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「新型コロナウイルス ワクチン開発最前線 変異ウイルスにどう挑む」(時論公論)

矢島 ゆき子  解説委員

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4月12日から、ようやく日本でも高齢者を対象に新型コロナウイルスのワクチン接種が開始され、その後、接種対象がひろがる予定です。地域によっては変異ウイルスが広がっている状況での接種開始になります。世界中で接種がすすんでいるワクチンの開発状況と、変異ウイルスの影響について考えます。

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まだまだ供給が足りていない新型コロナウイルスワクチン。世界的に、活発な開発が続いています。4月5日時点で、治験中の新型コロナウイルスワクチンは86、そのうち23は最終段階で効果を確認しています。世界ですでに使われはじめている主なワクチンは、アメリカ・ファイザー社とドイツ・ビオンテック社のもの、アメリカ・モデルナ社とアメリカ国立衛生研究所のもの、アメリカのジョンソン&ジョンソン社とベス・イスラエル・デイーコネス医療センターもの、イギリス・アストラゼネカ社とオックスフォード大学のものなどです。ワクチンの接種状況を、主な国別に人口比でみてみると4月6日時点で、イスラエル61.08%, イギリス46.71% アメリカ32.38%に対し、日本は0.79%と、接種が遅れているのがわかります。

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その日本。現在は、輸入頼みなのが現状です。今、国内で使えるものは、ファイザーなどのワクチンだけです。モデルナなどのワクチンとアストラゼネカなどのワクチンが承認申請を出し、審査中。いずれも海外で開発されたワクチンです。これらが承認されれば、ワクチン供給がしやすくなり、多くの人が早く接種できるようになるでしょう。一方、国内メーカーのワクチンはまだ開発中です。より安定して供給ができることにつながると期待を集めていますが、現在、4つのワクチンで臨床試験が行われています。これらの海外メーカーや国内で開発中のワクチンを見てみるとそのほとんどが、新型コロナウイルスの遺伝情報を使った、新しい技術で作られたワクチンです。

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では、海外のワクチンがすでに使われはじめているのに対し、どうして日本では開発が遅れたのでしょうか?通常、ワクチン開発には5~10年はかかると言われてきましたが、海外のワクチンは1年たたずに開発・接種がはじまりました。この迅速な開発の背景には、長期に及ぶ地道な基礎的な技術研究の積み重ね、SARS・MERSなどのウイルスの基礎研究があったこと、そして、国策として多額の資金援助がありました。一方、日本で開発が遅れた主な理由を、専門家たちは次のように指摘します。まず、基礎的な研究に対し国策として継続的な多額の資金援助がなかったこと、ワクチン製造に必要な設備などが十分でなかったこと、そして、大規模な臨床試験を短期間に行う経験がなかったことなどです。
感染症のパンデミックは、今後も起こると言われています。今回のこの新型コロナウイルスのワクチン開発の経験を生かし、将来、もし新たな感染症が起こったときには迅速に対応できるように国は継続的な研究支援をするべきだと思います。

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ところで、今回のワクチン開発で注意しなくてはならないのは、これらのワクチンが、武漢で広まった従来のウイルスに基づいて作られているということです。今、世界では変異ウイルスが流行しはじめています。主な変異ウイルスとしては、イギリスで確認されたもの、南アフリカで確認されたもの、ブラジルで広まったものがあります。イギリスの変異ウイルスには「N501Y」(エヌ・ごーまるいち・ワイ)と呼ばれる変異などがあります。新型コロナウイルスがヒトの細胞にくっつくときの突起部分はたくさんのアミノ酸でできています。「N501Y」(エヌ・ごーまるいち・ワイ)は、そのうちの501番目の種類がNからYへ変化しているということです。そして、イギリス型については感染力が高く、重症化・死亡するリスクが高くなる可能性があるデータも集まりはじめています。南アフリカやブラジルで広まった変異ウイルスは「N501Y」(エヌ・ごーまるいち・ワイ)に加えて、484番目のアミノ酸がEからKに変化した「E484K」(イー・よん はち よん・ケー)という変異などもあります。

では、変異ウイルスのワクチンへの影響はどうなのでしょうか? 今の変異ウイルスは、ワクチンを完全に無力化させることはなく、イギリス型に対して従来のワクチンが効くことが確かめられています。その一方で、アストラゼネカなどのワクチンが南アフリカで広まった変異ウイルスには効きにくくなる可能性が指摘されています。E484K変異を研究しているケンブリッジ大学のグプタ教授によると、「E484K変異は、ウイルスがワクチンによって体の中に作られる特定の抗体の攻撃から、ウイルスが逃れる可能性がある」とのことです。しかし、まだわからない点が多く、注視が必要です。

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この変異ウイルスに対して、すでにファイザーなどが変異ウイルス用の新しいワクチン開発をはじめています。ただし問題は臨床試験です。変異ウイルスが流行している地域で臨床試験をしないとワクチンの効果は証明できません。臨床試験は、時間がかかり、効果の結果が出る頃には、さらに別の変異ウイルスが流行していることも考えられますが、これに対しは対策がすでにとられはじめました。
4月5日、日本のPMDA医薬品医療機器総合機構が、新しくつくる変異ウイルス ワクチンの評価に対する方針を公表しました。承認済みの既存ワクチンと作り方がほぼ同じで、得られる免疫もほぼ同じであれば、多くの人数での臨床試験は必要がなくなります。WHO世界保健機関、FDAアメリカ食品医薬品局, ヨーロッパのEMA欧州医薬品庁も同じ方針です。こうすることで、変異ウイルス用のワクチン開発をスピードアップすることができるのです。しかし日本の製薬メーカーは、まだ従来のウイルスのワクチンができていません。そのため、これには該当せず、これまで通りの臨床試験が必要なことにかわりありません。

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このように、変異ウイルスのワクチンの完成にはまだ時間がかかります。今、私たちにできることはあるのでしょうか?「今後も、更に別の変異ウイルスは登場するだろう」と国内外の研究者たちは口をそろえます。ただ、変異ウイルスがどういう場合に生み出されるかがわかりはじめています。ケンブリッジ大学のグプタ教授は、免疫不全の人、高齢者は注意してほしいといいます。抗がん剤治療の患者が新型コロナウイルスの治療中にウイルスが変異したことが確認されたそうです。免疫不全の人、高齢者などはウイルスが持続的に感染し続けることで、変異する可能性があるので、ワクチンの接種をすすめたい、と話します。そして、変異ウイルスを防ぐためには、ウイルスが新たに変異するチャンスをなるべく与えないこと・感染者数を減らすのが最善の戦略です。テキサス大学のマクレラン准教授は「変異ウイルスを生み出さないためには、なるべくウイルス感染の拡大を抑える必要があり、多くの人がワクチンを接種することがカギとなる、同時にソーシャルデイスタンスやマスクの着用が重要だ」と言います。

まだまだ収束が見えない、新型コロナウイルスの感染拡大。そして新型コロナウイルス感染症の薬がまだ確立していない点からも、やはりワクチンは重要になります。今は輸入頼みですが、国内で開発されているワクチンはこれからが勝負です。私たちが早くワクチン接種ができるように国には、ワクチン開発への、強力な支援を求めたいと思います。

(矢島 ゆき子 解説委員)

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