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「奄美・沖縄"世界自然遺産"に問われるもの」(時論公論)【取材後記あり】

土屋 敏之  解説委員

鹿児島県の奄美大島と徳之島、沖縄県の沖縄本島北部と西表島にある森林などについて、10日、ユネスコの諮問機関が、世界自然遺産に登録するのにふさわしいと勧告しました。
これらの地域は国内では20年近く前から候補地になりながら、一度は政府が推薦の取り下げを余儀なくされるなど紆余曲折を経てきました。
そして今後は、観光客の増加により貴重な自然が損なわれることは無いかなど私たちにも関わってくることになります。
この奄美・沖縄4島への勧告が意味することと今後の課題について、「勧告の意味と評価」「推薦取り下げからの再出発」、そして「世界遺産がゴールではない」の3つのポイントから考えます。

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新型コロナの影響で去年の世界遺産委員会が延期され、今年7月に2年分の候補地を審査することになったユネスコの世界遺産委員会。候補地を世界自然遺産に登録するかどうかを判断する上で最大の根拠とされるのが、諮問機関であるIUCN・国際自然保護連合の専門家による現地調査などを踏まえた勧告です。
勧告は評価の高い方から順に、世界遺産にふさわしいとする「記載」から、ふさわしくないとする「不記載」まで4段階あり、今回奄美・沖縄の4島は最も高い「記載」の評価でしたから、世界遺産に登録される可能性は極めて高くなったと言えます。
この4島はアマミノクロウサギやヤンバルクイナ、イリオモテヤマネコを始め世界でもここだけにしかいない希少生物の宝庫で、多くの絶滅危惧種も棲息する、その生物多様性が高い評価を受けました。
これは、4島を含む琉球列島が数百万年前にユーラシア大陸から別れ、時にまた島々がつながるといった独自の成り立ちをしてきたことで育まれたものです。

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日本には既に23の世界遺産がありますが、多くは文化遺産としての登録で、自然遺産は屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島の4つだけです。奄美・沖縄が登録されれば5つ目となり、近年新たな世界遺産の数が絞り込まれるようになってきた中、国内で最後の自然遺産になるとも言われます。

しかし、ここまでの道のりは容易ではありませんでした。奄美・沖縄の推薦地に相当する「琉球諸島」は、既に2003年に知床や小笠原諸島と共に国内候補地に選定されていました。
しかし、多くの人が住む島々の中で具体的にどこを保全すべき地域にして推薦するのか?など課題が多く推薦までには長い時間がかかりました。
2017年に政府が初めて推薦書を提出したものの、IUCNは専門家による現地調査などの結果、下から2番目の低評価である登録の延期を勧告。政府はまさかの推薦取り下げを余儀なくされました。そして翌年、指摘された課題に対処した上であらためて推薦し、今回に至りました。

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前回は一体、なにが課題とされたのでしょう?
奄美・沖縄がこれまでの国内の自然遺産とも異なるのは、4つの島に別れ、しかも多くの人が住む地域と希少動物の生息地が近接したり入り交じっていることでした。このため、前回の推薦地は4島あわせて実に24か所にも分かれており、沖縄本島などでは1キロ四方に満たない小さな飛び地も数多くありました。このような小さな飛び地が点在する状態では貴重な生き物の生息環境として保全していくのは困難だと見なされました。
そして当時、沖縄本島ではアメリカ軍北部訓練場の半分以上が返還されたところでしたが、推薦地には入っていませんでした。IUCNは、これを推薦地に加えることで分断された生息環境を結びつけることも求めました。
さらに、アマミノクロウサギなど希少動物を外来生物であるマングースや野生化した猫が襲う問題への対策を進めることや、絶滅危惧種の生息状況の悪化に対するモニタリングなど、幾つもの課題を指摘したのです。

