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橋本会長就任 信頼を取り戻すには

小澤 正修  解説委員

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森前会長が自身の女性蔑視と受け取れる発言の責任をとって辞任したことを受けて、新しい会長に橋本聖子氏が就任しました。一連の騒動で、大会への逆風が勢いを増す中、信頼を取り戻し、開催実現を目指すためになにが求められるのか、考えます。

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解説のポイントです。
1.不信感は払拭できたのか
2.求められる信頼回復
3.課題解決は時間との勝負
この3つから考えます。

▼橋本氏が会長就任
橋本会長は2月18日の就任会見で「スピード感を持って信頼回復に努めたい」と述べました。新型コロナウイルスによる大会開催への懸念や不安に加え、組織のトップの発言に端を発した一連の騒動で不信感は高まり、開催実現への逆風は勢いを増しています。こうした中で就任を要請され、ぎりぎりまで悩んだと言いますが「前に進むためには自分が受けるのが重要」と、オリンピック・パラリンピック担当大臣を辞任し、会長に就任することを決断しました。

▼高まった不信感は?
では、橋本会長の就任で、高まった不信感は払しょくできたのでしょうか。

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今回、森前会長が辞任の意向を固めた後も、正式な手続きを経ずに後任会長の選定が進められ「密室人事」だと、一部がすべてを決定しているように見えた組織委員会のあり方にも批判が集まりました。このため組織委員会では、男女4人ずつの委員による候補者検討委員会を立ち上げ、候補を一本化したのち、理事会・評議員会を経て決定するというプロセスをとって、選考過程の透明化を目指しました。しかし検討委員会は時間や場所も含めて非公開とされ、メンバーの名前や人数も、会長決定まで明らかにされませんでした。大会開幕まで半年を切る中、少しでも早く後任を決める必要があったのは間違いありませんし、一般的に組織の人事には、オープンにできないこともあると思います。しかし「形だけの選考だったのではないのか」という疑念は残ってしまったように感じます。後任会長の選考は、信頼回復への第一歩にもなったはずです。それならば多少決定が遅れても、理事会に複数の候補をはかって議論するなど、選考を信頼回復のより大きなチャンスとすることもできたのではないかと思います。

▼橋本会長就任の理由

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検討委員会では新会長に、男女平等をはじめオリンピック憲章などの理念の実現、組織運営力や調整力、国際的な活動経験や知名度など、5つの資質を求めました。橋本会長は、スピードスケートと自転車の選手として冬と夏のオリンピックに7回出場し、銅メダルも獲得したレジェンドです。また、長年参議院議員を務め、オリンピック・パラリンピック担当大臣として東京大会の準備状況も把握しています。

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IOC・国際オリンピック委員会からは「政府からのサポートを受けられる人物が望ましい」との要望が出ていたこともあり、「会長に適任だ」と評価されました。スポーツ界からも、長野オリンピック、スピードスケートの金メダリスト、清水宏保さんが「言葉に力があり、実行力がある人」だと述べるなど、橋本会長の手腕に期待が寄せられています。

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しかしその一方で、過去に、選手へのハラスメントがあったとされるほか、自民党の幹事長だった森氏の後押しで政界入りした経緯も知られ、辞任した会長の後任として本当に適切なのか、という声があるのも事実です。これについて橋本会長は「7年前の軽率な行動は当時も今も深く反省している。森氏は政治の師ではあるが、正していくものと継承していくものと区別してやっていきたい」と述べました。今後の発言や行動には、厳しい視線が注がれることを忘れてはならないと思います。

▼まず求められるのは信頼回復
では、開催実現に向けて、橋本会長にはどんなことが求められるのでしょうか。

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今後の感染状況やワクチン接種の進展は、まだ見通せず、NHKが2月に行った世論調査では、東京大会について「中止する」が38%と高い水準が続いて、開催の場合でも無観客など慎重な対応を望む意見が出ています。コロナ禍での開催に懸念や不安を持つ人からは、「具体的な対策が示されず、“開催ありき”ではないのか」との批判もありました。その背景には、これまでIOCの関係者や森前会長が「どんな状況でも大会は開催する」などと発言していたことに反感が持たれ、大会開催への取り組みが伝わりにくい状況になっていたこともあるのではないかと思います。実は一連の騒動の中、組織委員会とIOCは、コロナ対策をまとめた手引書「プレーブック」をアスリートや競技団体ごとに策定し、選手は少なくとも4日に1回PCR検査を受けることや、原則として公共交通機関の使用を禁止すること、また、滞在場所を限定することなど、具体的な対策も打ち出しています。組織委員会は、開催可否の最終的な権限を持つIOCとやりとりしながら大会の準備・運営をするのが本来の役目です。このため準備を遂行する立場の森前会長は、中止などに言及されても「組織のトップとしては、口が裂けても言えない」と、苦しい心境をにじませてもいたのですが、結果として、なにより必要な社会の信頼と共感を得ることはできていなかったように思います。橋本会長は、感染状況はまだ厳しいとした上で「安全優先で丁寧な説明を心がけていきたい。国民の理解を得て社会の空気を変えたい」と強調しました。大会開催には多くの人の協力が必要だからこそ、まずは、国民や選手の気持ちに寄り添ってメッセージを発信し、信頼と共感を得なおすことが大切だと思います。

▼課題解決は時間との勝負
とはいえ、大会開幕まであと5か月となり、開催実現には信頼回復だけではなく、残された時間が限られる中で山積する課題を解決しなければなりません。

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橋本会長は、組織委員会の理事を10人以上増やして女性の比率を40%以上とすること、そして男女共同参画を始めとする共生社会を進めるためのワーキンググループを発足させるとして、組織改革を進める姿勢を打ち出しました。一方で、1か月後の来月25日には聖火リレーが始まります。一連の騒動で、聖火リレーのランナーを辞退する人が出たほか、島根県がリレー自体の中止を検討していることも明らかになりました。春ごろには無観客を含めて観客数の上限をどうするのか、海外からの観客の扱いをどうするのか、決めなければなりません。また、その前提として、アスリートや多くの人が「これなら大会が開催できる」と思ってもらえるような感染防止対策の詳細を詰めて、発信していく必要があります。開催の可否についての基準を設けるべきだ、という声もあります。政府や自治体との調整などに力を発揮してきた森前会長が辞任した今、橋本会長は時間との勝負の中で、開催実現へ山積する課題解決と、信頼回復を目指す組織の改革を、同時進行させる難しいかじ取りが迫られます。

▼“歓迎される大会”目指して
大会の開催は感染状況がどうなるかが大前提です。ただ、実現しても、大会は多くの人に歓迎されてこそ、成功したと言えます。橋本会長には信頼回復を目指した組織の改革、開催への準備ともに、社会の視点を忘れず、科学的な根拠と冷静な判断に基づいて取り組みを進めることが求められるのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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