということです。

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国に先駆けて事業者への合理的配慮の提供を義務としてきた東京都が行った調査では、内容が分かっている人はおよそ1割。ほとんどの人が知りませんし、理解もされていませんでした。

内閣府も認知度が低いことは認識しており、今後、障害者差別解消法に関する新たなポータルサイトを年度内に立ち上げ、合理的配慮を説明する動画を掲載するとしています。

また、パンフレットを関係機関に配布する。あるいは、いまも行っていますが、好事例をさらに集め周知することで、これまで以上に合理的配慮への理解が深まるよう情報発信に力をいれるとしています。

【課題②相談窓口・認知の不足】
2つ目の課題は、障害者差別や合理的配慮について障害者、事業者の相談を一手に引き受けるワンストップ窓口などが整備されておらず、認知されていないということがあります。

相談窓口は自治体の福祉課などに設置されていることが多いのですが、内閣府の調査によると、ワンストップ窓口を設置している自治体は44%となっています。窓口の役割はトラブルが発生したときの対応になりますが、東京都の担当者によると「トラブルの解消が理解促進につながっている」と、情報を発信する役割も担っていると指摘します。

今後は、トラブルを未然に防ぐ役割が増えることも予想されますので、全国の窓口を整備していくことが求められます。

【課題③相談できす専門家の不足】

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3つ目の課題は、窓口で相談に応じる専門家の不足です。先ほどの内閣府の調査では、相談員を配置している自治体はわずか15%でした。

合理的配慮は双方による話し合いがベースで提供されます。交渉によって障害のある人が不利益を被ったり、提供されることが変わってしまったりする危険性はできる限り取り除かなければなりません。

国は相談に対応できる人材の確保に力を入れるとしていますが、その方針はまだたっていません。人材の確保はもちろん、地域によって人材の質にバラつきが出ないよう、統一の研修プログラムなどを作り、育成に努めてほしいと思います。

【障害者差別の現状】
最後に障害者差別の現状をお伝えしたいと思います。法律は5年前から施行されていますが、禁止されている“障害を理由とした差別”に遭遇する障害のある人は少なくありません。

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例えば、私のような車いすユーザーが、車いすの入れるスペースがある飲食店に食事をしたいと申し出ても、「車いすだからお断り」と車いすを理由に断られるケースはいまだにあり、私にも経験があります。

ほかにも、学校の受験を拒否される。マンションやアパートが借りられない。行政担当者や医療従事者を含むサービス提供者が主体である障害のある人を無視して、家族や介助者にだけと話をするといったこともごく普通にあります。

【“障害”は個人ではなく社会にある】
こうした意識を変えるのに欠かせないのが、“障害”は個人にあるものではなく、“社会”にあるという考え方です。世の中は、障害のない人を基準に作られているため、障害のある人にとっては、“見える壁”・“見えない壁”が至る所にあります。
その壁は社会によって作られていますから、それを取り除くのは社会の責務として捉えることが必要です。

“壁”をなくすにはどうすれば良いか。この法律の改正をきっかけに、障害のある人のみならず、様々な人が社会で感じている“壁”や“差別”に、すべての人が目を向けるようになり、意識が変わっていくことを期待したいと思います。

(竹内 哲哉 解説委員)

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