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「人権で激突する米中~日本企業の苦悩」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

米中が人権問題をめぐって激しく対立する中で、日本企業のビジネスにも深刻な影響が及んでいます。先週、アメリカ政府が人権問題を理由にユニクロのシャツの輸入を差し止めていたことが明らかになりました。今後ほかの日本企業がこうした状況に遭遇することも予想されます。この問題の背景と、日本の企業、そして政府はどう対応すべきか考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです

1) アメリカ政府 人権侵害で強硬姿勢の狙い
2) バイデン政権の人権攻勢と“協調圧力“
3) 日本はどう対応すべきか
です。

1) アメリカ政府 人権侵害で強硬姿勢の狙い

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まず具体的な事案から見ていきます。
アメリカの税関当局は今月10日付けの文書で、ユニクロのシャツの輸入を、今年1月に差し止めていたことを明らかにしました。アメリカ政府は、中国の新疆ウイグル自治区で生産された綿製品が、ウイグル族の人々の強制労働によって生産された疑いがあるとして、アメリカへの輸入を停止しています。ユニクロ製品の輸入差し止めは、この措置に違反した疑いがあるというのが理由だとしています。

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 新疆ウイグル自治区をめぐっては、オーストラリアの研究機関が去年3月、世界の80社余りの大手企業がウイグル族の人たちの強制労働によって利益を得ているとする報告書をまとめました。そこにユニクロも含め10社余りの日本企業の名前もあげられています。

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これに対し、ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井会長は先月の記者会見で、新疆ウイグル自治区から調達した綿花を使用しているかどうかについて「政治的な質問にはノーコメントだ」とする一方、「取引先の工場で強制労働などの問題があれば即座に取引を停止している。人権は非常に大事で、やるべきことはすべてやっている」と述べ、取引先の企業に問題はないとしています。ファーストリテイリングは、輸入を止められた製品についても、「原材料はオーストラリアなどから調達していて、中国とは関係ない」としていますが、アメリカの当局は「証拠が十分でない」として却下しました。新疆ウイグル自治区の産品をめぐっては、ユニクロの他にも原材料として調達している日本企業があり、今回明らかになった輸入差し止め措置は、人権問題でひろく日本の企業をけん制するねらいがあったのではないかという見方も出ています。

2)バイデン政権の人権攻勢と“協調圧力”

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ここからは今回の問題の背景についてみていきます。
アメリカはバイデン政権になって以降、人権問題で中国に対する攻勢を一段と強めています。バイデン大統領は米中関係を「21世紀における民主主義と専制主義の戦い」と位置づけ、民主的な価値観に対する中国の挑戦に対処するとして、経済や安全保障に加え、人権の分野で中国に対抗していく姿勢を鮮明にしています。

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とりわけ新疆ウイグル自治区については、100万人をこえるウイグル族の人たちなどが収容所に拘束されていると指摘。さらに不妊手術の強要や、強制労働に加え、宗教の自由が厳しく制限されているとして、民族などの集団を破壊する意図をもって危害を加える、いわゆる「ジェノサイド」が行われていると主張。これに対し中国側は、「新疆ウイグル自治区では労働者の権利を守り、各民族に職業訓練の場を提供し、仕事を生み出してきた」などとして、アメリカの主張は「世紀の嘘」だと激しく反発しています。しかしその一方で習近平指導部は、ウイグル族に対し、今後も思想や宗教の統制を徹底していく方針を明確にしています。

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このようにまったく異なる価値観をもつ中国に対し、バイデン政権は、価値観を共有する国々と歩調を合わせて対峙していく姿勢を鮮明にしています。実際に先月の日米首脳会談では、かつては激しい日米経済摩擦の舞台となったハイテク分野での連携を打ち出し、5Gや6Gなど次世代の通信規格の開発や半導体の重要技術の育成などで協力していくことで合意しました。

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総理の訪米に同行した政府高官は、「アメリカは中国と対抗するうえで同盟国と摩擦を抱える余裕はないのだろう」と感じたといいます。こうした中で、新疆ウイグル自治区の人権問題をめぐっても、共同声明に「深刻な懸念を共有する」という文言が盛り込まれ、アメリカが人権問題でも日本との協調を望んでいることをうかがわせました。

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これに対し菅総理大臣も「普遍的価値について譲歩する考えはない」と強調。ただアメリカや、アメリカと同様に高い人権意識をもつといわれる欧州各国が、人権問題を理由に中国に制裁措置をとっているのに対し、日本は根拠となる法律がないとして制裁措置にまで踏み込んでいません。欧米各国が中国に厳しく当たる中、今後、日本に対し、中国に一段と強い対応をとるよう迫ってくることも考えられます。

3)日本はどう対応する

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 こうした中で日本はどう対応したらよいでしょうか。企業の人権に対する姿勢は、もとより消費者や投資家からも、厳しい目が向けられています。やはり大前提として日本企業に求められるのが、人権の意識を一段と高めることです。
さらに、原材料や部品の調達の過程に中国など人権侵害が疑われる国が絡む場合には、直接の仕入れ先の企業だけでなく、その先や、さらにその先の取引相手も含めて人権侵害が行われていないか入念に確認すること。そして人権侵害の事実が確認できればただちに取引をやめるという方針を徹底することが求められます。

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 ただ厳しい情報統制が敷かれる中国では、十分なチェックができないおそれもあります。これについて国際的な輸出管理体制に精通し、経済産業省の貿易管理部長も務めた明星大学の細川昌彦教授は、「企業が調達先から強制労働に関与していない誓約書や保証を取るなどの仕組みを作る必要がある」と提唱。さらにこうした課題を企業任せにしておいてはいけないと訴えています。

では日本政府にはどのような行動が求められるでしょうか。
一つは欧米各国との連携を深め、衛星写真や関係者から得た情報を共有するなどして、事実関係の客観的な把握に努めることです。
さらに中国政府に対する一段と踏み込んだ働きかけも求められます。中国側が人権侵害の事実がないと主張するなら、中立的な立場に立つ国連などによる調査団を新疆ウイグル自治区に受け入れて、疑いを晴らせばよい話です。日本政府は、中国との話し合いを通じて、現地調査の実現にむけて外交努力をおこなっていくべきではないでしょうか。

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一方で、日本政府や日本企業が中国に厳しい対応を打ち出せば、アメリカの理解は得られるかもしれませんが、中国側の反発を買うリスクも高まります。実際に、スウェーデンの衣料品大手「H&M」は、新疆ウイグル自治区から綿の調達をやめると公表した後、中国の大手通販サイトで商品が検索できなくなったうえ、ネット上で商品を買わないよう呼びかける投稿が相次ぐ事態となりました。企業は人権問題で厳格な対応をとることで、中国という巨大な市場でのビジネスを失うおそれもあるのです。そのことを懸念して企業が人権問題で及び腰になるのを避けるためにも、政府のサポートは欠かせません。さらに日本を含め個別の国が狙い撃ちされることのないよう、欧米諸国と固いスクラムを組んで中国に対峙していく必要があります。

人権の尊重という普遍的な価値を守るための行動に踏み出す一方で、巨大な市場でもある中国とのビジネスを維持していくことができるのか。日本の政府と企業は、このきわめて難しい課題に、答えを見つけることが求められています。

(神子田 章博 解説委員)

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