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「地下鉄サリン事件26年 失われる記録 "次"への備えは」(時論公論)

山形 晶  解説委員

オウム真理教が日本の中枢を狙った「地下鉄サリン事件」から26年が過ぎました。
当時の記憶だけでなく、カルテなど被害の状況がわかる記録も失われつつあります。
被害者が今、どんな不安や後遺症を抱え、どう過ごしているのか、誰も全体状況を把握しないまま時間だけが過ぎています。
このままでは、再びテロ事件が起き、私たちが被害に遭っても、支援を受けられないおそれがあります。
私たちは、どう備えるべきなのか。事件当日の、ある出来事をもとに考えます。

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地下鉄サリン事件が起きたのは1995年3月20日。
朝の通勤・通学の時間帯に、地下鉄の3つの路線で猛毒のサリンがまかれました。
多くの被害者が運ばれた聖路加国際病院では、礼拝堂までもが処置のために使われ、医師たちは、何が起きたのかわからないまま治療にあたりました。
そのさなか、病院に1本の電話が入りました。
前の年に松本サリン事件を経験していた信州大学医学部附属病院からでした。
その内容は「原因はサリンではないか」というもので、速やかな解毒剤の投与につながりました。

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ただ、この事件の犠牲者は、あわせて14人。
健康被害を受けた人たちはおよそ6300人にのぼりました。
その後、事件を起こしたオウム真理教の元幹部ら13人は死刑が執行されました。
オウム真理教の後継団体は今も国の立ち入り検査を受けていて、「加害者」への捜査や今後の活動に対する規制は進みました。
問題は、「被害者」の存在が埋もれていることです。
あれだけの事件だったにも関わらず、どこで誰がどのような被害に遭い、その後どう過ごしているのか、被害に関する記録は誰もまとめていないため、全体状況を把握できていないのです。
対照的なのは、松本サリン事件です。
信州大学と地元の医師会、それに松本市は、事件の直後、次に同じような事態が起きた時のために診療の記録を残すことで一致しました。
そして治療法をまとめ、その後の経過も確認していました。
こうしてまとまった報告書の原稿が手元にあったため、地下鉄サリン事件の時に、東京の医療機関に速やかに情報を提供できたのです。
松本市ではその後も20年にわたって被害者の健康調査が行われました。

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東京では、なぜそのような取り組みが行われなかったのでしょうか。
複数の関係者に取材すると、見方が一致するのは、事件の規模が大きく、多くの機関が関わっていたことや、加害者の捜査に注目が集まり、被害者に目が向かなかったことです。
どこも主体的に動かないまま、カルテの散逸が進んでいます。
医療機関に保存義務があるのは5年で、廃棄した病院もあります。
こうした中で、継続的に被害者の健康状態を把握しようという動きもあります。
聖路加国際病院の副院長で、当時、患者の治療にあたった医師の石松伸一さんは、NPO「リカバリー・サポート・センター」とともに、毎年、被害者の健康診断を行っています。
実際に今も目の痛みや視界の異常を感じている人がいますが、連絡が取れているのは1000人ほどで、残りの5000人の状況は、本人にしかわかりません。
体の不調があった時、「サリンの後遺症か」という不安を感じても、解消する術がないのです。
もし国や自治体が動いて大規模な調査や研究が行われていれば、どんな後遺症があるのか、その後、別の病気を発症するリスクが高まるのかどうかがわかったかもしれません。
石松さんは、人知れず不安や苦しみを抱えている人たちのことを気にかけています。
「被害者がどんなつらい思いをしているのか、まったく焦点が当てられていない。世の中から忘れ去られていって、救われる方法がない。それが今、つらいと思うことです」
取材で強く印象に残った、石松さんのことばです。

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記録が保存されていないことで不利益を受けたのは被害者だけではありません。
取材を進めると、テロ対策にも影響が出ていることがわかりました。
国の研究班は、2017年度に、東京オリンピック・パラリンピックに向けて、新国立競技場でサリンによるテロ事件が起きた場合のシミュレーションを行いました。
サリンの解毒剤をどの程度用意しておけばよいか検討するためです。
しかし、シミュレーションを行った研究班の医師、小井土雄一さんによると、サリンを吸った人たちがどのくらいの時間でどの程度症状が重くなるのかといった基礎的なデータがなかったため、さまざまな文献をもとに推定せざるを得なかったといいます。
小井土さんは「しっかりしたデータがあればシミュレーションをより精緻化することができた。こんな化学テロ事件が起きたのは日本だけなので、世界からも必要とされているデータだった」と指摘しています。

テロ事件はいつ再び起きるかわかりません。
ここからは、「次」への備えについて考えます。

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医療に関するデータに限って言えば、大規模に収集する方法はすでにあります。災害医療の現場では、救急医療や災害医療の学会や医師会などが連携して運用している「J-SPEED」と呼ばれるシステムが使われています。
すでに熊本地震や西日本豪雨などで活用されています。
被災地では、医師が「災害診療記録」と呼ばれるカルテのような統一の書式を使って、被災者の症状などを記録します。
そして、名前などの個人情報を除き、性別や年代、症状、治療結果などの情報を「J-SPEED」に入力する仕組みです。
これによって、被災者にどんな疾病の傾向が見られるのか、ほぼリアルタイムで分析することができます。
運用している医師たちは、東京オリンピック・パラリンピックでテロが起きた時にもこの仕組みを使うことを提唱しています。
ただ、これは災害時のシステムです。
今後、いつ起きるかわからないテロ事件でも運用するのであれば、開発費用や人員の確保などが課題となります。
その場合は公的な支援が必要になるでしょう。
もう1つ、研究の枠組みを利用してデータを集める方法もあります。
特定の集団の健康状態などを長期的に調べる「コホート」と呼ばれる研究です。
東日本大震災でも、国の研究班が、個人情報に配慮した形で被災者の調査を行っています。

問題は、医療以外のデータを幅広く収集する仕組みが確立されていないことです。
例えば、地下鉄サリン事件について言えば、「あの日、何が起きたのか」を正確に把握するには、警察・消防・地下鉄など、さまざまな関係機関が持つデータを収集する必要があります。
そこで注目したい取り組みがあります。

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昨年度から厚生労働省の研究班が始めた、地下鉄サリン事件に関する記録を収集し、将来的にアーカイブ化を目指す取り組みです。
きっかけは、記録の保存を求める被害者の声と、それを受けた超党派の議員連盟の決議でした。
研究班の代表を務めている医師の奥村徹さんが関係機関に問い合わせると、すべてが散逸したわけではなく、それぞれの下で保存されている記録もあることがわかってきました。
カルテについては、聖路加国際病院など少なくとも6か所では保存されていることがわかりました。
また、消防や警察など関係機関の記録の中には、残されているものがあることがわかりました。
残されたものだけでも保存しておけば、いずれコンピューターの性能がさらに向上すれば、ビッグデータとして分析し、新たな事実が明らかになる可能性もあります。
ただ、情報公開法では「非開示」の扱いとなる記録もあるため、どこに何が残っているのか、詳しいことはわかりません。
法的な解決が必要な問題もありそうです。
研究班では、今後、個人情報に配慮した形で記録を収集・保存する方法を検討することにしています。

この取り組みは、地下鉄サリン事件の記録を保存することが第一の目的ですが、記録を幅広く収集し、役立てる仕組みを確立するきっかけになるかもしれません。
まだ研究段階ですが、この取り組みが実を結ぶことを期待します。
そして次にテロ事件が起きる時に備えて、国には本腰を入れて今後の仕組みづくりに取り組んでもらいたいと思います。

(山形 晶 解説委員)

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