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「中国の影響力拡大とアジアの民主主義のこれから」(時論公論)

藤下 超  解説委員
加藤 青延  専門解説委員

今月1日ミャンマーで起きたクーデターは、東南アジアの民主主義の後退とも言える現象を象徴する出来事になりました。
東西冷戦の終結以降、着実に民主化が進んできたこの地域で、強権的な政権に回帰する国が増えています。
各国の国内事情に加えて、台頭する中国の存在が、その背景にはあると指摘されています。
中国担当の加藤専門解説委員とともに、アジアの民主主義のいまと、これからについて考えたいと思います。

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【緊迫 クーデター後のミャンマー】
まず、ミャンマーのクーデターについてです。
全権を掌握した軍は、アウン・サン・スー・チー国家顧問らを拘束したまま、治安維持のためとして、兵士や装甲車などを市街地に展開させています。
クーデターに抗議する大規模なデモが13日連続で行われ、流血の事態も懸念される緊迫した事態が続いています。

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軍は、クーデターについて、去年11月の総選挙で大規模な不正があり、もういちど選挙をやり直すためだとしています。
しかし、その時期は明示されておらず、総選挙で圧勝したスー・チー氏率いる政党の幹部は、多くが拘束されています。
クーデターの真の狙いは、スー・チー氏らを政権から排除し、軍の影響力と権益を守ることにあったという見方が強まっています。
クーデターを強く非難する欧米諸国は、経済制裁で圧力をかける構えで、アメリカは、第一弾の制裁をすでに発動しました。
日本も重大な懸念を表明し、アメリカとも連携して民主主義の回復を強く求めています。
一方、ミャンマーに強い影響力を持つ中国は、クーデターを批判しておらず、ミャンマー国民からは、軍を支持しているのではないかとの疑いの目を向けられています。
加藤さんは、中国の対応をどう見ていますか。

【ミャンマーへの中国の対応は】

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中国政府は、軍とスー・チー氏のいずれか一方だけに、与しているとは見られたくないようです。
この問題をめぐって政府の報道官が必ず真っ先に答える言葉は「中国はミャンマーの友好隣国である」という一言。
この先、どう転ぼうがミャンマーという国自体は常に中国の仲間にしておきたいという意思表明といえます。
中国にとってはインド洋への出口につながるミャンマーを、戦略的にも味方につけておきたいのです。
だから、最終的に誰が権力を握ることになっても、中国はつねに味方でいられるように、二股の保険をかけているように思えます。
それは一昔前の民政移管以前に、中国が軍事政権側を強く支持していた時とは明らかに違います。
もちろん、ミャンマーの民主化が進むこと自体には不本意なところもあるとは思いますが、中国政府の報道官は、「人民の願いと利益を重んじて解決してほしい」と国民のデモを支持するかのような表現まで繰り返し使っています。
それは、軟禁されてもなお、国民の圧倒的な支持を得ているスー・チー氏を敵に回わしたくないと考えているからに他ならないでしょう。

【ミャンマー政変を静観する周辺国】
ASEAN=東南アジア諸国連合も、クーデターを明確には非難せず、様子見の構えです。
内政干渉しないという原則に加えて、加盟国の多くで、クーデターへの批判が、そのまま自らに跳ね返ってくる事情があるためです。

