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「日銀 コロナ禍で一層の長期化 金融緩和策の"副作用"に向き合う」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

首都圏の一都3県の緊急事態宣言はきのう解除されましたが、感染収束の見通しは依然立たず、日本経済は、コロナが引き続き影を落としています。こうした中で日銀は、大規模な金融緩和策を継続する一方で、金融機関などに及ぼすマイナスの影響などいわゆる副作用への対策を打ち出しました。従来から指摘されていた課題に、日銀はなぜいま向き合おうとしているのか、この問題について考えていきます。

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解説のポイントは三つです。
1)市場機能を取り戻せ
2)抜けるのか 伝家の宝刀
3)ゴール見えぬ緩和策の課題 です。

まず日銀が先週末の金融政策決定会合で決まった内容についてみてゆきます。

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日銀は、短期金利をマイナス0.1%に、10年の長期金利をゼロ%程度におさえる金融緩和策を維持する一方で、この短期と長期の金利を操作するという4年余りにわたって続けてきた政策が抱える副作用について点検作業を行い、対応策を打ち出しました。
 まず、日銀の緩和策が市場の機能を損ねているといわれる問題への対応です。

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日銀は巨額の国債を購入する手法を通じて、金利水準をピンポイントで管理してきました。その結果、市場の機能が弱まり、長期金利や国債価格の動きが小さくなっています。これに対し、国債を安く買って高く売るなどして利益をあげてきた金融機関からは、価格が動かなければ取引のうまみがないとか、保険会社から資産の運用が難しくなったなどの不満が強まっていました。
 そこで今回日銀は、長期金利が目標値に対してどれだけ変動することを認めるのかについて、これまで「上下に0.1%程度の倍程度」とぼやっと示していたのを、上下に0.25%程度と鮮明に示すとともに、実際にこの範囲内で金利が自由に動くよう調節していくことを明確にしました。

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 もう一つは株式市場への影響です。日銀は、2010年から株価の急落が経済にマイナスの影響を及ぼさぬよう、様々な企業の株式を組み合わせたETF=上場投資信託の買入れを続けています。去年のコロナ禍を受けて、1年間に原則およそ6兆円、最大で12兆円という目安の下に買い続けた結果、保有総額は52兆円あまり。東京証券取引所1部の株式全体の時価総額の7%程度にまで膨らみ、「市場の機能をゆがめている」とか「上昇基調の中でも買う必要があるのか」という批判が高まっていました。さらに、将来株価が大幅に下落すれば、巨額の「含み損」を抱えることになることなるという懸念も指摘されています。
このため日銀は、今回、原則6兆円という方針をなくすことにしました。ただそれだけでは株価の急落を招く恐れがあると見たのか、最大12兆円という数字を残したほか、「必要に応じて買い入れを行う」とし、市場が混乱し株価が急落した際には大規模な買入れを行うことを示唆しています。
このように、今回の副作用対策の一つの狙いは、資本主義経済の基盤ともいえる市場の機能に及ぼす影響を軽減しようとするものです。

2)抜けるのか 伝家の宝刀

もうひとつの副作用対策は、将来リーマンショックのような想定外の状況が発生し、急激な株安や円高など市場が混乱に陥いる事態に直面した際に、マイナス金利のさらなる引き下げという、いわば伝家の宝刀を抜けるようにするものです。

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日銀はこれまでも「必要があれば躊躇なく追加的な金融緩和の措置を講じる」としてマイナス金利のさらなる引き下げに踏み切る構えをのぞかせてきました。しかし市場関係者の間では、実際に引き下げはできない、いわば「抜かずの刀」だという見方が強まっていました。どういうことでしょうか。

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マイナス金利は、金融機関の経営に大きな打撃を与えています。銀行は短期の資金を借りて低い金利の利息を支払い、長期に貸し出すことで高い金利の利息を受け取り利ザヤを稼いでいます。ところが、金利の水準が極端に低くなると、利ザヤも薄くなってしまいます。そうなると金融機関の収益は悪化。いきおい新たな融資に慎重になり、経済にマイナスに作用することになる。だから日銀はさらなる金利の引き下げには踏み切れないと思われているのです。

 そこで日銀は、今回新たな制度を導入しました。 

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金融機関は、日銀に一定の資金を預金として預けることが定められていますが、いま、コロナ禍で打撃をうけた企業などに融資を行った金融機関は、日銀に預けている預金のうちコロナ関連融資に相当する額について、0.1%の利息を受け取っています。新たな制度は、例えば日銀が政策金利をマイナス0.1%からマイナス0.2%に引き下げた場合、金融機関に支払う金利を逆に0.1%引き上げて0.2%にするというように、政策金利の下げ幅に応じて、金融機関が日銀から受け取る利息を増やす。いわば補助金のような形で、金融機関が政策金利の引き下げで受ける打撃をやわらげようというのです。

3)ゴール見えぬ緩和策の課題

このように様々な副作用対策を積み重ねた結果、日銀の金融緩和策がいっそう複雑でわかりにくくなったという指摘が出ています。では、日銀はなぜそこまでしていまの政策を続けようとしているのでしょうか。

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日銀はちょうど8年前に黒田総裁が就任して以来、一貫して、物価上昇率を2%にする目標をかかげています。しかし、先月の消費者物価指数は、マイナス0.4%と7か月連続で下落し、目標から逆に遠ざかっています。民間の企業であれば、これだけ長期間目標が達成できなければ別の手段を検討するところでしょう。ところが日銀は、これまでの金融緩和策で企業の収益は上向き雇用環境も改善したと、政策自体は有効だとする立場を崩しません。その一方で、物価が目標に達しない理由については、「長期間のデフレで染みついた、物価は上がりにくいという人々の考え方や、そのことで製品の値上げがしづらいという企業の慣習が変わっていくにはなお長い時間がかかると分析しています。さらにコロナ禍による景気の低迷が追い打ちをかけ、物価目標の達成時期は一段と遠のいたとみています。
今回日銀が副作用問題に正面から向き合った背景には、いまの政策をこれからも長期にわたって続けるしかないという事情があり、逆にいえば、他に有効な政策を見いだせない手詰まりの状況を映し出しているともいえます。
気になるのは、マイナス金利政策そのものが、経済を支える効果をもつ一方で、金融機関の経営の悪化を招きかねないという矛盾をはらんでいることです。

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金融機関からは、副作用対策でどれだけ収益の悪化を補えるのか疑問だという声も聞かれます。コロナ禍が長引くにつれて、サービス産業を中心に痛手が深まり、とりわけ人口減少に苦しむ地方で、こうした企業に融資を行う金融機関の経営の悪化が懸念されています。こうしたなかで日銀は、今後、金融政策を決める際に、金融機関の貸し出し内容やリスクを見ている担当部局の報告を受けることを決めました。黒田総裁は、「金融システムの安定という事が金融政策にも影響しうるという認識を新たにした」と説明していますが、今後の金融政策のかじ取りにあたっては、副作用対策の効果を検証するなど今まで以上に金融機関の経営への影響に目配りすることが求められていると思います。

長期にわたって続く金融緩和策は、企業や政府の債務を膨らますことにもつながっているとして、今回の点検をめぐっても、そもそも緩和策の在り方を根本から問い直すべきだったのではないかという批判の声が聞かれます。いまのやり方が本当にベストなのか。日銀は今後も政策のほころびを繕いながら、より効果的な金融政策の模索を求められることになりそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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