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「ワクチン接種本格化 体制どう強化する」(時論公論)

米原 達生  解説委員

高齢者への新型コロナワクチンの優先接種が本格的に始まりました。感染力の強い変異ウイルスに置き換わりが進み、感染拡大を防ぐのが難しくなっている中で、ワクチン接種のスピードを引き上げられるかどうかは、新型コロナ対策の最大の焦点になっています。しかし接種体制を強化するには課題も残っています。

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■本格的に始まった接種
今週、東京と大阪で自衛隊による大規模接種が始まりました。1日で1万5000人程度の接種を目標にしています。高齢者の接種対象が3600万人で2回接種することを考えると、影響の大きい数字ではありませんが、海外に比べてワクチン接種が遅れている中で、体制構築の起爆剤となることが期待されています。

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こちらの図の青い棒グラフは高齢者のワクチンの接種回数の累計です。4月12日に始まった高齢者向けの優先接種は、当初、国から市町村に供給されるワクチンの量が限られていたため、あまり進みませんでしたが、大型連休明けから各市町村で本格的に接種が始まりました。1日の接種回数は徐々に増え、5月24日はおよそ23万回となっています。しかし1回目の接種を終えた高齢者はおよそ250万人、まだ全体の7%程度です。
一方、国からのワクチンの供給計画を赤の折れ線で書き加えると、この2週間で加速度的に増えています。先週末までに合わせて2500万回分以上が供給されていることになり、これに対して接種回数はスピードアップが遅れています。
その主な原因は、今は供給から接種までの時間のずれです。市町村からは「いつ何回分のワクチンが来るのか、スケジュールが分かるのが直前で体制が取れなかった」という声が聞かれますし、医療機関もワクチンが来ないおそれがあるのに予約を受け付けることはできなかったわけです。しかし、自治体に届いたワクチンは今、冷凍庫に十分にあります。ワクチンの接種を加速できるかどうかは、供給の問題から接種体制の問題に、これから一気に切り替わるのです。

■接種スピードアップの壁
国は1日の接種回数を100万回、7月末までに希望する高齢者にワクチンを接種するという目標を掲げています。それを実現するうえで最大の壁となるのは、医師や看護師の確保です。7月末の目標については市町村の93%が可能だとしていますが、この数字、「医療従事者が確保出来れば」という条件の自治体も含まれています。

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では接種に必要な医療スタッフを確保できていない自治体はどの程度あるのでしょうか。厚生労働省が先月行った調査によりますと、集団接種の「医師が足りない」と答えた市町村が18%、「看護師が足りない」と答えたのが22%でした。足りていると答えたのは、医師は44%、看護師は36%にとどまっていました。
集団接種の多くは、地元の医療機関から医師と看護師のチームで来てもらいますが、平日の診療がある中でどの程度参加してもらえるかは医師会などとの協力関係によります。クリニックで行う個別接種をどの程度できるかも診療時間の確保との兼ね合いになります。
そして看護師は集団接種会場で、接種を実際に行う、いわゆる「打ち手」を担ううえ、ワクチンの注射器への充填、接種後の状態観察なども広く担うことになっています。まとまった人数が必要で、不足している市町村が多いのです。

接種のスピードを上げた海外の国を見ますと、担い手はもっと多種多様です。イギリスでは救急救命士や理学療法士、薬剤師、学生看護師が、アメリカでは薬剤師、薬局技師、歯科衛生士、医学生が接種を担っています。今は平常時ではなく緊急時という認識が、接種の担い手を広げています。
日本国内も先月、歯科医師を接種の担い手にできるようにしたほか、救急救命士や臨床検査技師なども打ち手として認められないか検討することにしています。海外と日本では各職種の業務内容は違いますし、日ごろから接種している医師や看護師が優先なのは当然です。しかし、今後高齢者の優先接種が終われば、その2倍の数の一般の接種に移っていくことになります。より多くの人が接種を担えるよう、今のうちに準備をしておく必要があるのではないでしょうか。

■集団接種のスピードを妨げるのは…
加えて、限られた時間と医療スタッフで多くの人に接種することも課題です。

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国が示しているレイアウトでは、会場に問診と接種の複数の列を作り、接種を受ける人は予診票を元に医師から接種の判断を受けてから、看護師に接種をしてもらうという流れです。患者を医療従事者が待ち受ける普段どおりのレイアウトで、接種できる人数の目安は1列あたり1時間に20人程度とされています。
ところが、予診票でチェックが入っているのに飲んでいる薬の種類が分からないなど、問診に時間がかかるケースが出ています。そして何より、高齢者では椅子に座ったり立ち上がって移動したりする時間も想定通りにはいきません。一人が遅れるとその後ろも遅れてしまうため、目安の時間通りにはいかず、医師たちからは「もっと打てるはずなのに」という声も漏れてきます。

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これに対応する自治体もあります。東京・調布市や静岡県三島市などでは、高齢者が移動するのではなく、医療スタッフが動く形にしました。一列に並んだ高齢者を順番に問診しそのまま接種。判断に迷うケースは別の医師がじっくり話すという形です。この方式で、調布市は医師1人当たり1時間に36人、今後は48人にペースアップするとしています。
ワクチン接種のスピードを妨げるのが予診のところもあれば注射器への充填や状態観察のところもあり、課題は山積しています。こうした大がかりのワクチン接種は初めての経験ですから、現場で起きるトラブルや取り組みを共有し、うまくいった取り組みは国や県がバックアップしながら、すぐに広げていくことが重要だと思います。

■接種の進捗に地域差 その裏に…
ワクチン接種の進捗を都道府県別に見ますと、別の問題も見えてきます。

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こちらはワクチンの接種が1回でも終わった高齢者の割合を都道府県ごとに色分けしたものです。まだ市町村が報告していないケースもあるので、厳密な比較はできませんが、色の薄いところほどその割合が低いところで、当初、人口規模に関わらず各自治体に平等にワクチンを供給したため、人口で割ると小さい自治体の方が接種が比較的進んだという事情も大きいのですが、地域差が広がるのは好ましくありませんし、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が出されている都道府県にワクチンの接種が進んでいないところが多いのは気になるところです。

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感染が拡大している地域では「病院から『コロナ診療で医師も看護師も長期間休んでいないのでワクチンに人は出せない』と断られた」という自治体の声も聞きます。感染拡大によってワクチン接種のスピードが上がらず、結果として感染拡大を防げないという悪循環は避けなければなりません。そのためには私たち市民も感染予防に一層協力していく必要があります。

■接種は感染拡大とのスピード勝負
日本国内は全国的に変異ウイルスに置き換わり、今は感染力がさらに強いと指摘される、インドで初めに見つかった変異ウイルスも迫ってきています。こうした中ではワクチンの接種は感染拡大とのスピード勝負でもあります。ようやく見えつつあるコロナとの戦いの出口に近づくためには、いかに緊急時としての覚悟を持って体制を作るかが問われていると思うのです。

(米原 達生 解説委員)

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