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コロナ禍の憲法

曽我 英弘  解説委員

日本国憲法の施行から5月3日で74年。
新型コロナウイルスの感染拡大が続き、憲法が保障し私たちにとって当たり前だった自由や権利が制約されるケースも増えました。コロナ禍で浮き彫りとなった憲法上の課題と、政治にいま何が問われているのか考えます。

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【コロナ禍の憲法記念日】
5月3日の憲法記念日はことしもコロナ禍で迎え、3度目の緊急事態宣言下にある東京、大阪、兵庫、京都の4都府県では商業施設などが休業などを求められています。最初に国内で感染が確認されてから1年3か月余り。政府などによるこれまでの対策には一定の効果もみられた一方で、憲法との関係では議論や、混乱も起きました。

【営業の自由、財産権と“補償”】

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最も議論となったひとつが営業の自由や財産権と、「補償」との関係です。
憲法は営業の自由を保障し、財産権を「侵してはならない」と規定する一方で「正当な補償の下に公共のために用いることができる」としています。政府は新型コロナ対策の特別措置法に基づき、過去3回緊急事態宣言を発出し、特に去年4月の最初の宣言の際には、欧米のロックダウンと同じような効果を上げました。しかしその経済的損失について政府は、社会全体の利益のためにはある程度の制約が認められ、憲法上の補償の対象には必ずしも該当しないとしてきました。
その一方でことし2月の法改正によって、休業や営業時間短縮の要請に応じた事業者への財政措置が義務つけられ、今回の3度目の宣言下で政府は新たな協力金として、休業要請に応じた百貨店やショッピングセンターなどの大型商業施設には1店舗あたり1日20万円、入居しているテナントには2万円を支給することにしているほか、東京都は独自の取り組みとして中小の施設にも1日2万円の支援金を用意しています。ただ、事業者からは、「損失の補填は十分とは言い難く、地方自治体の支援もその財政力によってバラツキがある」として、現状に不満の声も出ています。
感染防止対策を徹底し実効性を上げるため、政府や地方自治体の経済的支援がいかにあるべきか。憲法との関係も含め議論が続きそうです。

【強制力強化、罰則の是非】

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感染防止対策をめぐる強制力のあり方や、罰則の是非も議論となりました。
当初慎重な構えだった政府は2月の法改正で、全国知事会の働き掛けも踏まえ都道府県知事による休業や営業時間短縮の要請や命令に応じない事業者に緊急事態宣言下で30万円以下の過料を科すことを可能にしました。これについて政府は、繰り返しの要請にも応じない事業者が少なからずいたことを理由に挙げ、要請に応じなければ命令に切り替え、それでも拒否すれば罰則と手続きを踏み、慎重に運用していくとしています。ただ事業者などの反発も強く、東京都から営業時間を短縮するよう命令を受けた飲食店の運営会社が、特別措置法は営業の自由などを保障した憲法に違反し、命令は違法だとして都に賠償を求め訴訟を起こしています。
対策の強制力を強め、罰則も盛り込んだことで今後、補償を法的に明確に位置付け、実態に応じた財政措置を求める声がいっそう強まることも予想されます。

【居住・移転の自由は】

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経済的自由以外に議論となったのが身体的自由、具体的には居住や移転の自由との関係です。
特別措置法と並んでコロナ対策の法的根拠である感染症法は2月の改正で、他人を意図的に感染させるような行為でなくても罰則の対象とし、入院を拒否したり入院先から逃亡したりした場合、50万円以下の過料を科すことが可能になりました。これについて感染者が自由に街を出歩けば、他人を危険にさらす以上当然だという考えがある一方で、入院や自宅で療養できない人にはそれぞれ事情があるケースもあり、法律で強制するのは憲法上問題だという意見もあります。
またハンセン病患者を強制的に隔離した過去の教訓から、いわれなき差別や偏見を招きかねないとの懸念も出ています。
さらに保健所の疫学調査に応じず、行動履歴や人との接触の有無などを開示することを拒否した場合に過料を科すことにしたのもプライバシー保護の観点から疑問の声もあります。

【国民生活で課題浮き彫り】

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これまで見てきたほかにもコロナ禍では、国民生活の多くの場面で課題が浮き彫りになりました。中でも憲法にある生存権を保障する上で重要な医療が、一部地域で崩壊する懸念が高まっているほか、保健所の体制も十分ではないと指摘されています。また国や地方自治体の協力要請に応じない店舗や市民を糾弾する「同調圧力」や「自粛警察」などといった風潮も問題となっています。さらには都道府県知事が法律や条例に基づかない宣言や警報を独自に出すことについて、より厳しい措置や規制を求める立場から賛同する意見がある一方で、「法の支配」の観点から疑問視する見方もあるなど、世論は複雑な状況になっています。
基本的人権を尊重しつつ、感染症の拡大を防止し収束を図るという公益、公共の福祉のために個人の自由や権利をどこまで制約することが許されるのか。これまでになく問われています。

【国会の憲法論議は~緊急事態条項】

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では今回の事態を受けて、国会での憲法論議はどうなっているのでしょうか。
自民党内では憲法を改正し、国家的危機に備えるべきだという声が強まっていて、ポイントとなるのが緊急事態条項の創設です。これは自民党が当初想定していた巨大地震などに加えて、新型コロナウイルスのような感染症が流行した際にも内閣に強い権限を認め、法律と同じ効力を持つ政令を制定することなどを可能にすべきだという考えで、党の憲法改正4項目案のひとつです。
緊急事態条項は他の国でも例はありますが、日本国憲法は災害や武力攻撃など事態の内容に応じて個別の法律で対応してきました。自民党は「日本は有事対応ができていない。憲法そのものに問題がある」と主張し、日本維新の会や国民民主党も議論すべきだとしていますが、立憲民主党は今の憲法や法律でも十分な対応が可能だという立場で、共産党は憲法改正自体に反対しています。

【焦点の国民投票法改正案】

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また今国会で焦点の一つとなっているのが、憲法改正の手続きを定めた国民投票法の改正案の取り扱いです。改正案は投票機会を増やして利便性を高めようと、地域をまたぐ「共通投票所」を駅や商業施設に設置するなど、一般の投票と同じ仕組みにあわせるものですが、3年近く継続審議となってきました。というのも成立すれば憲法改正の環境が制度面では整うためで、改憲に向けた第一歩にしたい自民党に対し、立憲民主党はそれとは別に、今後3年をめどに広告規制などの措置を講じるとした修正案が受け入れられれば法案に賛成する方針です。採決を求める公明党とともに調整が行われる見通しです。とはいえ今国会で衆議院の憲法審査会が開かれたのは2回、参議院では1回のみで、憲法の中身をめぐる議論自体は物足りないと言わざるを得ません。

【今こそ憲法論議 寛容な社会を】
日本はこれまでロックダウンのような強い強制力を用いる欧米諸国とも、個人の行動や情報を国家が厳しく監視する中国とも異なるやり方で、協力を求めてきました。ただ、憲法には個人の自由や権利をどこまで制約できるのか、限界はどこなのか明確な規定はありません。それだけにコロナ禍の今こそ、議論をいっそう深めることが重要ではないでしょうか。と同時に個人の尊重という憲法の理念を忘れず、他者への寛容さを失わない社会をいかに実現するか。その両立こそが政治の責務であり、今年の衆議院選挙でも問われることになると考えます。

(曽我 英弘 解説委員)


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