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例えば、タイは、7年前クーデターを起こした軍出身のプラユット首相が、いまも政権を握り、反政府運動に強硬な姿勢をとっています。
カンボジアは、30年近く前、国連PKOのもと民主的な国として再出発しましたが、4年前に最大野党が解党され、フン・セン首相による事実上の独裁体制が確立しました。
35年前のピープル・パワー革命で民主化が進んだフィリピンは、いまのドゥテルテ大統領が、人権を無視した薬物の取り締まりや、政権に批判的なメディアへの抑圧など、強権的な政権運営をしています。
こうした民主主義の後退は、世界のほかの地域でも見られますが、東南アジアでは、とりわけ中国の影響力の拡大が、それを助長していると見られています。
カンボジアは、去年、EU=ヨーロッパ連合から関税優遇策の一部停止という経済制裁を受けましたが、その直後、中国と自由貿易協定を結びました。
中国を後ろ盾に、欧米からの民主化圧力に対抗する姿勢を示したのです。
フィリピンのドゥテルテ政権も、人権問題でアメリカから批判を受けると、それまで南シナ海問題で対立していた中国との関係改善に動きました。
中国政府は、アジアの強権的な政権の後ろ盾になることで、他国の人権侵害や民主化運動の抑圧にも手を貸していると批判されています。
加藤さん、中国は東南アジアとどんな関係を作ろうとしているのでしょうか。

【民主化運動に警戒する中国】
中国は国際的な影響力を拡大してゆくうえで、まず身近な東南アジアの国々との関係強化を最優先課題にしているように思えます。
それはアメリカやインドとの対立がエスカレートした最近、顕著にみられる傾向といえます。

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実際、中国側の貿易統計では、ASEANが去年、中国にとって初めて最大の貿易相手になりました。
これも、東南アジアとの経済的な結びつきが強化されつつある証しといえるでしょう。
去年11月に署名された「地域的な包括的経済連携(RCEP)」も、今後そうした流れに拍車をかけ、勢いを増すことになると予想されます。
ただ、香港で2年前に高まった民主化運動が、タイやミャンマーでも盛り上がりを見せ、しかも、SNSなどを通じて連携し始めていることには強い警戒も抱いているようです。
そうした動きが、中国本土に飛び火することだけはどうしても避けたい。そのためには、中国国内の監視や言論統制を一層強化することになるかもしれません。

【東南アジアは中国に不信感も】
中国の影響力の拡大を東南アジアの人たちは、どう見ているのでしょうか。
ASEAN10か国の識者1,000人あまりに聞いた調査結果です。

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最も影響力のある国や地域はどこか、聞いたところ、経済面でも政治面でも中国と答えた人が最も多く、とくに経済面では4分の3を超えています。
しかし、国の信頼度を聞いたところ、中国を信頼すると答えた人は16.5%に過ぎませんでした。
南シナ海などで、ルールを無視して勢力を拡大する中国を、本音では信頼していないことを示しています。
逆に信頼度が最も高かったのは日本で67.1%、アメリカも48.3%となっています。
東南アジアの国々は、中国一辺倒にならないよう、日米両国との関係強化を望んでいます。
とくにアメリカの信頼度は、去年の30%から大きく上昇し、バイデン新政権への期待の大さが、うかがえます。
そのバイデン政権は、外交政策で、民主主義や人権といった価値により重きを置く姿勢を見せています。
加藤さん、中国は、このバイデン政権にどう対抗していくのでしょうか。

【中国はバイデン政権にどう対応するか】
中国は経済的な結びつきを突破口に、相手国が民主主義であろうが権威主義であろうが、中国の内政に干渉してこない限り、少しでも多く仲間に引き込もうとするのではないかと思います。
そうなれば、同盟国との関係や人権・民主主義を重んじるアメリカのバイデン政権と、激しい覇権争いになると考えられます。アジアがその主戦場になりえると思います。
東南アジア諸国はもちろん日本も、その板挟みの中で、どう立ち振る舞ってゆくべきか、ますます難しい判断を迫られるケースも出てくるのではないか。
その点が大変気がかりです。

【注目されるミャンマー情勢の行方】
民主主義を重視するバイデン政権の発足で、米中の対立は新たなステージに入りました。
それが、アジアの民主主義を再び前進させることにつながるのかどうか。
その試金石ともいえるミャンマー情勢の行方は、アジアの他の国々、ひいては香港や中国国内の民主化運動の今後を占ううえでも、見逃せないものになりそうです。

(藤下 超 解説委員 / 加藤 青延 専門解説委員)

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