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こうした課題に対しその後、国と地元自治体、そして住民も取り組みを進めてきました。
沖縄本島では北部訓練場返還地の大半を推薦地に加え推薦地をひとつながりにして小さな飛び地を無くしました。
外来生物対策でもマングースの駆除が進んだことに加え、飼い猫を屋内で飼育したり不妊手術をする必要性などへの住民の理解も深まりつつあります。
IUCNの評価の中には、こうした日本の前回からの修正や指摘された問題への対処の努力を称賛するともされていて、これが今回、「世界遺産にふさわしい」との勧告につながったとも見られます。

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一方で今回も手放しで評価されたわけでは無く、幾つもの課題が指摘されています。
まず、世界遺産登録後に予想される観光客の増加が希少生物の生息環境に悪影響を与えないよう対策が必要だというもの。特に西表島で観光客の上限を設けるなどの対応を求めています。
また、ヤンバルクイナやイリオモテヤマネコ、アマミクロウサギなど希少動物の交通事故死を減らす対策も必要とされました。実際私もこれまで現地を取材してきて、車で入れる路上でもヤンバルクイナやアマミノクロウサギなどを見かけることもありました。対策をとらなければ、今後観光客の増加でさらに事故は増えるでしょう。
他にも、こうした生物多様性を支える上で重要な河川の環境の改善や、世界遺産地域の周辺での森林の伐採を管理することなども挙げられました。
そしてこれらの指摘に対し、来年12月1日までに対応状況をユネスコに提出するよう求めています。

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こうして見ると世界遺産になることはゴールではなく、むしろ環境保全をより進めていくスタートだとも言えます。
世界遺産はともすれば地元の観光の起爆剤といった期待で語られがちですが、そもそも世界遺産条約では、世界遺産を「顕著な普遍的価値」を持つものとして各国にそれを保全し将来世代に伝承する義務を掲げているものです。観光客が増えて環境が悪化するようでは、世界遺産にする意味が無いと言えます。
典型的なケースが、かつて南米のガラパゴス諸島で起きたことです。1978年に最初の世界遺産の1つとなったガラパゴスでは、急激な観光地化とそれに伴う人口の急増によって環境の悪化や希少種の密猟など問題が噴出し、2007年ユネスコは一種のブラックリストと言える「危機遺産」に入れました。その後、エクアドル政府などの対策強化でガラパゴスは危機遺産リストから外れることができました。
しかし他の国では、「世界遺産としての価値を失った」と見なされ登録を抹消されてしまったケースも実際にあります。
奄美・沖縄の4島も、新型コロナウイルスが収束に向かえば観光客の急増が予想されます。指摘された課題に対し例えば、希少生物の生息地などは認定ガイドによるエコツアー以外では入れないようゲートを設けて管理するなど、具体的な対策が必要でしょう。

数百万年をかけて育まれた貴重な自然が人類の財産としてかけがえの無い価値を認められる以上、それを次世代に受け継いでいくことは私たち世代の責任と言えます。これから先、国・地域・そして観光で訪れる私たちにも問われていくことになります。

(土屋 敏之 解説委員)


【取材後記】

3年前、「日本がこれまで推薦した世界自然遺産の候補地で落ちたものはないから・・・」と言われていた中で、突きつけられた「登録延期」の勧告。国や地元自治体、関係者の間に少なからぬ衝撃が広がったのをよく覚えています。
私自身も、政府関係者がそういうのだから今回もおそらく認められるのだろう、と漠然と思っていた面がありました。
 ただ、IUCNの評価内容を詳しく読むと指摘はもっともな点が多く、それまで文化遺産も含め、地域の観光資源の価値を増す一種の勲章のように見られがちな面があった世界遺産の意味や価値というものを、あらためて考え直すきっかけにもなったと思います。
 そして今回、まだ世界自然遺産に決定したわけではありませんが、いずれにしてもこの地域の生物多様性は、次世代へと残して行くべき価値があるものだと言えるでしょう。
また前回の「挫折」から、地域のNPOなどをはじめ多くの人たちが、これらの島々の自然のかけがえの無さをあらためて見直したり取り組みを重ねてきた、そのこと自体に極めて大きな価値があると思います。
そしてそれは、世界遺産になろうとなるまいとゴールではないのだと思います。

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