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「森会長辞任へ 社会に求められることは」(時論公論)

飯野 奈津子  専門解説委員
小澤 正修  解説委員

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森会長が、自身の女性蔑視と取れる発言の責任をとって辞任することになりました。今回の問題で何が問われ、社会に何が求められるのか、考えます。

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▼森会長 どんな発言だったのか

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(小澤)
組織委員会は2月12日、理事と評議員を集めた会合を開き、森会長が自ら、会長を辞任することを明らかにしました。森会長の女性蔑視と取れる発言があったのは2月3日、JOC・日本オリンピック委員会の評議員会です。評議員会ではJOCの女性理事の割合を40%以上にする目標が示されたあと、JOCの名誉委員も務める森会長があいさつに立ち「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言。翌日、その発言を撤回・謝罪しましたが、国内外からの批判がおさまることはありませんでした。

(飯野)
発言を聞いた当初、多様性を重んじる東京大会を率いるトップがこんな認識なのかと、私自身正直がっかりしたのですが、森会長の辞任が遅すぎるという意見もあります。なぜ、辞任の表明が今になったのですか?

▼なぜ今の決断だったのか?

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(小澤)
オリンピックという大規模イベント開催には、政府、財界、それにスポーツ界などとの複雑な調整が必要です。総理大臣を経験し、豊富な人脈を持つ森会長の手腕と、批判とのはざまで、難しい対応が迫られました。去年は感染拡大の中、過去に例がなかった大会延期へと働きかけ、それ以外にも、経費削減のため、都内に整備する計画だった競技会場を他の県にある既存の施設に変更するなど、大会関係者の多くが、森会長だからこそ、難しい課題が解消できたと指摘します。東京大会は開幕まで半年を切りながら、依然として感染状況が見通せず、具体的なコロナ対策や観客数をどうするかなど、まだ課題が残されています。高まる批判にも、後任がいきなりその役を担うのは困難ではないかという見方がありました。一方で、大会を支えるボランティアや聖火リレーのランナーには辞退する人が続出しています。スポンサーからの苦言が相次ぎ、いったん「問題は収束」としていたIOC・国際オリンピック委員会は、2月9日に「完全に不適切」と、改めて声明を出しました。森会長は開催に向けて、辞任しか前に進む方法がないと判断したのだと思います。飯野さん、そもそもなぜ批判はおさまらなかったのでしょうか?

▼批判の背景になにがあるのか
(飯野)
世界が注目する組織委員会のトップの発言だったということは当然ありますが、森会長個人あるいはスポーツ界にとどまらず、発言の根っこにある問題が、私たちの日常に潜む性差別の意識や社会のありようにもつながっていると感じた人が多かったからだと思います。そうした意味では、森会長が辞任して終わりではなく、社会全体が抱える課題を考えていくことが、大事なのだと思います。

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改めて考えなければならない課題、大きく3つあると思います。ひとつ目は、人の振る舞いを性別によって分類し、決めつけることが偏見や差別につながるということです。今回も、女性は競争意識が強く話が長いと、ひとくくりに決めつけたことが、問題の発言につながりました。社会の中でも、女性は家事や育児があって責任ある仕事は難しいといった決めつけが、女性の登用を阻む壁になっています。ふたつ目は、性差別に対する感度の鈍さと事なかれ主義的な組織の体質です。会議の中で誰も発言をたしなめなかったことや、当初、発言を撤回したことで幕引きを図ろうとしたことも、その現れです。そうした対応を続けてきたことが、いつまでたっても社会が変わらない要因でもあると思います。don‘t be silent。欧州各国の在日大使館などが投稿したツイートのキーワードです。沈黙は、肯定していることと変わらない。だから沈黙しないでという日本社会へのメッセージです。3つ目は、意思決定のプロセスの問題、会議の場で、自由で活発な議論を封じ込めていないかということです。「組織委員会にも女性がいるが、みんなわきまえている」という森会長の発言。「わきまえる」は「物の道理を十分に知る」といった意味ですが、女性はおとなしく黙っていなさいといわんばかり。時間をかけて自由に議論すること自体をも否定していると批判の声があがっています。ツイッターではこの発言を逆手にとって「わきまえない女」というキーワードを付けた投稿が広がっています。これまでわきまえ癖があった女性たちが、誰もが萎縮せずに意見を出し共に考えられる社会にしていきたいと、勇気を出して声をあげ始めているのです。性別にかかわらず、多様な意見を尊重していくことが、今の社会にとって何より重要なのだと思います。

(小澤)
私はアスリートから「“スポーツばかりしてきて、それ以外は何もできないだろう“と決めつけられ、悔しかったことがある」と聞かされたことがあります。性別に限らず、個人の能力に目を向けずに、属性だけで判断してしまう問題は、私たちの身近に存在しているのではないかと思います。

▼辞任で東京大会の開催実現は
(飯野)
気になるのは、東京大会の今後です。森会長が辞任後、開催の実現に向けてどんなことが求められますか

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(小澤)
組織委員会がまず取り組まなければならないのは、社会の共感と信頼を得なおす努力だと思います。今回、批判が拡大した理由には、発言が、立場上自身が最も遵守すべき、オリンピックや東京大会の理念に反していると受け取られたこともあげられます。オリンピック憲章には、人種、性別、性的指向、宗教など、あらゆる差別を認めないと明記され、組織委員会も、大会の基本コンセプトに「多様性と調和」を掲げています。東京オリンピックに参加する選手のうち、女性選手の割合は48.8%、男女ほぼ同じ数になる予定でした。本来、こうした理念こそが、オリンピック・パラリンピックの最大の特徴です。会長は、コロナ禍による開催への逆風に立ち向かい、実現への道筋を作る立場だったはずですが、今回の発言で、理念に賛同していた人たちは落胆し、そもそも開催自体に懸念や不安を抱いていた人たちは、より反感を強めてしまったのではないかと思います。開催に向けて組織委員会は、透明性が求められる森会長の後任人事を含めて、社会からの共感と信頼を得るために、自ら組織を変化させる姿勢を、明確に示す必要があるでしょう。飯野さん、これから必要なことはなんでしょうか?

▼社会に求められることは

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(飯野)
今回の問題を、スポーツ界を含めた社会全体の変革につなげていかなければならないと強く感じます。男女平等という点では、日本は国際社会の中で後進国です。世界経済フォーラムが公表している最新の「男女平等度ランキング」で、日本は153か国中121位。取り組みを加速させる世界の国々に水をあけられる一方です。日本が目指すのは、性差別のない多様性を重んじる社会です。そのためには、海外のように、意思決定の場に女性を増やす仕組みを取り入れたり、職場などでも、誰もが萎縮せずに意見を出せる環境を整えたりこと。そして一人一人が、性別だけでなく、年齢や国籍など属性に基づく決めつけをしていないか、自ら問い続けることも大事だと思います。多様な人材を活かせずして社会の持続可能性はあり得ませんし、多様な価値観がぶつかりあうことでこそ、イノベーションが生まれるのだと思います。

(小澤)
スポーツも社会の構成要素のひとつです。今回の問題を、今一度、東京大会はなぜ開くのか、なんのためにスポーツをするのか、考える機会にしなければならないと思います。そうすることで、最大のスポーツの祭典が多様な価値観を持つ社会への第一歩につながるのではないでしょうか。

飯野 奈津子 専門解説委員小澤 正修 解説委員)

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