NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「カーボンプライシング~"環境"と"成長"両立への課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

政府は2050年に温室効果ガスの排出を事実上ゼロにする目標の達成に向けて、製造業や電力会社などの企業が二酸化炭素を排出した量に応じて金銭的な負担を負うカーボンプライシングという新たな制度の導入に向けて、今月から本格的な検討に入りました。その背景と、環境政策と経済成長の両立をはかるための課題について考えていきたいと思います。

j210223_1.jpg

解説のポイントは三つです
1) カーボンプライシングとは
2) “グリーン経済”許されぬおくれ
3) 新制度導入への課題

1) カーボンプライシングとは
まずは、カーボンプライシングとはどのような制度か具体的にみていきます。

j210223_2.jpg

一つは、炭素の排出量に応じて税金をとる案で、炭素税とも呼ばれています。日本では2012年から同じような税として、温暖化対策税が導入されていますが、より高い税率にしたり、課税する企業の対象を広げたりすることなどが検討されます。税収は環境技術開発の支援などの財源にあてられることになります。
もう一つが排出量取引制度を国が主導してつくる案です。こちらは、まず政府などが各企業ごとに、二酸化炭素をここまでなら排出してもよいという上限=排出枠を決めます。そしてある企業がこの上限を超過してしまった場合は、排出枠が余った別の企業、つまり排出量が上限を下回った企業から、画面の青い部分、余った排出枠を購入するという仕組みです。市場を通じてこうした取引が行われることも考えられます。

j210223_3.jpg

いずれの制度も、企業が二酸化炭素を多く排出すれば、それだけ金銭的な負担を負うことになるため、そうならないように排出削減の取り組みを強めることが期待されるのです。さらに企業の経済的な負担が増えると、それが製品の販売価格や電力料金に転嫁され、消費者である私たちの負担も増える可能性もあります。新たな制度には、二酸化炭素排出のコストを社会全体で意識することで、排出削減の取り組みを加速させようという狙いもこめられています。

2) ”グリーン経済“ 許されぬおくれ
このカーボンプライシングをめぐっては、以前から環境省で研究が続けられていました。それが今月から経済産業省でも研究会が立ち上がり、具体的な制度設計にむけた本格的な検討が始まることになりました。背景には、温暖化対策で世界各国に遅れをとるわけにはいかないという政府の危機意識があります。

j210223_4.jpg

5年前にできたパリ協定では、「気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度までに抑えることをめざす」と合意していますが、この1.5度に抑えるためには、2050年までに、世界全体でCO2など温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要があるとされています。こうした中、120以上の国と地域が2050年までに実質ゼロの目標を掲げたほか、去年9月には、環境よりも成長志向が強いといわれた中国までもが2060年と、実質ゼロの具体的な目標年限を打ち出しました。

j210223_5.jpg

日本政府はその翌月になって、それまで「今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会をめざす」としていたのを改めて「2050年までに実質ゼロ」を打ち出しましたが、諸外国に遅れをとる形となりました。

j210223_7.jpg

さらにアメリカはバイデン政権の誕生を機にパリ協定に復帰したうえ、4年間で日本円で200兆円を超える予算を気候変動対策に投じる方針です。またヨーロッパ各国も、コロナ禍からの景気回復にむけた経済対策で巨額の予算を環境関連に投じる、いわゆるグリーンリカバリー戦略を相次いで打ち出しています。環境対策を経済の制約ととらえるのではなく、関連する技術の開発や投資を通じてイノベーションを生み出すことで、さらなる成長の原動力にしようとしているのです。この新たな土俵で日本が遅れをとれば、環境関連の技術で世界に取り残されたり、排出削減に取り組んでいないことを理由に日本製品が海外市場で買ってもらえなくなったりするという懸念する声も聞かれます。そこでカーボンプライシングという新たな制度の導入を起爆剤にして、二酸化炭素の排出削減を一気に推し進めようというのが政府の戦略なのです。

j210223_8.jpg

3) 新制度実現への課題
では、カーボンプライシングの実現にむけてどのような課題があるでしょうか。懸念されているのは企業活動へ影響です。

j210223_10.jpg

各企業は、二酸化炭素の排出削減にむけて様々な取り組みを進めています。例えば、自動車産業では、水素を利用する燃料電池車の開発や、電気自動車に搭載する走行距離の長い小型で低コストの蓄電池の技術革新に力を注いでいます。また鉄鋼業界では、原料の鉄鉱石を還元して鉄を取り出すのに、炭素を含むコークスを使い、大量の二酸化炭素を排出していますが、コークスの代わりに水素を使うことで二酸化炭素の排出を抑える技術の開発を進めています。こうした取り組みには、巨額の研究開発費や設備投資が必要となりますが、カーボンプライシングで新たな経済的な負担がかかれば、技術開発などの資金が十分に確保できず、脱炭素の取り組みにブレーキがかかりかねないと産業界は懸念しているのです。また日本ではすでに石油関連製品に様々な税がかけられており、カーボンプライシングでエネルギーコストが一段と上昇することで、産業の国際競争力を弱めるおそれがあるという指摘も出ています。政府としては日本企業の活力をそぐことのないよう配慮する必要があります。

j210223_11.jpg

j210223_12.jpg

また排出量取引制度にも様々な問題が指摘されています。ひとつは産業ごと、企業ごとの排出制限枠をどう公平に決めていくかという問題です。もうひとつは、排出枠を取引する価格が変動することです。例えば景気が良い時は多くの企業で生産量が増え、排出枠の上限を超えて二酸化炭素を排出してしまう事態が考えられます。するとほかの企業などから購入する排出枠の価格が高騰することが考えられます。逆に景気の悪い時には、生産量が減るため、排出枠のニーズが減り、価格が低くなります。このように、排出枠の価格が大きく変動すれば、企業が経営計画を立てる際に必要なコストの見通しがたてづらくなるという問題が出てきます。制度の設計にあたっては、こうしたマイナスの影響を抑える一方で、企業が「二酸化炭素の排出削減を頑張れば経済的にも大きなメリットが得られる」と考え、いきおい積極的に温暖化対策にとりくむようになる、といった方向をめざしてもらいたいと思います。

もう一つの課題が、カーボンプライシングをめぐる国際的な協調の枠組みをつくることです。

j210223_15.jpg

仮に日本だけが厳しい規制をしても、企業が、規制の緩やかな他の国に工場を移転して二酸化炭素を排出したら、地球全体で考えると排出量は減らないということになります。

j210223_16.jpg

さらに、貿易面への影響も考えられます。カーボンプライシングのある国の製品は割高に、ない国は割安になることが予想され、競争が不公正になるおそれがあるためです。このため、アメリカやEU=ヨーロッパ連合からは、カーボンプライシングのない国からの輸入品に関税を上乗せするなど調整措置をとることができるといった国際的なルール作りを求める声があがっています。日本がカーボンプライシングを導入するのであれば、自国からの輸出が国際競争で不利にならないよう、こうしたルール作りに乗り遅れないようにする必要となるでしょう。

このように環境と経済の両立には様々な課題が待ち受け、カーボンプライシングの制度設計は容易ではなさそうです。ただEU・中国にアメリカが加わり、温暖化対策をめぐる技術革新や国際ルールづくりの流れは一気に加速しようとしています。グリーンを舞台とした新たな成長の波を確実にとらえるために、足踏みを続けている余裕はあまりないということも頭にいれておく必要があるようです。

(神子田 章博 解説委員)

キーワード

関連記事