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「東芝"買収騒動" 突きつけた課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

大手電機メーカーの東芝が揺れています。外資系の投資ファンドから買収提案を受けたと思ったら、一週間後には突然のトップ交代。その背景と今回の買収騒動が突き付けた課題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1) 買収提案のポイント
2) 企業統治上の論点
3) 新体制となった経営陣の課題

1) 買収提案のポイント

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まず先週までの経緯と買収提案のポイントについてみてみます。
イギリスに本拠を置く投資ファンド「CVCキャピタル・パートナーズ」が、東芝に買収を提案したことが明るみに出たのは今月7日の早朝。当時社長を務めていた車谷氏は、取材に駆け付けた報道陣に対し、心なしか余裕のある表情でその事実を認めたといいます。CVCの提案は、東芝の株式を様々な株主からすべて買い取ったうえで、「非公開化」=つまり他の株主から経営への影響を受けないように「非上場企業」にするというものでした。

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 実は東芝の車谷社長は、株式の9%あまりを保有するシンガポールの投資ファンド「エフィッシモ・キャピタル・マネジメント」と激しく対立していました。エフィッシモは、去年の株主総会で車谷氏を取締役として再任する案に賛同せず、車谷氏への支持は57%にとどまりました。さらに、エフィッシモは、この株主総会で一部の議決権が適切に行使されていなかったとして、臨時株主総会の開催を要求。臨時株主総会では、会社側の反対にもかかわらずこの問題を改めて調査することが決まるなど、異例の事態となっていました。こうしたいわゆる「モノいう株主」に対し、株式の「非公開化」で株主の影響を絶つことは、車谷氏にとって「助け舟になる」とも見られていたのです。

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 ところが、東芝の経営陣の間では、車谷氏がかつてCVCの日本法人のトップを務めていたことなどから、「提案の背景が不透明だ」という批判が出ていました。こうした中で車谷氏は、先週、突然辞意を表明。車谷氏が出席しなかった記者会見で、永山治取締役会議長は東証一部復帰を果たした車谷氏の経営再建の功績に敬意を示したうえで、「辞任と利益相反の問題は、直接関係ないと思っている」と話しています。後任の社長には、前の社長の綱川智会長が復帰しました。

2) 企業統治上の論点

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次に今回の一件をコーポレイトガバナンス=企業統治の観点から見てゆきたいと思います。
ポイントの一つは株式の非公開化です。
一般に株式を上場する企業は、業績や経営者の手腕などが株主の厳しい目にさらされることが、最適な経営戦略の策定や不正のない経営を促す形となっています。このため、株式を非公開化し、耳の痛いことをいう「モノ言う株主」の影響を絶ってしまうことが良いのかどうか、という議論が出ています。
一方で、一部の株主は、株価の上昇や配当の増額など短期的な利益を追い求める傾向が強い。そうした声に過度に応じれば、長期的な成長に必要な投資に振り向ける資金が減ってしまうという問題も指摘され、「非公開化」自体が悪いことではないという見方もあります。
この問題で東芝は20日「上場会社としてのメリットを生かすことが企業価値の向上につながると現時点では確信している」とするコメントを発表しました。ただ非公開化についても選択肢として排除するものではないとし、今後も企業価値向上に向けて株主の納得のいく判断が求められることになります。

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もう一つの企業統治のポイントは、社外取締役の役割です。
 社外取締役には、本来、社内のしがらみにとらわれず、あくまで株主の利益にかなうかどうかという視点から経営陣を監視し、時にはトップの交代を促す役割が求められています。東芝の取締役会には12人の取締役がいて、車谷氏と綱川氏をのぞく10人が社外から招かれた取締役でした。社長の選任にあたる指名委員会の委員長も務める永山取締役会議長は、記者会見で、車谷氏の辞任は本人の意思を尊重したもので、指名委員会が解職に動いた事実はないと話しました。ただ、車谷氏が大株主と対立していたことや、今年の株主総会で取締役としての再任が危ぶまれていたことなどから、トップの座にふさわしくないという思いが強まっていたのではないかとみられています。

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一方、後任の社長に綱川氏を選んだ理由について永山氏は、「株主からの信頼が厚い」ことをあげました。実際に綱川氏は、去年の株主総会で、取締役としての再任に、90%にせまる賛成票をえています。今回の社長交代劇をめぐっては、株主の声に耳を傾けた社外取締役によるガバナンス=統治が機能したと評価する声も聞かれます。

3)新体制の課題

さて、東芝は当面、綱川氏のもとで、業績の向上に努めていくことになりますが、その道のりは決して平たんではありません。その理由は、東芝が歩んできた経緯にあります。

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東芝は2016年、アメリカの原子力事業の巨額損失が明るみに出て上場廃止の危機に陥り、それを回避するため、事業の将来性がある優良事業=いわば虎の子の半導体部門の売却を余儀なくされました。またそれに先立って、最先端の技術を誇っていたメディカル事業も売却するなど、収益の稼ぎ頭を次々に手放してきているのです。
その一方で、2017年には、上場廃止のリスクを確実に避けるため、およそ60もの海外の投資ファンドから6000億円規模の出資を受け入れて資本を増強。この時巨額の出資を行ったのが「エフィッシモ」でした。東芝はいわば上場廃止を回避するのと引き換えに、のちに経営陣の頭を悩ませる「モノいう株主」を自ら招いていたのです。

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買収提案への対応については、今後も課題となる可能性があります。東芝は半導体子会社の株式の40%を保有しているため、これを売却するだけでも巨額の価値が見込まれ、CVCのほかにも東芝の買収に関心を示したファンドがあったと伝えられています。
こうしたファンドの提案の具体的な内容がどのようなものになるのかはわかりませんが、仮に東芝が買収されて株式が非公開化されたとしても、ファンドは東芝の株式を永遠に持ち続けるわけではありません。株価を上昇させて、高値で売り、利益を得るのが狙いとみられます。このため経営陣は、経営を改革し業績を改善して、企業価値を高めることが求められます。
一方、買収提案を拒否したとしても、モノ言う株主たちは、株価の上昇や、配当の増額などを迫ってくるものとみられます。この場合でも、経営陣は、企業価値の向上を厳しく求められます。つまり、いずれのケースとなっても、株主から経営改革を通じた業績の向上を求められることに変わりはないのです。

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東芝は車谷氏の社長時代に、不採算部門の見直しや人員削減を通じて収益を改善させてきました。しかし、経営を長期にわたって安定させるには、半導体事業に替わる新たな収益の柱を育てなければならず、そのための経営戦略と成長実現に必要な投資について、株主に対して丁寧に説明し、理解と信頼を得ていく必要があります。

今回の問題は、経営の屋台骨のぐらついた上場企業が、株主の声にこたえていくことの難しさを改めて突きつけるものとなりました。もの言う株主とも折り合いをつけながら、長期的な成長戦略を実現することができるのか。東芝のみならず、国際的な市場で資金を調達し、外資系ファンドなどから出資を受ける多くの日本企業にとっても、決して無関心でいられない課題といえそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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