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バイデンvsイラン 核合意 崩壊は避けられるか

出川 展恒  解説委員

アメリカのバイデン政権が発足して1か月あまり。トランプ前政権のイラン敵視政策を見直し、「イラン核合意」に復帰する考えを示していましたが、早くもイランとの間で深刻な対立が起き、見通しが立たなくなっています。核合意が崩壊し、世界の政治経済に深刻な打撃を与える事態を避けるために何が必要かを考えます。

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解説のポイントは、▼バイデン政権とイランとの間で起きている対立の背景。▼事態を複雑にするイランの国内政治。そして、▼核合意を崩壊の危機から救うには。以上3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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「イラン核合意」は、2015年、イランと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の主要6か国との間で結ばれた国際合意です。イランが、ウラン濃縮活動などの核開発を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を解除する内容です。イランによる「核の平和利用」は認めつつ、核兵器の開発を阻止する狙いがありました。

バイデン大統領は、選挙戦中、トランプ前政権が一方的に離脱した「核合意」に復帰する考えを表明していましたが、政権発足後は、慎重な姿勢です。
今月7日に放送されたインタビューで、イランを交渉に復帰させるため、アメリカが先に制裁を解除する可能性について質問されると、即座に「あり得ない」と答えました。そのうえで、まずイランが、核合意を完全に守る必要があると主張しました。

これに対し、イランの最高指導者ハメネイ師は、同じ7日の演説で、「アメリカこそが、すべての制裁を完全に解除しなければならない。そうすれば、われわれも核合意を再び守る。この方針は絶対であり、変わらない」。このように述べて、核合意から離脱したアメリカが制裁を解除するのが先だと強調しました。

両国のトップが、互いに相手が先に行動を起こすべきだと主張して譲らず、アメリカの核合意復帰の見通しは、全く立っていません。さらに、イランは、言葉だけでなく、核合意から大きく逸脱する動きを、次々と見せています。

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▼まず、先月初め、ウランの濃縮度を20%まで引き上げ、核合意成立前のレベルに戻しました。イランは、「核兵器を開発する意図は全くない」と主張していますが、ウランの濃縮度を20%から核兵器級の90%に引き上げることは、技術的に難しくないとされ、国際社会に危機感が広がっています。
▼続いて、核兵器の材料に使われる可能性がある「金属ウラン」の製造も始めました。
▼これに加えて、今月23日、IAEA・国際原子力機関による、いわゆる「抜き打ち査察」の受け入れを停止しました。

■イランは、なぜ、アメリカの政権が交代したにもかかわらず、合意違反を重ねているのでしょうか。バイデン政権に揺さぶりをかけ、制裁解除を促す狙いに加えて、イラン国内の深刻な政治対立が影響していると考えられます。

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アメリカなどとの厳しい交渉で核合意を実現させた「国際協調派(穏健派)」のロウハニ大統領は、トランプ前大統領の退任をひたすら願い、挑発に乗らないよう忍耐を重ねました。バイデン大統領に対しては、一刻も早い制裁解除を望み、核合意を復活させたい考えですが、思い通りに行動できません。国内の「保守強硬派」から強い圧力を受けているからです。

アメリカの制裁で苦しい生活を強いられてきた国民の不満をバックに、反米の「保守強硬派」が台頭し、1年前の選挙で、議会の多数を占めました。その議会が、12月、政府に対し、核開発の拡大を義務づける新たな法律、「制裁解除に向けた戦略的措置法」を制定しました。
この法律に、▼ウラン濃縮度を20%に引き上げることや、▼IAEAの抜き打ち査察に協力しないことなどが盛り込まれ、政府の行動を縛っているのです。

ロウハニ大統領は、今年の夏で任期満了を迎え、退任します。6月に、大統領選挙が行われる予定で、いわゆる「レームダック化」が始まっています。政権奪還を目指す「保守強硬派」が、ロウハニ政権を弱腰と批判していることも、一連の合意違反の背景にあると言えます。

そして、この国の最終決定権を握る最高指導者のハメネイ師は、アメリカへの不信感が非常に強く、「アメリカとの直接交渉を禁止する」とも述べています。このように、ロウハニ政権に残された時間と、とりうる選択肢は狭まっています。

■イランによる核合意違反が、今後さらに進み、核合意の当事国が、イランに対する国連安全保障理事会の制裁を復活させた場合、核合意は崩壊します。
そうなると、イランは核開発を加速させ、それを重大な脅威と見るイスラエルなどが軍事攻撃に踏み切る危険性が高まります。周辺のアラブ諸国も核開発競争に加わり、中東全域が緊迫して、エネルギー価格を高騰させるでしょう。
こうした事態を防ぐには、何が必要でしょうか。結論から言えば、国際社会の仲介で、アメリカとイランの間で対話や交渉の場を設け、双方が歩み寄れるギリギリの妥協点を探る外交努力です。

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イランは、新たな法律に基づき、今月23日から、IAEAの「抜き打ち査察」の受け入れを停止すると予告していました。「抜き打ち査察」とは、未申告の核施設に対して、事前の予告なく行う査察で、イランは、核合意にともない暫定的に受け入れてきました。
これに対し、IAEAのグロッシ事務局長が、先週末、イランを訪問し、懸命の説得を行いました。その結果、ロウハニ政権は、「抜き打ち査察」を拒否する一方で、今後、最大で3か月間、核施設に設置された監視カメラなどを撤去せず、「一定の監視活動」を続けることに同意しました。事実上、「3か月間の猶予」を核合意の当事国に与えた形です。しかし、この間、制裁が解除されなければ、監視カメラなどのデータを、IAEAに渡さず、消去するとしており、事態は決して楽観できません。
24日、NHKの単独インタビューに答えたグロッシ事務局長は、「今後3か月間で、イランとアメリカなど関係国が、交渉を通じて合意に至らなければ、イランの核開発を十分に検証できなくなり、国際社会に新たな緊張をもたらす」と述べ、強い危機感を示しました。

■見てきましたように、アメリカがバイデン政権に交代しても、「イラン核合意」を元のかたちに戻すのは、相当厳しいと言わざるを得ません。制裁解除がないまま、6月のイラン大統領選挙を迎えれば、反米強硬派の大統領と政権が誕生するのは確実で、核合意の存続はおろか、アメリカと対話することさえ難しくなります。

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ただし、まだ望みが消えたわけではありません。バイデン政権で、外交・安全保障問題を担当する主要なポストには、オバマ元政権で、イラン核合意の成立に深く関わった人々が名を連ねています。そして、「イランとの交渉のテーブルに着く用意がある」。「核合意の当事国の会合が開かれれば、参加する用意がある」などと、核合意への復帰に意欲を示すメッセージを送っています。

これに対し、イラン側も、IAEAの査察に3か月間の猶予を与えたほか、ロウハニ政権の高官が、「EU・ヨーロッパ連合が提案した核合意の当事国の会合に参加することを検討する」と述べるなど、いくぶん柔軟な姿勢も見せ始めています。

■バイデン政権とロウハニ政権との間で、激しい駆け引きが繰り広げられています。双方とも、簡単には妥協できない国内事情を抱える一方で、核合意を崩壊させてはならないと考えています。核合意を復活させるため、どこまで歩み寄れるか、今後、3か月間が勝負です。EUをはじめ国際社会の仲介が不可欠で、まさに外交の力が試されています。

(出川 展恒 解説委員)


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