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「海外観客見送りか 東京五輪・パラに問われること」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

開幕までおよそ4か月となった東京オリンピック・パラリンピック。感染拡大の先行きが見通せず、完全な形での開催が難しい状況となる中、海外からの観客を受け入れることは困難だとの見方が強まっています。コロナ禍で大会はどのような形をとるのか。開催の意義をどう伝えるのか、考えます。

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【海外観客を巡る議論】

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東京大会に向けて政府、東京都、組織委員会、それにIOCとIPCの5者はあす会談し、海外からの観客受け入れの可否について話し合うことになりました。これまで組織委員会の橋本会長は「国民に安全安心が保たれている実感がなければ難しい。感染状況や専門家の知見を踏まえて丁寧に検討したい」と述べています。海外からの観客受け入れは困難との見方が強まる中、あすの会談で受け入れ可否の結論が出る見通しです。

【なぜ海外観客が注目?】

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東京大会における海外からの観客の受け入れが注目されるのは、大規模な人の移動が感染拡大、そして医療のひっ迫につながるのではないかと懸念されるからです。選手に関しては現時点で東京大会に選手を派遣しないと明言する国や地域はなく、「バブル」という概念の中、滞在場所を原則、選手村や競技会場などに限定し、公共交通機関は使わずに専用の車両での移動、さらに定期的なPCR検査の実施など、滞在中の行動に一定の制限を設けます。しかし観客については、隔離の免除など入国の特例措置は国民の理解を得られないと見られ、入国できたとしても宿泊場所や行動範囲は最終的に観客自身にゆだねるしかなく、行動の管理には、より難しさがあります。緊急事態宣言は解除されることが決まったとはいえ、国内外で変異ウイルスへの感染が相次ぎ、感染状況の先行きは不透明です。ワクチン接種も一気には進まず、4か月後に政府の新規入国の方針がどうなっているかわかりません。海外からの観客を対象としたホテルやチケットのキャンセルに対応するには時間もなく、現状では受け入れは困難だという見方が強くなっているのです。

【海外観客“受け入れなし”なら】

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コロナ禍で東京大会自体、開催に厳しい視線が向けられています。こうした状況では、海外観客の受け入れ見送りは、やむを得ない判断だと思います。ただ、見送りが決定した場合、大会開催の意義をどう伝えていくか、が課題となります。オリンピックの理念は本来、勝敗を競うだけでなく、世界から人が集い、異文化への理解を深めて平和の実現を目指すことだとされています。スポーツの国際大会は競技ごとに数多くありますが、この理念の存在こそが、オリンピック最大の特徴です。今回は海外からの観客をどうするかだけでなく、選手も選手村での滞在日数の短縮を求められていますし、開会式に参加できる人数の制限も議論されています。選手どうし、観客どうし、そして選手とボランティアを含めた一般の人たちの交流する機会が減少すれば、オリンピック・パラリンピックが普通の国際大会と変わらなくなってしまうのではないかという、根本的な疑問が出てくるかもしれません。

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海外からの観客を受け入れないことになれば、特に影響を受けるのは、大会を支えるボランティアではないかと思います。東京大会ではおよそ12万人のボランティアが競技会場の運営や、街での観光案内などを担う予定で、応募した人たちの多くが、大会本番での交流を楽しみにしてきました。感染状況への不安などによって、すでに辞退者が相次ぐ状況となり、サッカーが行われる宮城県では、応募した1700人中、300人以上が辞退の意向を示しています。これに海外からの観客受け入れの見送りが加われば、応募している人たちのモチベーションがさらに低下してしまう可能性もあるのではないかと思います。

【感染防止と大会理念の両立は】

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では、完全な形での大会開催が難しい中、できうる範囲で感染防止と理念との両立をはかることはできないのでしょうか。これについて、もともと大会はオリンピックの理念を広める運動のハイライトではあるが、理念を広める運動自体は継続して行うものだ、という指摘があります。オリンピック研究を専門とする東京都立大学の舛本直文客員教授は、命や健康のために感染対策が最優先されるべきだとし「大会期間だけで考えれば価値は減るかもしれないが、ホスト国として今後もオリンピックの理念を伝え続けていくことで、いわば“不完全”な大会の形を補うこともできるのではないか」と話しています。選手の事前キャンプや交流事業を行う予定だったホストタウンなどでは、受け入れを断念する動きが出ていますが、すでに始まっていた選手と地元の人たちとの交流を今後もオンラインを活用して継続することもそのひとつだと思います。また東京大会では森前会長の発言や、開閉会式の統括責任者がタレントの容姿を侮辱するような演出案を提案した責任をとって辞任したことなど、組織委員会の不祥事を巡って、ジェンダーや差別、他者への尊重などといったオリンピックや東京大会の理念がむしろ注目される事態となったと感じます。こうして活発になった議論を今後大切にすることも、大会開催の意義ととらえることができるのではないかと思います。正解はありませんが、組織委員会などは感染防止対策に力を入れながらも、視点をより長いスパンにおいて、総合的に大会の開催意義も表現できるよう知恵を絞って欲しいと思います。

【次のハードルは?】

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今後も感染状況次第で、大会を見直す動きがさらに進む可能性もあります。これから大きな焦点になることが予想されるのは、無観客も含めた観客数の上限です。橋本会長は「早めにスケジュールを示すことが大切だ」として政府の方針に沿う形で、来月中に決めたいとしています。しかし、IOCのバッハ会長は「5月か6月まで様子をみたい」として、しばらく感染状況を見極めていきたい考えを示し、両者の考えには距離があるように感じます。無観客を含めた観客数の上限は、交流だけでなく、900億円が予定されている組織委員会のチケット収入や感染防止対策に大きく影響します。組織委員会とIOCは連携して、迅速かつ丁寧に、山積する課題を解消することが求められるでしょう。

【問われることは】
東京大会の開催実現は、感染状況がどうなるかがすべてです。まもなく始まる聖火リレーはオリンピックの理念を広めるために重要だと考えられているイベントですが、組織委員会などでは現場の状況によって、走る区間のスキップなど柔軟な対応も想定するなど、感染防止に神経をとがらせています。史上初めてのコロナ禍での開催には、社会の理解と納得が必要です。科学的な知見に基づき、なにを取りやめてなにを残すのか、その上で東京大会の開催意義をどう表現するのか。改めて東京大会のあり方を考えることが問われているのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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