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「デジタル庁発足と個人情報保護」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

コロナ・ショックの中で、あらわになった行政のデジタル化の遅れ。
その遅れを挽回するためのデジタル庁が今年9月、発足することになりました。
デジタル化の取り組みは待ったなし、時間との闘いです。
ただ、この関連法案をめぐる国会質疑で大きな焦点となったのは、
デジタル化で利用が進む個人情報をどうやって保護するのか、という、
もう一つの重要な問題でした。

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【 何が焦点か? 】
そこできょうは
▼国と自治体で始まる“二つの共通化”
▼懸案だった「2000個問題」
▼カギを握る個人情報保護委員会
この3点について、考えていきます。

【 なぜデジタル庁か? 】
まず政府がデジタル庁を急ぐ最大の理由。
それは言うまでもなく、今回のコロナ禍で浮き彫りになった、
行政サービスのデジタル化の遅れです。

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一律10万円の給付では、オンライン申請がうまくできずに混乱が広がり、
国民から強い批判があがりました。

また現在進められているワクチンの接種でも
各自治体で予約システムや記録システムが
うまく使えないケースが多発していて問題となっています。
これについて平井デジタル改革担当大臣は、国会質疑の中で
「もっと準備ができていれば、こうはならなかった。
 デジタル庁を作る一つの理由だ」と述べています。

こうした中、菅総理大臣の
「世界最先端のデジタル化社会を目指す」という旗振りで
急ピッチで準備が進められ、
63本もの関連法案を一つに束ねて審議を急ぎ、
政権発足からわずか8か月という短期間で成立にこぎつけたわけです。

【 暮らしが便利に 】
今回の法律で何がどう変わるのか?まず身近な例でみてみます。

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さきほどの平井デジタル改革担大臣は、その目指す姿を
「スマートフォンで、
60秒であらゆる手続きができるようにする」と説明しています。

実際、今回の法律によってマイナンバーカードの機能が、
スマホに搭載できるようになり、
今後、銀行口座の開設や確定申告がスマホ一台でできるようになります。

また、マイナンバーを使った公金受け取り口座も始まります。
希望者がマイナンバーと一緒に専用の銀行口座を一つ、登録しておけば、
いちいち申請手続きをしなくても
児童手当などの公的な給付金を素早く受け取れるようになります。

【 デジタル庁の概要 】
そして、今回の法律の最大の柱が
国と自治体の間で進められる、二つの共通化です。
一つはデジタル庁が進める国と地方の行政システムの共通化です。

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まずデジタル庁は、今年9月に内閣直属の組織としてスタートします。
総理をトップに、担当閣僚や「デジタル監」と呼ばれる、
事務次官に相当する特別職が置かれます。
デジタル監は民間人材が起用される予定で、
職員500人のうち、2割にあたる100人以上も民間から採用されます。

またデジタル庁は、デジタル政策の司令塔として、
各省庁のシステム関連予算を一括管理し、
デジタル化の取り組みが不十分な省庁には改善を勧告できるという強い権限を持ちます。
こうした強力な立場で霞が関の縦割り組織をどこまで打破できるかが焦点です。

【 行政システムの共通化 】
そして事業の最大の柱が、行政システムの共通化です。
冒頭にもふれた、一律給付金やワクチン予約の遅れは、
各省庁や、各自治体のシステムがバラバラで
データを共有できないことが背景にあります。

このため、デジタル庁は、
まず、ガバメント・クラウド=政府クラウドと呼ばれる
各省庁がオンラインで情報をやりとりする共通の行政システムを作ります。
そして、そこに各自治体がアクセスしてこのクラウド上でデータを管理します。

さらにこのクラウドで業務を行うのに必要なソフトも
クラウドでオンラインで利用できるようにすれば
各自治体は最小限のコストでデータをやりとりすることが可能になります。

【 個人情報保護ルールの共通化 】
そして、もう一つの共通化は、個人情報保護ルールの共通化です。
具体的には、長い間の懸案であった、「2000個問題」の解消です。

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そもそも個人情報を保護するルールは、
各自治体が、国に先行する形で、独自に条例を作って、守ってきました。
1700の市町村、それに都道府県や広域連合など、
全国およそ2000の自治体が、それぞれに条例を持ち、
保護する個人情報の定義や利用するための手続きをそれぞれで決めているため、
これまで「2000個問題」といわれてきました。
これが、今回のコロナ禍でも問題となりました。
たとえば入院中の患者の容体が悪くなって別の病院に移る際に、
患者の治療の経緯などのデータが
転院先の病院に提供されないという問題が一部で起きました。

重要なデータが提供されなければ、治療に支障をきたすだけでなく、
緊急時には取返しのつかない事態にいたるおそれさえあります。
多くの条例では、
本人の同意がなければ個人情報を提供できないという仕組みになっているため、
重症化して同意がとりにくい場合に病院側がこれを厳格に解釈した可能性があります。

また、こうした事例は、東日本大震災の時にも問題となりました。
行方不明者を捜索するために、
被災者支援団体などが避難所に安否確認の問い合わせをしても
これに応じる自治体もあれば、
条例で認められていないとして回答を拒否する自治体もあり、
判断の妥当性が問われました。

こうしたトラブルを解消するため、
今回の法律では、今後、国が個人情報保護についての共通ルールを定め、
各自治体はそれに合わせて条例を見直すよう求められることになりました。

ただ、現状では、国と自治体とで
基本的な所で見解が分かれている部分も少なくありません。

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例えば国は現在、生きている人の情報だけを保護の対象としていますが、
自治体の中には、亡くなった人についての情報も、
その人の尊厳を守るため、個人情報として保護するルールを設けている場合があります。

今後、国はまず早急にガイドラインを示して
自治体にルールの見直しを求めていく方針ですが、
共通ルールの作成をめぐって、今後、大きな議論になることも予想されます。

【 鍵をにぎる個人情報保護委員会 】

最後に、この個人情報保護をめぐって
今回の法案審議の過程で、気になる事実が明らかにされました。
それは民間へのデータ提供をめぐる問題についてです。

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実は政府は、役所が持つ個人情報のうち、一定のものについては、
その人が特定できないように、
いわゆる匿名加工などを施したうえで民間に提供する事業を行っています。
政府は、まず、提供可能な情報リストを公開していて、
その中に、米軍横田基地をめぐる訴訟の、
原告名簿などが含まれていたことが明らかになりました。

政府はその後、リストから外す考えを示しましたが、
たとえ匿名加工されても、
こうした微妙な情報まで本人が知らないうちに提供される可能性があったことは驚きで、
国会では野党側から「国民監視につながるものだ」と、厳しい批判があがりました。

今後、こうした問題のカギを握るのは、個人情報保護委員会です。
委員会は、本来、民間の個人情報のあつかいを監督してきた組織ですが、
今回の法律によって各省庁と自治体を含む、官民すべての組織について、
個人情報が適切に管理されているかどうか、目を光らせることになりました。
現状の150人体制のままでは、対応できないことは明らかで、
今後、体制の強化が急務となります。

菅総理大臣は、デジタル庁の誕生に向けて
「誰もがデジタル化の恩恵を受けられる社会を作りたい」と
意気込みを語っています。
しかしそれは、しっかりとした情報の保護があってこそです。
誰もが安心できる、行政のデジタル化が求められています。

(竹田 忠 解説委員)

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