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「新型コロナワクチン 接種に向けた課題」(時論公論)

米原 達生  解説委員

新型コロナウイルス対策の切り札として期待されるワクチンは、2月14日に一つ目のワクチンが承認されました。接種の実務を担う自治体ではその態勢作りが急ピッチで始まっています。今回はワクチン接種に向けた課題と、その道筋について考えます。

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解説のポイントは次の3点です。
▽接種態勢は難解なパズル
▽見えてきた課題
▽先行事例と情報の共有を

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■接種に向けた流れとスケジュール■
ファイザー社のワクチンは、国内160人を対象にした治験でも、95%の有効性を示した海外と同じようなの効果が期待でき、重篤な副反応はなかったとして承認されました。
このワクチン、接種に向けての取り扱いには制約があります。ワクチンは中核病院など各自治体が決めた施設に冷凍で配送され、マイナス75度前後の冷凍庫で保管、ここで接種が行われます。別の施設に小分けする時には冷蔵で移送・保管します。移送は原則として3時間以内、冷蔵で保存できるのは最大で5日間。そのあと、1つのバイアルから注射器に充填して5回分の接種となる見通しです。接種のための作業に入った後の保存が可能な時間は6時間です。

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これから医療従事者への先行接種が1万人から2万人に行われた後、3月から医療従事者およそ370万人に行われます。本格的に住民への接種が始まるのは4月以降です。高齢者3600万人への優先接種が行われ、そのあと持病のある人や高齢者施設で働く人、一般の人の順で接種が行われます。料金はすべて国が負担します。

■接種の種類と市町村の役割■

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ワクチンを効率的に接種するために推奨されているのが多くの人を会場に集めて行う「集団接種」です。一方で、身近な診療所などで接種する「個別接種」、高齢者施設などに医師や看護師が出向いて接種する「巡回接種」があり、地域の実情によって組み合わせながら接種を進めることになります。

4月以降の住民への接種で実務を担うのは市町村です。住民への接種券の配布や2回の接種の調整、会場の確保や運営、医療スタッフの確保や費用の支払い、システムへの入力などを一手に担います。しかも、肝心のワクチンは具体的な供給スケジュールが固まっておらず、国が確保を予定する3種類のワクチンのうち2つはまだ承認されていません。不確定な要素が多い中で会場やスタッフを確保しながら希望者全員にワクチンをきちんと打っていくこの事業、ある市の担当者は、「難解なパズル」をピースが揃わないまま解いているようだと話しています。

■接種に向けた課題■
接種にむけた態勢の構築を先行的に進めている自治体に聞くと、様々な課題もわかってきました。

川崎市で行われた集団接種の訓練では、当日の体調などを確認する「予診」から「接種」、そしてそのあとの状態観察までの流れを確認しました。限られた時間で多くの人に接種をするため、国は予診から接種までの目安を1人3分としていますが、想定通りには簡単には行きませんでした。

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まずは体調などを確認する予診です。持病やアレルギーがないか確認するのですが、記入漏れがあったり、持病について相談したりする人も現れました。川崎市によると訓練では予診だけで平均3分余りかかったということです。
また、接種を受ける人の服装が厚着だと時間のロスにつながることもわかりました。今回のワクチンは筋肉注射で、インフルエンザワクチンなど国内の多くのワクチンと比べて、肩に近い場所に接種します。シャツを肩までめくり上げなければなりません。
川崎市では予診票の記入欄の事前チェックや、接種を待つ間の服装の準備で改善できないか検討するということです。

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こうした集団接種、会場に医師や看護師に来てもらわなければなりません。
こちらは厚生労働省が出している接種会場のレイアウトです。医師2人が予診を行い、看護師5人が接種とその後の状態観察を担います。2列作って、1日7時間で接種できるのは280人、医師1人あたり140人です。
仮に10万人の市で半分の5万人に2回、集団接種で行うとすると、必要な医師の数はのべ714人。日本の医師の数は人口10万人あたり平均258人で、ほとんどは普段、医療機関で診療しています。国が決めた定額の報酬では医師や看護師の十分な確保が難しいという声も自治体からは出ています。

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こうした中で、診療所での個別接種を軸に検討を始める自治体も出てきています。この方針を大きく打ち出たのが練馬区で、会場や医療スタッフの確保を行う手間が少なく、近くの診療所で接種できるメリットもあります。しかし、実際に大人数に接種できるかは分かりませんし、接種の日程に合わせて細やかな移送の手配を行わなければなりません。
また、予約した人が体調を崩したり接種を受ける気がなくなってしまったりしてキャンセルが出たときはその分のワクチンが無駄になってしまいます。練馬区は、キャンセルが出た場合には優先接種にこだわらずに付き添いの人にも打ちたいとしていますが、優先順位を柔軟に運用していいのか、国の細かい判断はこれからです。
そしてそもそも、いつ、どれだけワクチンが地域に供給されるのかが決まらない中では、市町村は集団接種の会場確保も、移送のスケジュールも固められないままです。

■先行事例と情報の共有が必要■
こうした課題を乗り越えるのに必要なこととして2点あげたいと思います。

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まず、市町村の準備に向けては、先行事例の共有です。
以前行われていた集団接種のノウハウは市町村では途絶えているのが現実で、川崎市をはじめ訓練を実施した自治体の教訓は貴重です。また、住民からの「予約やキャンセル」を受けて、市町村は複数のワクチンの「供給や接種会場」を調整しなければなりませんが、これはコールセンターで人が行うには複雑な作業です。先行する自治体では民間業者が入ってシステムの構築が進められています。先に検討している自治体でどんな課題に直面し、どう改善していこうとしているのか、事例を共有していくことが必要だと思います。
そして、接種にかかる費用の補助や優先接種についての考え方は、実務を担う市町村が力を最大限に発揮できるよう意見を柔軟に反映してほしいと思います。

そして積極的な情報開示です。
厚生労働省は、ワクチンの具体的な供給スケジュールについて、契約の詳細は答えられないとしたうえで、「確保に向かって努力しているところだ」としています。確かに国際的な競争の中で見通しが不透明なのは仕方ありませんが、供給の規模と日程が分からなければ自治体の準備も進められません。何がどこまで決まっているのか、開示することが必要です。
そして、もし仮にワクチンの安定的な確保が難しいのであれば、どのように配分するのか、感染が拡大する地域を優先するのか、それとも平等に分配するのかなど、見える形で議論し共有していくことが必要ではないでしょうか。その考え方を示さないと、今後各地がワクチンの供給を求める中で、トラブルになりかねないと思うのです。
国民への情報提供も重要です。ワクチンを接種するかどう判断するうえで有効性と安全性の情報をわかりやすく提供することは国の大きな責任です。これから始まる先行接種で得られる副反応の内容や頻度のデータは、高齢者の接種が始まるまでに、すべて出揃わなくても、順次開示されるべきだと思います。

日本の医療史上最大のプロジェクトともいわれる今回のワクチン接種。想定外のことは、まだまだ起きてくるはずです。それだけに、現場の自治体や住民がより良い判断ができるよう、国には積極的な情報の共有が求められています。

(米原 達生 解説委員)

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