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「日韓関係は改善に向かうのか?」(時論公論)

出石 直  解説委員

北朝鮮が、およそ1年ぶりに日本海に向け弾道ミサイルを発射しました。軍備拡張を続ける中国ととともに、私達が暮らす東アジアを取り巻く安全保障環境は日増しに厳しさを増してきています。
「そんな時に日本と韓国がいがみあっていて良いのか?」
「日韓関係ほど重要な関係はない」 
先週、アメリカのブリンケン国務長官、オースティン国防長官が日本と韓国を訪問したのに合わせて、バイデン政権が発したメッセージです。
徴用をめぐる問題や慰安婦問題で“国交正常化以来最悪“とも言われている日韓関係は、果たして改善に向かうのでしょうか?

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この時間は、次の3点について考えてみたいと思います。
▽ブリンケン国務長官らの東アジア歴訪で強調された「日米韓3国の協力の重要性」。
▽最近の「ムン・ジェイン大統領の発言の変化」。
▽そして「今後の日韓関係」です。

【日米韓協力の重要性】
なぜ日米韓の協力が重要なのか?
先週、日本と韓国を訪問したアメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官は次のように説明しています。

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「自由で開かれたインド太平洋地域の平和と繁栄を維持していくためには、日米韓3か国の協力を強化していかねばならない。日米韓3国の協力が強化されることで、私達はより強くなる」

かつてオバマ政権でアジア政策を担当していた国務省の元高官は、今の冷え切った日韓関係をこちらの絵のように例えています。

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「家庭内に揉め事があったら、友達を夕食に招くことができない」
力によって国際秩序を脅かしている中国や核・ミサイル開発をやめようとしない北朝鮮に対抗していくためには、日米韓3国の協力を軸にした民主主義国の結束が欠かせない。日本と韓国が喧嘩をしていては、せっかく用意した「自由で開かれたインド太平洋」という民主主義国家の枠組みに他の国を招き入れることができない、というのです。
日韓の仲違いは、中国や北朝鮮を利するだけで、アメリカの国益にならない。
これが今のバイデン政権の基本的なスタンスです。

【ムン大統領の発言の変化】
こうしたバイデン政権の意向を配慮してか、このところ韓国のムン大統領の日本に対する態度にも変化が見られます。

バイデン大統領の就任式の2日前に行われたムン大統領の記者会見です。
(ムン大統領1/18)
「過去は過去であり、両国関係が未来志向的に発展させることも進めていかねばならない」
次に3月1日、植民地統治下の韓国で日本からの独立運動が始まった日を記念する式典での演説です。
(ムン大統領3/1) 
「われわれは、いつでも日本政府と向き合って対話をする準備ができている」

この時の演説でムン大統領は「日本との不幸な歴史を忘れることはできない」としながらも「両国は今やお互いにとって非常に重要な隣国になった」とも述べています。

【徴用問題】
日韓関係の改善を阻んでいる最大の障壁が、太平洋戦争中の徴用をめぐる問題です。
3年前、韓国の最高裁判所で日本企業に賠償を命じる判決が確定し、原告側が差し押さえた日本企業の資産を売却し現金化する手続きが進められています。

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この問題についてムン大統領はこれまで
「日本政府はもう少し謙虚な姿勢を持つべきだ」(2019年1月)
「(最高裁の)判決は韓国で最高の法的権威と執行力を持つ」(2020年8月)
と述べ、司法の判断には介入しない立場をとり続けていました。

ところがことし1月の記者会見では、日本企業の資産を売却し現金化する動きについて、
「韓日関係にとって望ましくない。そうなる前に外交的な解決を模索することが優先だ」と述べ、
現金化によって日本企業に損害が生じることは望ましくない、という考えを初めて示したのです。
この問題は1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決済み」だとする日本政府の立場に理解を示したとも受け取れる発言です。

【慰安婦問題】
次に慰安婦問題です。この問題は2015年の12月に両国の外相が記者会見をして「完全かつ不可逆的(=つまり蒸し返されることなく)解決」したはずでした。

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この合意についてもムン大統領は就任当初、
「手続き的にも内容的にも重大な欠陥があった」(2017年12月)と厳しく批判していました。
しかし1月の会見では、
「(合意は)両国政府間の公式の合意だった」ことを初めて認めたのです。
韓国政府によりますと、先週、ソウルでブリンケン国務長官らと会談した際にも、ムン大統領は「韓日関係は極めて重要であり、関係修復のため努力する」と述べたということです。

ただ、関係修復のために韓国政府として具体的にどのような措置を考えているのかについての言及はありませんでした。この点は残念ですが、少なくとも日本に対する発言のトーンはこれまでとは変わってきています。日韓関係の改善を求めているバイデン政権の意向を強く意識していることは間違いないでしょう。

もうひとつ、変化の理由として考えられるのが東京オリンピックへの期待です。
(VTR)3年前、ピョンチャンで開催された冬季オリンピック。これをきっかけに南北融和が一気に進み、南北首脳会談、米朝首脳会談へとつながりました。南北関係の改善が最優先のムン大統領としては「東京オリンピックを機に再び南北や米朝の対話を進めたい。そのためには日韓関係も改善しておかねばならない」という思惑があるのではないでしょうか。ムン大統領の残る任期はあと一年あまり。東京オリンピックは最後のチャンスになるかも知れないのです。

【今後の日韓関係】
最後に、これからの日韓関係についてです。

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徴用をめぐる問題も慰安婦問題も、両国の立場には依然大きな隔たりがあり、歩み寄りは容易ではありません。日本政府は「韓国側が解決に向けた具体策を示すべきだ」という立場です。しかし、ただ待っているだけでは進展は望めません。あらゆる機会を捉えて少しずつでも信頼関係を取り戻し、意見の隔たりをひとつひとつ埋めていく努力が双方に必要ではないでしょうか。

乗り越えねばならない課題もあります。中国や北朝鮮に対する脅威認識では、日米両国と韓国との間ではかなりの温度差があります。先日のアメリカ政府高官との会談でもムン大統領からは「中国の脅威」への直接の言及はありませんでしたし、北朝鮮の非核化についても楽観的な見方が強すぎるように思えます。その差を埋める努力も必要です。

今回のような北朝鮮による弾道ミサイルの発射、さらには急速に軍備拡張を進める中国など、この地域の安全保障環境を考えれば「日韓関係ほど重要な関係はない」という冒頭ご紹介したバイデン政権のメッセージは、けっして大袈裟ではないと考えます。

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韓国では来月、ソウルとプサンの市長選挙が行われ、来年3月の大統領選挙に向けた候補者選びもこれから本格化します。日本でも来月には衆議院と参議院の補欠選挙や再選挙、そして秋までには衆議院選挙が予定されています。政治の季節になれば、国民世論を意識して政権運営が内向きになる心配もあります。日韓両国の指導者には、とかく感情的になりがちな世論に流されることなく「日韓関係は重要だ」という思いを共有することで、日韓関係の改善に向け少しずつでも前に進めていって欲しいと願っています。

(出石 直 解説委員)

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