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東日本大震災10年~被災者に"寄り添う"まちづくりは

松本 浩司  解説委員

東日本大震災からまもなく10年。被災地では市街地の整備や住宅の再建が進み復興は大きく前進しました。一方で空き地が目立つところや移転先で住民が孤立しているところもあり、「被災者に寄り添おう」と進めたまちづくりが思い通りにならかったところも見えてきました。巨額の費用をかけた町づくりのどこに問題があったのか、その経験を今後にどう生かしていくのかを考えます。

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【区画整理事業の未利用地問題】

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復興の町づくりはかさ上げなどの造成が終わって、被災者用の公営住宅と一般住宅18万戸以上が完成もしくは建築中です。にぎわいが戻った地が多い一方で、空き地が目立つところも少なくありません。

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津波で大きな被害を受けた岩手県陸前高田市です。1657億円を投じて300ヘクタールの土地を海抜10メートルまでかさ上げする工事が終わり住宅や施設の再建が進んでいます。しかし、かさ上げした土地の6割で利用方法が決まっておらず、空き地が目立っています。被災地全体でも未利用のかさ上げ地が3割を占めています。

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かさ上げは「土地区画整理」という事業で行われました。浸水した土地に土を盛って宅地や道路などを整備。土地の所有者は元の土地とかさ上げ後の土地を交換して家を再建します。

なぜ未利用地が多くなったのでしょうか。

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1800人以上の命が奪われた陸前高田市は、「安全な町にしてほしい」という市民の声に寄り添い、2度とこうした被害を受けない町づくりを目標にしました。
かさ上げの高さは、当初、検討された海抜5メートルから10メートルまで引き上げました。
巨大な工事になったうえ被災地全体で人手や資材の不足が深刻になり影響を受けました。
工事は予定より2年遅れ、すべての宅地が住民に引き渡されたのは今年1月でした。

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工事の長期化で被災者の気持ちも変わっていきました。市西部の今泉地区では造成する区画数を決めるため住民アンケートを行いました。当初は338世帯が住宅再建を希望していましたが、1年後には230世帯、2年後には202世帯と減っていきました。
市は計画を見直し3カ所で宅地造成を取りやめ、全体の面積も10パーセント減らしました。それでも、かさ上げ地では7割で利用方法が決まっておらず、被災地で最も割合が高くなっています。

【高台移転と孤立化】
被災地の町づくりのもうひとつの課題が集落の「孤立化」です。

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宮城県石巻市雄勝地区に整備された高台移転先の住宅地です。
この区画には当初、6世帯が移り住む予定でしたが、再建されたのは1軒だけ。
漁業を営む木村勝雄さんは4年前に移り住みましたが、夫妻だけの暮らしが続いています。

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高台移転は「防災集団移転」という事業で行われました。市が被災した土地を買い取ったうえで高台などに宅地を整備。住民は補助を受けて新たな土地を購入し家を再建します。

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雄勝地区は平地が少ないため石巻市は集団移転を原則として打ち出しました。
しかし工事に時間がかかり、当初3年の予定がすべてで家を建てられるようになるまで7年かかりました。内陸部などに移り住む人が増え、人口は4000人から4分の1に。人口減少が進んだことで一部では路線バスが縮小されるなど、地域の存続が危ぶまれる事態になっています。

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孤立化にはもうひとつ背景があります。震災前、この事業には整備できる地区の規模が10戸以上という条件がありました。しかし小さな集落も移転できるようにしてほしいという被災地の要望を受け5戸以上に緩和されました。

その結果、被災地全体で整備された328地区のうち利用されている宅地が10戸未満の地区が3割を占めることになりました。引き取り手がいない区画を抱えている地区も100あります。既にある集落の空いた場所を造成し数軒で移り住むなど緩和をうまく利用したケースもありますが、被災者に寄り添おうとして孤立化を生じさせてしまった面も否定できません。

空き地を抱える自治体は土地の所有者と利用希望者を結びつける「空き地バンク」制度に力を入れています。にぎわいを取り戻すため自治体と国もさらに知恵を絞ってもらいたいと思います。

【経験を今後に生かす~事前復興】

一方、南海トラフ巨大地震など次の大災害に向けて何が求められるのでしょうか。
まず区画整理や集団移転事業などについて得られた経験、ノウハウをまとめ共有し、必要があれば仕組みの見直しも検討すべきでしょう。
そのうえで被災地の多くの市町村長が訴えるのが「事前復興」の重要性です。

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「事前復興」というのは、災害が起きたとき少しでも早く復興ができるように、災害が起こる前からできる準備はみんなやっておこうという考え方です。
何ができるのか。
復興の立ち上がりを早めるため、
▼規模など復興の目標を検討し住民と共有しておく
▼また基礎データを整理し、足りないところは調査を済ませておく
ムダな時間を費やさないよう、
▼どのような時期にどういう対応が必要になるのか整理し、手順も決めておく
▼組織づくりや人材育成などです。

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事前復興の取り組みは少しずつ広がっていますが、注目されるひとつが徳島県がまとめた「事前復興の指針」です。

東日本大震災の復興まちづくりに時間がかかったのは震災前から人口減少が進んでいたのにあまり考慮せずに同じ規模で町を再建しようとしたためとも指摘されています。

徳島県の指針では「人口減少に向かい始めている地方ではまちを元通りに復旧するだけでは減少を食い止められない」として「被災前から目指すべき目標を検討する」としています。

そして300ページにわたって復興で取り組む事業を網羅的にリストアップし、事前に何をしておくべきかを示しています。

震災の経験が随所に反映されていて住民の声をていねいに聞くために専門家やNPOの力が大きいことや住民の意向を正確に反映しやすいアンケート調査の実施時期など細かいノウハウまで言及しています。

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その徳島県の美波町(みなみちょう)です。南海トラフ地震で大きな津波が想定されています。ここでは地域ごとに住民と町が事前復興の話し合いを重ねています。住民が主体になって地区の復興計画をまとめたところもあります。集団移転をする場合の候補地を決め、土地所有者の了解まで得ました。

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一方、埼玉県は事前復興のイメージトレーニングに力を入れています。市町村と県の職員、それに住民が参加して復興の進め方を話し合います。復興では一日も早い生活再建をのぞむ被災者と、災害を機に町を大きく作り変えたい行政とで立場の隔たりが生じることがしばしばです。
そこで、まず、みんなで被災者の立場で生活再建計画を作り、次に行政の立場で町の復興計画を作ります。両方を見比べながら「被災者に寄り添う復興」はどうあるべきなのかを考えよういうものです。県はこうした取り組みを重ね、市町村と備えを進める考えです。

【まとめ】
被災地の復興のまちづくりでは住民の意向のていねいな聞き取りとスピードの両方が求められました。被災者に寄り添うことの難しさと向き合いながら、ここまで復興が進んできました。町のにぎわいを取り戻すため引き続き、同じ姿勢での取り組みが求められます。
そして今後の災害に向けて被災地の経験を全国で共有し備えを急ぐことも重要な課題になっています。

(松本 浩司 解説委員)


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