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「震災10年 被災者の健康 左右する"つながり"」(時論公論)

米原 達生  解説委員

東日本大震災からまもなく10年になります。
被災地では被災者の健康を継続的に調べる長期間の調査が行われてきましたが、そこからは健康状態と被災や復興の過程が無縁ではないことが明らかになってきました。今回は被災者の健康面に焦点を当てながら、復興に求められることについて考えたいと思います。

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解説のポイントです。
▽被災者の健康に格差
▽転居によるダメージも
▽コミュニティーの継続・再生を
の3つです。

■被災の影響残る調査結果
宮城県の被災地で調査を行ったのは、東北大学の研究班です。
仙台市や石巻市などの被災者およそ7000人を対象に、継続してアンケートを行ってきました。

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その結果でまず気になるのは介護が必要な被災者の急増です。
震災前は5%程度だったのが、震災のあった年には10%、3年後には15%を超えました。
生活が激変したり、震災前には助け合っていた人たちがバラバラになってしまったりしたのが要因とみられています。全国的にはこの10年で3%程度の上昇ですから、高齢化を差し引いても急激な変化です。現在は20%を超え、ここ2,3年は要介護3以上の重い人が増えています。

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震災が被災者に与えた精神的な影響を10年間調べたグラフです。
ピンクの棒は「震災のことを思い出すとひどく気持ちが動揺する」と答えた人の割合、赤い棒は「思い出すと体の反応が起きる」と答えた人の割合です。時間が経過するにつれて減っていますが、心に受けた傷を回復させることができない被災者も、まだ、残っているのです。
災害との関連が強いとされる不眠症が疑われるの人の割合も震災直後からは減少しています。しかし全国平均と比べると、眠れない人がいまだに多いことがわかります。

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災害で受けたダメージをきっかけに生じていくこうした健康格差。始めは閉じていたハサミが、上下に開き、その差が広がっていくことから「はさみ状格差」と呼ばれています。被災者本人の生活や経済状況と大きく関係するとされ、その後の災害でも指摘されてきました。生活の再建が進み元気を取り戻していく人がいる一方で、回復のきっかけをつかめず、取り残されてしまう人たちがいるというのが、この健康調査の結果からも浮き彫りになる現実です。

■転居によるダメージ
では、何が被災者の健康状態に大きく影響しているのでしょうか?
分析を進めるうちに復興の過程で生じる引っ越し=転居を繰り返すことによるダメージがひとつの要因になっていることがわかってきました。

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こちらは先ほどの震災の精神的な影響が残っている人を転居の回数で分析したものです。
転居回数0=元の家に住んでいる人の影響は限定的です。しかし、転居回数が増えるにつれて、その影響は大きくなる傾向にありました。被災者の半数以上は3回以上転居しています。
もう一つは転居の距離です。不眠症の割合は、同じ地区でとどまった人に比べて、同じ市内の別の地区では6ポイント、市の外に転居した人では9ポイントも高くなりました。
被災者にとって転居は何をもたらしたのでしょうか?

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震災で住まいを失った被災者は、まずは避難所、そして仮設住宅へと身を寄せました。しかし、復興に時間がかかる中で、自力で別の場所に家を建てる人もいれば、子供の教育のために別の地域に移り住む人もいて、現役世代を中心に多くの人が元のコミュニティから抜けていきました。
加えて住まいが変わるたびに、付き合いが途切れ、特に、終の棲家である災害公営住宅や集団移転先に移った途端、復興が終わったとされて、仮設住宅で支援者がいる中で出来たつながりがなくなってしまったという声は被災者から多く聞かれます。
転居を繰り返した被災者は、その多くが津波で、家だけでなく、家族や友人、仕事といった、元のつながりを失った人たちです。転居の回数が多いほど地域とのつながりは弱くなり、介護が必要になる高齢者も多くなっているといいます。
研究班の辻一郎教授は、「孤立やつながりの弱さがメンタルを中心とした健康格差の背景にあり、今後も病気や介護の要因になるだろう」と指摘しています。

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被災地でもつながりを作る取り組みは行われてきました。災害公営住宅や集団移転先には集会所が設けられ、NPOが茶話会などのイベントを開いているところもあります。しかし、支援団体からは、「来る人が固定化し、本当に孤立している人には届かない」、あるいは「新たなコミュニティの中心的な担い手となる人がいない」といった声がよく聞かれます。
コミュニティを再生させ、どうつながりを取り戻すかは、被災地にとって住まいの形を整える以上に難しい課題として残り続けています。

■コミュニティの継続・再生を
こうした課題に私たちはどう向き合えばいいでしょうか。2つの取り組みからヒントを得たいと思います。

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▽一つは集会所の活動を工夫してコミュニティを再生させようという取り組みです。
宮城県塩釜市の清水沢東災害公営住宅では15の団体がサークルを開いています。住民だけでなく外部の団体もここで活動できるようにしているからです。体操や茶話会は3つ、子どものサークルも2つありますが、調査を行ったところ、同じような活動でも団体によって参加する人が異なっていました。特に高齢の男性は主催者が男性のサークルに参加する傾向にあり、参加をきっかけに住宅の外の人と話す機会も増えていました。
支援に入っている東北工業大学の新井信幸准教授は「高齢者が一からつながりを作るのは難しいので、行きたいものが見つかるように、多彩な主体が選択肢を提示することが大事だ」と話しています。

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もう一つ紹介したいのは、災害が起きる前から、被災後の復興のイメージを地区で共有することでコミュニティを継続しようという、取り組みです。
南海トラフ大地震の被害が想定される徳島県美波町の由岐湾内地区では、住民が主体となって被災後の町づくり計画を作りました。
現役世代の流出を防ぎ、両親と近居しながら住み続けたいと思ってもらえるよう高台の移転場所の候補地を選定。どのような街並みにするかコンペも行いました。
また被災後に住民が集える場所として避難所や仮設住宅で開くことにしていたカフェを5年前に前倒しでオープン。週に1度開催して介護予防や見守り活動なども行っています。

両者に共通するのは、コミュニティを維持・再生することが、復興において重要だと認識していることです。今、徳島県美波町のように災害が起きる前に復興の在り方を考える「事前復興計画」が各地で検討されていますが、策定にあたっては、ハード面だけでなく、こうしたソフト面も住民の意見を聞きながら考慮することが必要だと思います。

被災者の健康にいまだに震災が影響しているという調査結果から見えてくるのは、被災者にとっての復興は簡単には終わらないという当然の事実です。復興のプロセスでどう人とのつながりを再生させていくか、大規模な災害が繰り返される中、それを東日本大震災の教訓として生かしていく必要があります。

(米原 達生 解説委員)

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