NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「北極圏 交錯する大国の思惑」(時論公論)

安間 英夫  解説委員

地球温暖化の影響で氷が減少し、新たな海域が出現したとも言われる北極圏に関心が高まっています。
年々深刻化する温暖化の一方で、沿岸のロシアやアメリカに加え、中国も権益をめぐってこの地域に関与する姿勢を強め、覇権争いと受け止められるまでになっています。
この時間は、北極圏をめぐって交錯する大国の思惑と課題について考えていきます。

j210526_01.jpg

▼解説のポイント
・温暖化で高まる北極圏への関心
・米ロ中 3つの大国の思惑
・日本の対応と今後の課題

j210526_02.jpg

①北極評議会での審議
北極をめぐっては、先週(5月20日)、隣接国でつくる「北極評議会」の閣僚会合がアイスランドの首都レイキャビクで行われ、この地域の平和と安定、持続的な開発に向けて協力していく方針を確認しました。

「北極評議会」は、北緯およそ66度以上の北極圏を構成するロシア、アメリカ、カナダ、北欧の8か国でつくる組織で、6つの先住民族の団体が参加し、北極圏以外の国では、日本、中国など13か国がオブザーバーとなっています。

今回採択された宣言では、「北極圏はこの50年間、地球全体の平均の3倍の速さで温暖化が進んでいる」として深刻化する温暖化に強い危機感を示し、その対策や環境、生態系の保護に取り組む必要性を訴えています。

さらに今回の評議会では、今後10年間、2030年までの「戦略計画」も採択しました。
北極は、陸のある南極とちがって領土や平和利用を規定した条約などはなく、この地域に関する国際的なルールや共通認識が確立していません。

こうした現状を変えようと、目標を設定し、温暖化や環境問題への対策、資源開発や船舶の航行のルールづくりを具体的に進めていくことになりました。

ではなぜ今、北極圏に関心が高まっているのでしょうか。

j210526_03.jpg

②北極圏 温暖化で高まる関心
こちらは北極海の夏の氷の面積の比較です。
地球温暖化の影響で、20年前と比べますと去年は3分の2以下まで縮小しました。
これによって新たな航路としての活用が期待されるようになりました。
北極海をとおってアジアからヨーロッパに向かうルートは、スエズ運河などを経由するルートと比べて距離も日数も半分ちかくとなります。

厳しい自然環境に閉ざされていた豊富な資源にも関心が向けられています。
アメリカの地質調査所によりますと、世界の未発掘の石油の13%、天然ガスの30%が存在すると見られていますが、開発には限界がありました。

安全保障の面でも状況が変化しています。
北極は東西冷戦時代アメリカと当時のソビエトが北極をはさんで対峙(じ)し、核ミサイルを積んだ潜水艦が展開、通過する海域でした。
しかし、新たに軍の水上艦艇が航行したり、軍の基地を置いたりすることが容易になり、重要性が増しているのです。

ここからは北極圏をめぐる各国の思惑を見ていきます。

j210526_04.jpg

③ロシアの思惑
まずロシアです。
この地域に最大の領土、沿岸を持つロシアは、その中心的な存在であることを自任し、この地域を戦略的に重視し、影響力の拡大を図ってきました。

ロシアは2001年から自国の大陸棚が北極点まで伸びていると一方的に主張。
2007年にはロシアの科学者らが、北極点の海底にロシア国旗を立てるパフォーマンスを行いました。
ラブロフ外相も「北極圏はもともとロシアの領土だ」と主張し、沿岸を航行する船に事前の許可を求める方針を表明し、物議を醸しました。

ロシアにとって北極海航路の推進は、歴史的に不凍港を求め、南下政策を続けてきた歴史を踏まえますと、海洋政策の局面をかえる大きな転換となります。

さらにこの地域の天然資源開発は、外貨収入の20%あまりを占め、ロシア経済に欠かせない存在となっています。
北部のヤマル半島ではLNG=液化天然ガスの開発が進められ、2017年から出荷を開始。日本や中国にも輸出しています。

軍事面でも存在感を強めています。
この地域で最大規模の軍の基地を整備して地上部隊を配置するとともに、空港の滑走路も拡張。このところ原子力潜水艦も動員した大規模な軍事演習を実施しました。

j210526_05.jpg

④対抗するアメリカ
これに警戒感を強めているのがアメリカです。
ブリンケン国務長官は、ラブロフ外相の発言に対し、「違法な海洋権益の主張だ」としてロシアをけん制しました。

アメリカはロシアの軍事的な動きを念頭に、おととし国防総省が新たな「北極戦略」を発表。
2017年以降、訓練目的でノルウェーに派遣している海兵隊を、倍以上の700人まで増員する計画です。
2018年には27年ぶりに空母をノルウェー沖に派遣して航海訓練を行い、ロシアに対抗しようとしています。

j210526_06.jpg

⑤・食い込む中国
ここに食い込もうとしているのがアメリカと覇権を争う中国です。

沿岸国ではないものの、北極海航路を、習近平国家主席が掲げる「一帯一路」構想の陸と海に続く「氷のシルクロード」と位置づけ、船の航行やグリーンランドの資源開発に入り込もうとしています。
調査用の砕氷船を毎年夏に北極海に派遣して調査活動を行い、潜水艦の航行に備えた軍事的な目的もあるのではないかという見方も出ています。
かつて北極圏のアメリカの領海で中国海軍の艦艇の動きが確認されたこともありました。

こうした状況を踏まえ、アメリカのバイデン大統領は今月、北極などの海洋秩序について、「中国やロシアといった国々の問題行動で挑戦にさらされている」と述べ、警戒感を示しました。

j210526_07.jpg

⑥日本の対応は
では日本はどのように関与しているのでしょうか。
日本は、北極海の問題を、海洋国家として国益に関わる大きな問題と位置づけ、官民協力して関与していく方針を示しています。
今月も文部科学省が、北極評議会の議長国アイスランドと連携しながらオンラインで北極科学大臣会合を開き、科学調査・研究などの分野で貢献していく姿勢を示しました。
また、ロシアのヤマル半島で産出されたLNGが北極海ルートを通って日本に輸出される量は今後増えることが見込まれ、日本企業も2023年から稼働が予定される新たなLNGの開発プロジェクトに出資して参加しています。
日本は世界最大のLNG輸入国であり、この分野でも北極圏の重要性は高まっていきそうです。

j210526_08.jpg

⑦課題は
では課題はどこにあるのでしょうか。

先週の北極評議会ではひとまず大枠では、この地域で平和と安定、持続的な開発にむけて協力していくことで一致しました。

しかし、ロシアとアメリカ、中国の3つどもえで覇権争いとも言われる駆け引きが先行するなか、北極にとって最も重要な温暖化の対策や環境保護で協力態勢が構築できるかどうか、これからその真価が問われます。

また北極をめぐる2030年までの戦略計画では、具体的な国際的なルールづくりはこれからになります。
ロシアが外国船に事前通告や砕氷船の同行を求めたりして、自国に有利なルールづくりを主張していくことになれば、各国と対立することも予想されます。

さらに北極評議会は本来、軍事や安全保障の問題は取り扱わないことになっています。
しかし大国を中心に軍事的な存在感を強めている現状をみますと、この分野でもいっそうかけひきが強まるおそれがあり、歯止めをかけたり対話を促したりする枠組みが必要となっていきそうです。

北極圏の問題は地球規模の課題です。
大国の思惑に左右されず、建設的な協力関係を築くことができるかどうか、日本も関係国と連携しながら積極的に関与していく必要があると考えています。

(安間 英夫 解説委員)

キーワード

関連記事